第十二話 勇者の必殺技
先の戦闘で、アダムス砦の騎士団から百を超える犠牲者が出た。俺、愛洲龍寿の経験上、最大規模だ。
しかし、犠牲者達の葬儀、告別式に要した時間は一時間程度。騎士団長のエリカ様が弔辞を述べて、黙とうと献花を済ませて終了した。
それぞれの遺体は、一先ず第三ベイリーの霊安場にまとめて収納されている。後日、それぞれの親族の使いの者が引き取りに来る。
その際、俺達が彼らと顔を合わせる機会は設けられていない。
最前線で戦う騎士に、犠牲者を悼んでいる暇は無い。
葬儀告別式の後、俺と水雲は昼食を摂りに武家屋敷に戻った。食事の際、俺も、俺の相棒の湊本水雲も、邪魔な兜を外した。しかし、身にまとった大鎧は脱がなかった。身に着けている必要が有ったからだ。
食事の後、俺達は櫂の木刀を担いで、再び中央広場にやってきた。
現場には、葬儀の厳かな空気が残っている。犠牲者達の残り香も漂っていた。その重苦しい状況の中、俺達は櫂の木刀を大上段に構えた。
俺達の前には、何もない。百メートルほど先に城壁が有るだけだ。
何をしているのかと問われれば、俺達は「訓練」と答える。それも、勇者ならではの特別なものだ。
俺は大上段に構えたまま深呼吸を一回した。新鮮な空気が肺一杯に広がっていく。その感覚を意識すると、肩から余分な力が抜けた。心が研ぎ澄まされていくように錯覚した。すると、俺の脳内を占めていた様々な思考が一つひとつ消えていく。その中で、たった一つだけ消えずに残っているものが有った。
それが、俺の口から飛び出した。
「「風刃っ!」」
俺の声に、水雲の声が重なった。その瞬間、俺達の体に不思議な現象が起こった。
俺達の首元、鎖骨の間に青い光が灯った。その現象を直感した瞬間、俺達は同時に木刀を振り下していた。
一見、只の素振り。しかし、不思議な出来事が起こった。
百メートル先の城壁に、縦一文字の筋が奔っていた。数は二つ。その筋は、俺達が繰り出した技、風刃で穿ったものだ。
風刃のような摩訶不思議な現象は、女神の勇者がもつ特殊能力。女神アトリリア曰く「勇者の必殺技」なのだとか。俺と水雲は「奥義」と呼んでいる。
そもそも、俺達の体は女神が創りし特別製。その体内には奥義、或いは魔法を司る器官が存在している。
女神の巫女達の体に有る「魔力回路」。その勇者版。それが存在する箇所も巫女達と同じ。先程青い光を放った首元だ。
因みに、武士の必殺技(奥義)は刀と弓の二種類有る。それぞれの奥義もまた、二種類に分けることができる。
先程放った風刃のような「属性系」と、攻撃力強化などの「物理系」だ。現在の俺達が使える必殺技は以下の通り。
刀剣。
属性系。
風刃。刀身に風をまとい、それを放つことでカマイタチを起こす。
炎刃。刀身に炎をまとって攻撃する。敵は火傷を負う。
氷刃。刀身に冷気をまとって攻撃。敵は凍傷を患う。
雷刃。刀身に電撃をまとい、それを敵に叩き付ける。
物理系。
鬼刃。一撃分の攻撃力強化。
韋駄天刃。目にも止まらぬ超高速の斬撃。
弓。
属性系。
風射。矢に風をまとって敵を切り裂く。
炎射。鏃に炎まとって敵を焼く。所謂「火矢」。
氷射。鏃に冷気をまとって敵の傷口を凍らせる。
雷射。鏃に電撃をまとって敵を痺れさせる。
物理系。
鬼射。一矢分の攻撃力強化。
韋駄天射。超速の速射。
奥義も魔法も、その効果は絶大だ。巫女の回復魔法並みのチートと言える。この世界の神様から特別扱いされていることは否みようも無い。だからと言って、万能ではない。
「一レベルに付き、一日二回まで」
女神アトリリアは、使用回数制限という余計な縛りを付けていた。何でも「無制限にすると体が維持できなくなる」とのこと。しかし、それは恐らく建前だ。本音の方は、
「やり過ぎると上位神様に怒られます。アトリフィアからも苦情が出ます」
神様同士の都合。その理由を聞いた際、俺達アトリン学園中等部三年A組生徒全員の顔に渋面が浮かんだ。
俺達は、神様の都合に配慮しながら成果を出さなければならない。面倒とは思う。しかし、やるべきことは既に提示されている。
経験値を溜めてレベルを上げる。
レベル。RPGでおなじみの成長システムだ。これはエドモン王国の騎士達にも設定されている。しかしながら、勇者と騎士とではレベルの上がり方が違う。成長速度は倍以上も差が有った。
因みに、一般騎士のレベルは十程度。アダムス砦の騎士だと十五。騎士の最高値は、俺の知る限り副団長のヴォルフ様。彼のレベルは二十五だ。
対して俺と水雲のレベルはというと――現在、三十。既にヴォルフ様を超えて、アダムス砦の最高値。恐らく、エドモン王国内でも最高値だろう。しかし、これで満足する訳にはいかない。
今の俺達では、奥義の発動は一日六十回まで。結構な数が有るとは思う。しかし、足りなくなる場合が有る。その不都合を生じさせた原因もまた、あの女神に有った。
「一晩寝れば、必殺技を回復させることができます」
消費した回数を回復させる為には一定時間寝る必要が有った。戦闘中に寝る暇が有るかというと、首を縦に振り難い。
貫徹して翌日に臨んだ場合、奥義の使用回数は据え置きだ。回復しない。この仕様を知ったとき、俺は心中で女神に向かって「鬼か」と毒吐いた。
何れにせよ、有限となれば使用頻度が有用な奥義に偏ることは自然だろう。有用な奥義と言えば、断トツで風系だ。
風刃は、武器を持ち変えずに中距離攻撃ができる。離れた場所にいる敵への攻撃、或いは味方への援護など、活躍する機会は多い。
風射は、攻撃を外しても対象に裂傷を与えることができる。超々距離射撃など、狙って射抜くことが難しいときは重宝している。
風系の特性は唯一無二。他の奥義では代替できない為、使用頻度が偏っても仕方がない。だからと言って、風系の奥義ばかりを使っている訳ではない。実は、それ以上に使っているものが有る。
互いの戦闘スタイルに合致した奥義。要するに好み。
水雲の場合は氷系の攻撃を多用している。理由は「綺麗だから」だそうな。尤も、それだけで済まない効果が有る。
水雲と対峙した魔物は、その殆どが凍傷を患った。その事実から、水雲は騎士間で「氷の闘将」と呼ばれている。その呼称を、水雲本人は気に入っている様子。
氷の闘将と呼ばれる度、彼女の口角が僅かに吊り上がった。水雲が感情を露にすることは、とても珍しい。その変調を見ると、何か一言いいたい衝動に駆られる。しかし、それは俺にとっては愚行。諸刃の刃だ。
俺にも異名、特別な呼称が有った。それもまた、好みの奥義に由来している。
俺の好み、それは――鬼系だ。理由は、有体に言えばストレス解消。鬼系は一撃で敵を粉砕する。その快感に、俺はとり憑かれていた。
俺と対峙した魔物は、殆ど原形を留めない。その事実から、騎士間では「鬼の狂将」と呼ばれている。その呼称は、実のところ不本意だ。そのように呼ばれる度、俺の眉は「八」の字に歪む。だからと言って、戦い方を変える気は無い。
何れにせよ、俺達が使用する奥義は偏っていることは否めない。残念ながら、殆ど使っていないものも幾つか有った。
それは――炎刃と雷刃、それから韋駄天系の奥義。
炎刃は木刀まで燃えるような気がして使用を避けている。
雷刃は木刀が割れそうな気がして避けている。
韋駄天系は――名前が長い。
前者二つは兎も角、後者は致命的だ。
勇者の必殺技は、その名称を叫ぶことで効果を発揮する。その理由は――分からない。女神アトリリア曰く「上位神様の思し召し」だそうな。
何れにせよ、声に出しながら攻撃するとなれば名前は短い方が良い。遠距離攻撃は兎も角、近接格闘となれば尚更だ。その事実は、日々の訓練にも反映されている。
俺達は使用頻度が高い奥義を集中的に練習した。互いにこれが最善と思い込んでいる。ところが、俺達の考えは甘かった。
魔物には様々な種類、種族が存在している。それぞれの特性も、当然違う。中には俺達の得意技が通用しない個体もいる。その事実を、俺達は先々の戦闘で思い知る羽目になった。




