第50位 転がる大岩
• 危険度:★☆☆☆☆
• 推定死者数:年に一〜二名(設計局記録・戦前)
• よく見かける場所:古典様式の迷宮、第一層から第二層にかけての一本道
冒険者なら、一度は出くわしたことがあるでしょう。なくても、話には聞いているはずです。
細い一本道。背後で、何かが外れる重たい音。振り返ると、通路いっぱいの大岩がこちらへ転がり始めている。
ええ、あれです。あれは私たちの業界で「看板」と呼ばれていました。
看板とは、店の前に出すあれのことです。客を呼び込むためのもの。あの岩は人を殺すためではなく、人を呼ぶために置かれています。
設計規格をお見せしましょう。新人の頃、私が最初に任された仕事が、この岩の調整でした。
• 通路の傾斜は四度。重い鎧を着た戦士が全力で走るより、ほんの少しだけ遅く転がるように。
• 外れる音は、岩が動き出す二呼吸前に鳴らす。わざと大きく、わざと早く。
• 逃げ込める窪みは、走り出してから三十歩以内、必ず右手側に。追われた人間は、利き手の側へ逃げたがるからです。窪みの奥は、数人が座れるほどの小部屋にしておく。
• 通路の終点は行き止まりにしない。少し広い部屋を作り、岩はそこで止まる。
そうして冒険者たちは、窪みの奥の小部屋で膝に手をつき、息を切らして、それから笑います。
あの罠でいちばん大事な部品は、岩でも傾斜でもありません。逃げ切ったあとの、あの笑い声です。
恐怖が安堵に変わる瞬間、迷宮はいちばん多くの魔力を受け取ります。そして笑った冒険者は町へ帰り、酒場で「岩から逃げた話」をします。何度も、少しずつ大きくして。
それを聞いた若者が、次の季節にやってくる。看板とは、そういう意味です。
では、年に一人か二人、誰が死んでいたのか。
記録に残る死者の大半は、岩を止めようとした人たちです。盾で受け止めようとした戦士。魔法で砕こうとして、天井ごと崩した魔術師。止めようとしなければ、彼らはたぶんいまも酒場で笑っていました。
残りは、転んだ人です。転ばないでください。私たちは、転ぶ人のことまでは設計していません。
ここまでなら、この罠は本に載せるほどのものではありません。それでも五十位に入れたのは、戦後に変わったことがひとつあるからです。
あの「外れる音」は、壁に埋めた小さな魔石が鳴らしています。魔石は三年ほどで力を失うので、私たちは定期的に交換していました。
七年、誰も交換していません。
いくつかの迷宮では、もう音が鳴りません。岩は何の前触れもなく、あなたの背中に向かって転がり始めます。それでも傾斜は四度のままなので、走れば間に合う。だからこの罠は、いまも五十位です。
対処法
1. 一本道に入ったら、背後に耳を澄ませる。音が鳴らなくても、足の裏に震えを感じたら走る。
2. 振り返らない。振り返ると半歩遅れます。岩は、見なくてもちゃんと来ます。
3. 右の壁を見ながら走る。窪みがあれば飛び込む。
4. 止めようとしない。あなたの腕力は、設計の想定に含まれていません。
5. 逃げ切ったら、笑ってかまいません。ただし、笑い終わるまでその部屋から一歩も動かないこと。
最後の項目の理由は、第四十一位で書きます。
余談
この罠の調整を教えてくれたのは、師匠のガルド老でした。
「人を殺す罠なら、誰にでも作れる」と、あの人はよく言っていました。「生かして帰す罠を作れ。それが設計士だ」
新人だった私は、監視水晶の前で毎日、岩から逃げる冒険者たちを眺めていました。傾斜を半度変え、魔石の音を少し早め、窪みの位置を一歩ずらす。そのたびに、笑い声の大きさが変わりました。
ある年の春、四人組の新米パーティが入ってきました。先頭は、赤いマフラーを巻いた若い剣士でした。
彼は誰より速く走り、誰より大きな声で笑いました。翌年の春、彼らはまたやってきて、迷わず一本道に入り、わざと岩を落として、また笑いました。
看板が機能した、と私は思いました。誇らしかった。名前も知らないまま、私は彼らを「常連」と呼ぶようになりました。
彼らのことは、この本のあちこちで書くことになると思います。
あの岩は、いまもあの迷宮で転がっています。音は、もう鳴りません。




