第十一話 最前線の戦士
東の水平線から光の玉が現れた。アトリンでも太陽の軌道は同じだ。東から上がって西に沈む。太陽が発する眩い光が世界を照らす。その恩恵は、峻険な山脈に挟まれた渓谷にも及んでいる。
峡谷の城塞、アダムス砦。魔物を阻み続ける要塞も、陽光までは防げない。城壁の内側に陽光が射し込んで、内部の様子を照らし出している。
様々な中世ヨーロッパ風の建物群と、ベイリー中央に広がる更地。更地の上で整列している白い鎧をまとった騎士達。
騎士達は東側、内壁(第二城壁)の方を向きながら十列横帯で並んでいる。その最前列の最北端に、二つの異質な影が紛れていた。
和風の鎧武者。俺、愛洲龍寿と湊本水雲。
只今から、アダムス砦の朝活、軍隊行動の訓練を行われる。その為に、俺達は定位置に並んでいる。しかし、それぞれの列の長さは違っている。不揃いだ。
今まで、全ての列は同じ長さだった。一列に付き五十名。四列二百名ずつ守備隊を編成していた。しかし、それは飽くまで一昨日までの話。
今現在、それぞれの列の長さは半分以下まで縮んでいる。俺が所属する第一守備隊の人数は三分の一まで減っていた。その事実を意識する度、俺の口は「へ」の字に歪む。
ここにいること自体が辛い。
俺の心底では「今日くらい休んでも」という想いが燻っている。俺の体の方も、節々から「ギシギシ」という擬音が見えるくらい悲鳴を上げている。
昨日まで夜通し魔物の軍団と戦っていたのだから、疲れていて当たり前。「この場に立っていること自体が奇跡」と言いたいくらいだ。
俺達は、全身傷だらけにして、限界を超えて頑張った。例え巫女達の回復魔法で傷を修復しようとも、体力や気力まで回復したとは言い難い。それに、犠牲になった騎士達の葬儀も済んでいない。全部後回しにしている。
これらの事実を思う度、心底に燻る想いが喉下まで込み上げた。その想いは、俺だけが抱えているものではない。
他の騎士達達の顔を盗み見すると、俺と同じように口を「へ」の字に曲げていた。皆、何か言いたげな表情をしている。しかし、
「「「「「…………」」」」」
誰も何も言わない。無言で全身から暗鬱とした気配を滲み出している。その重苦しい空気の中、壮年男性の大声が響き渡った。
「午前中は、いつもの通り演習を行う」
防衛を企図した軍隊行動の訓練。ヴォルフ様の言葉は、俺達全員の耳に届いている。
ヴォルフ様は「いつも通り」と言った。しかし、一昨日までと全く同じではない。人数が減っている為、それに対応した内容に変更される。尤も、これも俺達にとっては「いつものこと」だ。この演習が終われば昼食だ。
昼食の後は、普段通りであれば、各個で戦闘訓練をする。所謂「自主練」だ。しかし、今日は違った。
今日に限って、行事が一つ組み込まれていた。その事実を、エリカ様が教えてくれた。
「英雄達の弔いを」
昨日失った仲間達の告別式。それを聞いた瞬間、俺達は一様に頷いていた。その行為の最中、俺の脳内には亡くなった騎士達の顔が次々閃いていた。
皆、元気だった。ここにいないことが嘘みたいだ。
それぞれの名前も、それぞれの声も想起した。しかし、何れ忘れてしまう。その事実を思うと、俺の胸は「ギシリ」と音を立てて軋んだ。少し前の俺であれば、その痛みに耐え切れずに泣いている。
しかし、今の俺の眉はピクリとも動かない。目が潤むことも無い。
こういうことに慣れてしまったのかな。
アダムス砦に赴任して、既に一カ月が過ぎた。それなりの数の防衛戦を経験している。昨日の戦闘で五回目だ。
魔物との戦闘は苛烈なものばかり。犠牲者無しで済んだ例は無い。その事実は、それなりに衝撃的だった。少なくとも、中学三年生に耐えられるはずも無い。俺の心は、初陣で木っ端微塵に砕けた。
当時は生きているだけでも辛い状態だった。それでも、俺は戦った。俺達が戦わなければ、皆死ぬ。
心を壊しながら戦い続けている内、俺の心が環境に合わせて変質、最適化した。恐らく、水雲も同様だろう。
もしかしたら、勇者の体の特異性が、俺達を生かしてくれたのかもしれない。お陰で、俺達は戦士として成長した。或いは、真面な人間ではなくなったのかもしれない。
一応、俺達の目から涙は出る。涙腺は正常に機能している。しかし、亡くなった仲間の為には泣けない。彼を悼んで流す涙は、とっくの昔に枯れていた。




