第36位 追ってくる石像
• 危険度:★★★☆☆
• 推定死者数:年に二〜三名(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に七十名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:中層から深層の、長い回廊。床に赤い線が引いてある
回廊の壁ぎわに立っていた大きな石像が、こちらを向く。重い足音を立てて、ゆっくりと追いかけてくる。
これは罠というより、迷宮の従業員でした。ミミックと同じです。ただし生き物ではありません。胸に埋めた命令石に刻まれたとおりに動く、石の人形です。
命令石には、こう刻んでありました。
• 決められた区間だけを巡回する。区間の両端には、床に赤い線が引いてある。
• 胸の目石に侵入者が映ったら、ゆっくり追う。人が早足で歩けば逃げ切れる速さで。目石に映るのは、十歩ほど先までに限る。
• 赤い線を越えては追わない。線の手前で止まり、元の場所へ戻る。
• 拳は振り上げるが、振り下ろすのは壁か床だけ。人には当てない。
目石の見える距離は、わざと短くしてありました。ただの石像だと思って近づいた人の目の前で、急に動きだす。そのほうが、遠くから追いかけるより、ずっと怖いからです。
巨大な石の塊が、拳を振り上げて追ってくる。振り下ろされた拳が、すぐ横の壁を砕く。冒険者は必死で逃げ、赤い線を越えたところで振り返る。
石像は線の手前で止まり、くるりと背を向けて戻っていく。追われる恐怖と、その終わりの安堵。迷宮にとっては、繰り返し使える恐怖でした。
では、年に二、三人の死者は誰なのか。
ひとつは、石像を倒そうとした人です。足を斬りつけ続けて、倒れてきた石像の下敷きになった。もうひとつは、逃げるのに必死で、別の罠のある通路へ飛びこんだ人でした。
戦後に変わったのは、命令石です。
命令石の溝は、使うたびに少しずつすり減ります。局の石工が年に一度、すべての石像の胸を開けて、溝を彫り直していました。七年、誰も彫り直していません。
すり減るのは、よく使う命令からです。石像が侵入者を追うたびに使うのは、「線で止まれ」「元の場所へ戻れ」「人には当てるな」の三つでした。いまでは、この三つがいちばん浅くなっています。
いまの石像は、赤い線を越えて追ってきます。拳は、人に当たります。そして、見失うまで追ったあと、元の場所へは戻りません。その場に立ったまま、次の侵入者を待ちます。
追う速さだけは、変わっていません。早足で歩けば、いまでも逃げ切れます。
それでも死者がこれほど多いのは、逃げ切るための距離がないからです。区間の外で止まった石像は、角を曲がったすぐ先や、狭い通路の真ん中に、ただの飾りの石像のような顔をして立っています。
冒険者は、それが動くとは思わずに、手の届くところまで近づいてしまう。早足で逃げ切れるのは、離れたところから追われたときだけです。
もうひとつは、赤い線です。石像のことを知っている人ほど、線を越えたところで足を止め、振り返ります。昔は、そこで終わりだったからです。
対処法
1. 石像が動いたら、早足で離れる。走らなくても逃げ切れます。走ると、別の罠を見落とします。
2. 赤い線を越えても、止まらない。振り返らない。線は、もう石像を止めません。
3. 石像の目石に映るのは、十歩ほど先までです。十歩より離れるか、角を曲がれば、見失います。
4. 石像を倒そうとしない。戦前から、それは死者の出る選び方でした。
5. 赤い線のない場所に石像が立っていたら、それは区間の外まで来てしまった石像です。近づかない。
余談
先週、ギルドの職員が店に来ました。まだ若い男で、局にいた者の居場所を記した帳面を持っていました。ウーナ婆さんに私の居場所を教えたのも、たぶん彼の課です。
彼は、石像のことを聞きにきたのでした。戦後、区間の外で石像を見たという報告が、あちこちの迷宮から上がっているそうです。
私は、命令石がすり減る順番のことを話しました。彼は熱心に書きとめたあと、私の迷宮には石像が何体いるのか、と聞きました。
三体です、と答えました。三体とも、五層の回廊の担当でした。
彼は帳面をめくって、言いました。先月、そのうちの一体が、二層で見つかった、と。
私は、しばらく考えてから、分かりました。
石像に追われた冒険者は、どちらへ逃げるか。外へ、入口のほうへ逃げます。石像はそれを追い、見失ったところで止まって、その場に残る。次の冒険者が来れば、また外へ向かって追う。それを七年繰り返せば、石像は少しずつ、入口に近づいていきます。
職員の若者は、命令石を彫り直せる人はいないのか、と聞きました。局の石工は、もういません。私は、返事を少し待ってもらうことにしました。
石像の速さは、早足の人と同じくらいです。二層から入口までは、そう遠くありません。
迷宮の外には、赤い線はありません。




