第九話 武家屋敷の侍女
アトリン大陸の中心地に立つ孤高の城塞、アダムス砦。山を切り崩して作られた城塞の中腹に、異質な建物が立っている。
平屋の和風建築物、武家屋敷。
屋敷の位置は、外城壁(第一城壁)と内城壁(第二城壁)の狭間、第二ベイリー最北端。人の出入りが少ない場所で、人目を避けるようにヒッソリと立っている。尤も、異質さが際立っている為、目立つことこの上ない訳だが。その異質な屋敷の前に二人の鎧武者が立っているとなれば、尚更だろう。
しかし、当の本人達は、自分達の異質さなど全く気にしていない。それぞれ武家屋敷を眺めながら口端を吊り上げている。
アトリン学園中等部三年A組四番、愛洲龍寿(俺)。
アトリン学園中等部三年A組四十番、湊本水雲。
因みに、アトリン学園の出席番号はアイウエオ順。A組には「相沢」という姓の三姉妹(三つ子)いる。その為、俺の出席番号は四番になった。その事実に関して、思うところは特に無い。
現在、俺と水雲は屋敷の正面(一寸西寄り)に立っている。それぞれの足先から、屋敷に向かって石段が伸びていた。その奥には引き戸の扉が有る。屋敷の玄関だ。
玄関の引き戸は全開になっていた。その為、外からでも中の様子が確認できた。
土間(三和土)と、そこから一段上がった木製の床。そこは所謂「玄関の間」。今は誰の姿も無い。
俺が空き巣であったならガッツ石松ポーズを決めている。その可能性を想像しながら、俺は水雲と一緒に中に入った。足を土間に踏み入れたところで、水雲と一緒に声を上げた。
「「ただいま」」
帰宅の挨拶。例え異世界であろうとも、挨拶は大事。その不文律は、どうやら異世界でも有効なようだ。
俺達が挨拶した後、屋敷の奥から声が上がった。
「おかえりなさい」
老齢の女性と思しき掠れた声。それが俺の耳に入った瞬間、玄関の間の左(西)奥からビクトリア調のメイド服をまとった老女が現れた。
頭髪は銀色。コーカソイドと思しき彫りの深い顔立ち。年のころ六十代後半から七十代前半と思しき小柄な老女だ。
その老メイドの名前は「マチルダ・マチコ」という。
マチルダさんは、騎士館で働くメイド達を束ねる総メイド長だった。その役目は、既に後進に譲っている。しかし、メイド業は引退していない。
現在、マチルダさんは俺達の世話係、専属メイドとして屋敷に住み込みで働いている。
因みに、マチルダさんは今年で八十歳。このアダムス城塞内では最年長。恐らく、エドモン王国内でも最年長のメイドだろう。その事実を思うと、俺の頭が自然と下がった。俺の右隣でも、周防色の兜が前傾している。
俺も、水雲も、マチルダさんを上位の存在と考えて、それなりに礼を尽くしている。その態度や様子は、マチルダさんにも伝わっているだろう。
マチルダさんは優しげな笑みを浮かべて、朗らかな声を上げた。
「お食事になさいますか? お風呂になさいますか? それとも――」
マチルダさんは、俺達に幾つかの選択肢を提示した。何を選ぼうか? 考える機会は、残念ながら与えられなかった。
マチルダさんの台詞を邪魔するように、玄関の間の左(西)奥から無粋な声が上がった。
「助けて下さいぃ~。マチルダさ~ん」
幼い女子の涙声。それが耳に入った途端、俺の脳内に小さなメイドの姿が閃いた。
燃えるような赤毛の髪。それを左右に分けて三つ編みにしている。それに覆われた顔は小学校低学年と思えるほど幼い。体付きも小柄だ。マチルダさんより背が低い。その少女の名前は――と、それを想起した瞬間、マチルダさんが声を上げた。
「『アイリーン』さん。どうしましたか?」
アイリーン。フルネームは「アイリーン・アキコ」という。
俺達と同い年で、今年で十五歳になる。尤も、生まれはアイリーンさんの方が先だ。その為、彼女からは姉扱いするよう頼まれている。彼女の要望を受けて、俺達は「アイリーンさん」と呼んでいる。
しかし、幾ら俺達が気を遣おうと、どうにもならないことも有る。
三人並ぶと、アイリーンさんが一番年下に見える。フォローしようも無い。その事実は、彼女のコンプレックスを刺激した。
アイリーンさんは、俺達の前で必死に年上ぶろうとする。尤も、メイドとしての実力は、彼女の態度ほどではないようだ。
「マチルダさ~ん」
再び情けない涙声が上がった。メイドとしては半人前だ。その事実を想起する度、俺の顔に苦笑が浮かぶ。俺が笑っていると、俺の右隣から声が上がった。
「こちらは良いです。あちらの対応、お願いします」
水雲は、右手を掲げて玄関の間の左(西)奥を指差した。その言動は、当然ながら真正面にいるマチルダさんに伝わっている。
「一寸、失礼しますね」
マチルダさんは、断りを入れるや否や踵を返して足早に隣の間、台所に向かった。
後に残された俺は、何となく水雲の方を見た。すると、彼女もこちらを見ていた。
「「…………」」
俺達の視線がかち合った。その直後、どちらともなく頷き合う。その反応を合図に、 俺達は下履き(『貫』という動物の角で作った靴)を脱いで玄関の間に上がった。
自分のことは、自分でする。元の世界(地球)にいたときも、そうしていた。例え専属メイドが付こうとも、全てを任せっきりにしない。そのように、俺達は生きてきた。例え異世界に来ようとも、それは変わらない。




