第33位 呼び鐘
• 危険度:★★★★☆
• 推定死者数:年に一名ほど(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に八十五名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:石像が巡回する層の、長い通路。天井から古い鐘が吊ってある
通路の床石を踏んだとたん、頭の上で鐘が鳴る。しばらくして、遠くから、重い足音が近づいてくる。
第三十六位の石像と、組になった罠です。
設計規格はこうです。
• 石像が巡回する区間の中の通路に、鐘を吊り、床に踏み板を置く。踏むと鐘が鳴る。
• 鐘の音が届くのは、同じ層の中だけ。石の床と天井が、上下の層への音をさえぎる。
• 石像の命令石には、「鐘が鳴ったら、鐘の鳴った通路へ向かう」と刻んでおく。
• 石像の足は遅いので、着くころには、冒険者はたいてい通路を離れている。
鐘の音のあとに、姿の見えない何かが近づいてくる。足音だけが、だんだん大きくなる。冒険者は、それが何なのか確かめないまま逃げていきます。見えないものほど、人は怖がります。
戦前の死者は、年に一人ほど。逃げる方角を取り違えた人です。石の通路では、足音が壁に反響して、どこから近づいてくるのか分かりません。音から遠ざかるつもりで迷宮の奥へ奥へと逃げこみ、帰り道を見失ったまま戻らなかった人たちでした。
戦後に変わったことを書くには、第三十六位を思い出してもらう必要があります。命令石の溝は、よく使う命令からすり減る、と書きました。
「鐘のほうへ向かえ」は、めったに使わない命令です。鐘が鳴ったときにしか使わないからです。だからこの溝は、七年経っても深いまま残っています。
つまり、いまの石像は、「線で止まれ」も「人には当てるな」も「元の場所へ戻れ」も忘れかけているのに、「鐘のほうへ向かえ」だけは、昔のとおりに覚えています。
鐘が鳴れば、その層の石像は、いまでもまっすぐ鐘の通路へやってきます。そして、元の場所へは戻りません。鐘の通路に着いたまま、そこに立ち続けます。
それを七年繰り返した結果、どうなったか。鐘の通路には、いまでは石像が集まっています。何体も、飾りの石像のような顔をして並んでいます。
そこへ、何も知らない冒険者が入ってくる。十歩の内側に入ったところで、石像が動きだします。一体ではありません。
対処法
1. 天井から鐘の吊ってある通路では、床石を一枚ずつ確かめて歩く。踏み板を踏まない。
2. 石像が何体も並んでいる通路には、入らない。それは飾りではなく、鐘に呼ばれて集まった石像です。
3. 鐘を鳴らしてしまったら、その層からすぐに離れる。鐘の音は、上下の層には届きません。
4. 戦前の常連のように、わざと鐘を鳴らして足音を楽しむのは、もうやめてください。
余談
常連の四人は、この鐘が好きでした。わざと踏み板を踏んで鐘を鳴らし、足音が角の向こうまで来るのを待ってから、笑いながら逃げていく。赤マフラーは、鐘の音に合わせて口笛を吹いていました。
戦前は、それでよかったのです。
この項目を書き終えて、ギルドの職員に返事を書きました。石像の命令石を、彫り直しに行きます、と。
見習いのころ、私は針を磨くかたわら、局の石工が命令石を彫るのを何度も見ていました。気難しい人でしたが、私がそばで見ていることだけは許してくれた。彫り方は、手が覚えています。
私の迷宮の石像は三体です。一体は二層まで上がってきています。残る二体は、五層の担当でした。五層には、呼び鐘があります。二体はたぶん、いまはその鐘の通路に並んで立っているのでしょう。
彫り直すには、石像の胸を開けなくてはなりません。石像が、いまどこに、どちらを向いて立っているのか。近づく前に、それを正確に知っておく必要があります。
それを確かめる方法を、私は持っています。
そのことは、次の項で書きます。この本で、ずっと書かずにきたことです。




