↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修学旅行は異世界で。The Summoned Students  作者: 霜月立冬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/29

第十話 辺境勇者の朝活

 アダムス砦の朝は早い。騎士達は未明の内に起床して、陽が昇る頃には中央広場に集合している。当然ながら、寝間着のままの者はいない。

 起床から集合までの僅かな時間で、朝食を摂ったり、身支度を済ませたりする。

 余りに忙しない為、朝食を抜く騎士もいる。学校に通っている中学生としては、朝食すら面倒に思う気持ちは理解できる。


 俺、愛洲龍寿(アイス・リュウス)の起床時間は午前六時()()()。今は、それより早くに起きている。郷に入っては郷に従えだ。

 第一義を「アトリン救済」と定めた以上、それ以外のことに執着する訳にはいかない。それに、我が家には寝坊を許さない存在が二人いる。今朝も然り。


 畳敷きの和室に敷かれた布団にくるまっていると、けたたましい声に叩き起こされた。


「朝よ、朝っ。起きなさいっ!」


 幼女と思しき甲高い声。それに鼓膜を貫かれて、俺の瞼がパッチリ開いた。その瞬間、俺の視界に板張りの天井が映った。


 年季の入った天井だ。墨と錯覚するほど黒ずんでいる。尤も、この屋敷自体は築一か月ほど。その事実を想起して、俺は天井を見詰めながら首を傾げた。

 その直後、傾いた視界の中に、あどけない少女の顔がニュッと入り込んだ。


 長い髪を三つ編みでまとめた小学生と思しき少女。その顔には見覚えが有った。

 アイリーン・アキコ。勇者(俺と水雲)専属のメイドだ。


 このとき、俺は布団の中で仰向けに横たわっていた。アイリーンさんは枕元に正座している。そこから腰を上げて俺の顔を覗き込んでいた。その事実を直感した瞬間、アイリーンさんの可憐な口が開いた。


「起きなさいっ!」


 絶叫と錯覚するほどの大声。それを至近で浴びせられて、俺の眉は「八」の字に歪んだ。口に至っては富士山型だ。俺の喉下まで「(うるさ)い」という文句の言葉が込み上げた。しかし、それは口にしない。


 俺は渋面のまま黙ってコクリと頷いた。すると、再びアイリーンさんの口が開いた。


「朝食の準備ができてるよ。早く準備して」


 ぞんざいなもの言いだ。それが同級生達の台詞であったなら、俺の渋面は一層渋くなっていた。しかし、アイリーンさんの様子を見ていると、何故か俺の口角は吊り上がっていく。


 子どもなのに、頑張って偉いね。


 一応、アイリーンさんは俺や水雲と同い年。しかも、少しだけ生まれが早い。それでも、見た目は小学校低学年生。その外観を見ていると、俺の中の父性が刺激されて止まない。

 俺は布団の中から右手を伸ばして、アイリーンさんの頭をヘッドドレス越しに撫でた。すると、アイリーンさんの目付きが険しくなった。


「どういうつもり?」

「何となく?」


 アイリーンさんの目付きが一層鋭くなった。しかし、俺は構わず頭を撫で続けた。すると、


「止めなさい」


 アイリーンさんは右手を掲げて、俺の右手を払い除けた。彼女はプクッと頬を膨らませて、俺の手から逃れるように超速で立ち上がった。


「先に行ってるから」


 アイリーンさんは、捨て台詞を吐くや否や、超速で俺の部屋から出て行った。その様子を直感して、俺も彼女に続けと起き上がった。しかし、直ぐに追い掛けない。


 自分のことは、自分でしないとな。


 俺は直ぐ様布団を畳み、鎧直垂(よろいひたたれ)(小袖と袴)を身に着けた。これに大鎧をまとえば戦闘準備完了だ。尤も、一人で鎧を身に着けられるほど、俺は器用ではない。後で誰かに手伝って貰う必要が有る。

 俺は脳内で()()()()()()を想起しながら、襖を開けて廊下に出た。


 俺の寝室は、武家屋敷の北東最奥に在った。部屋を出ると、板張りの廊下が真っ直ぐ南に伸びている。

 一先ず廊下の南端まで移動。そこから右手(西)側に設置された襖を開く。すると、俺の視界に黒ずんだ和室が映り込んだ。

 北側は板張りで、南側は一段下がった石造りの土間(三和土)になっている。

 武家屋敷の出入り口、玄関の間だ。


 玄関、外界と通じる引き戸は全開だった。夜通し開けっ放しにしていた訳ではない。二人のメイドの内、どちらかが開けてくれたのだ。その可能性を想像すると、俺の脳内に端麗な老美女の顔が閃いた。


 我が家で働くもう一人のメイド、マチルダ・マチコ。

 マチルダさんの起床時間は、俺達の誰よりも早い。夜勤の歩哨を除けばアダムス砦で最速だろう。

 因みに、マチルダさんとアイリーンさんは同室。その位置は西側最奥で、台所や土間と隣接している。


 マチルダさんは毎日最速で起床して、直ぐ様炊事を始めている。彼女のお陰で、俺達は起床後直ぐに御飯を食べることができた。


「有り難い」


 俺は独り言を呟きながら、玄関の間の奥(西)の障子戸を開けて、向こう側に足を踏み入れた。その瞬間、俺の鼻腔に濃厚な植物の匂いが突き刺さった。


 匂いは、部屋の中央部から漂っていた。

 板張りの床の真ん中に、正方形の焼き場、囲炉裏が有った。そこには鍋が吊り下げられている。それが、匂いの元だ。

 匂いに釣られてか、囲炉裏の周りに三人の女性の姿が有った。

 全員、畏まって正座している。何かの儀式だろうか? 俺は益体も無い妄想をしながら、女性達の顔を見回した。


 俺から見て、手前(南)がアイリーンさん。右手側(東)にマチルダさん。最奥(北)の上座に座っている鎧直垂姿の女子は、俺の同級生にして幼馴染、湊本水雲(ミナモト・ミナモ)だ。


 屋敷の住民が全員(俺以外)揃っている。その事実を目の当たりにして、俺の顔に苦笑が浮かんだ。


 俺が一番遅かった。


 俺は頭を軽く下げながら、アイリーンさんの背後に回り込んだ。彼女の小さな背中で皆の視線を回避しながら、空いている西側の席に着いた。

 そこには、既に膳が用意されていた。


 目玉焼きと、鶏肉のソテー。


 俺が正座すると、俺の隣にいたアイリーンさんが湯気の立つ椀を突き出した。

 椀を受け取ると、濃厚で芳醇な香りが鼻を衝いた。椀の中を見ると、様々な野菜が詰まっている。


 アダムス砦名物、マチルダさん特製野菜スープ。


 栄養価の高い植物ばかりを集めて、特製の調味料で煮込んだ健康食だ。匂いを嗅いでいるだけで活力が漲ってくる。食欲も激しく刺激されていた。

 俺の腹が「ぐぅ」と鳴った。すると、近くにいた水雲やアイリーンさんの腹も鳴った。その音を合図にして、俺達は揃って手を合わせた。


「「「「頂きます」」」」


 俺達は、皆一緒に食事を開始した。

 俺達日本人にとって、特別でも何でもない普通の食事の風景。しかし、アトリンに於いては無作法なもの――らしい。

 そもそも、騎士(俺達)が使用人メイドと一緒に食事を摂ること自体が推奨されていない。その不文律は、マチルダさん達も心得ている。

 それでも、俺達は一緒に食事することを所望した。


「これが、俺達の作法だから」


 俺達は、異世界人であることを理由にマチルダさん達を説き伏せた。

 一個の人間として、料理の制作者にお預けを食らわせることに躊躇いを覚えて止まない。クラスで「ぼっち」と認定されている俺達であろうとも、現代人の倫理観は持ち合わせている。


 俺達は、それぞれが必要と思うことには従っている。

 しかし、必要でないもの、意味が無いと思える行為には従わない。無視できるならば無視する。その考え方や選択に後悔は無い。むしろ自画自賛したい。


 食事中、俺の口角は上がり放しだった。その変調を意識した瞬間、俺の隣(北側)から声が上がった。


「美味しい」


 隣を見ると、水雲の口角が上がっている。その笑みを見て、俺の口角も一層上がった。その変調に伴って、料理の旨味も一層増したように錯覚した。


 皆と一緒の食事も、悪くないかも。


 一時の幸せに、俺は癒されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。