第十三話 厄介な魔物達
エドモン王国最前線基地、アダムス砦。魔物領と隣接する王国の関所は、今日も招かれざる訪問者でごった返している。
俺、愛洲龍寿の視界には、城門に押し寄せる魔物の群れが映っていた。その光景を目の当たりにして、口から「はぁ」と溜息が漏れた。序に愚痴も漏れた。
「毎度、懲りないな」
俺達がアトリン砦に赴任して、既に二か月ほど経っている。しかし、状況に変化は殆ど無い。赴任した当初と同じことを繰り返している。
俺達は、今日も今日とて防戦だ。
現況を有体に言えば「じり貧」。どれだけ魔物を倒そうと、数は一向に減らない。むしろ増えているように思う。その可能性を想像すると、俺の眉間に皺が寄った。
俺は忌々しげに渋面を浮かべながら、城壁に群がる魔物達を睨み付けていた。
俺の視界に二種類の魔物の姿が映っている。
毛むくじゃらの獣人と、とんがり帽子を被った小鬼。前者は「オーガ」、後者は「スプリガン」だ。
オーガの数は五十匹、一個小隊程度。全員城門に殺到している。
スプリガンの方はというと、こちらも五十匹程度。城壁に張り付いて登攀中だ。
それぞれの様子を観察していると、俺の右隣から水雲の声が上がった。
「どっちから?」
獣人と小鬼。前者の外観は、二足歩行する猛獣だ。後者の外観は、殆どゴブリン。ゴブリンならば、騎士達でも余裕で倒せるだろう。そちらは彼らに任せて良い。
俺は和弓の照準を城門前のオーガに固定した。
「オーガ」
俺は簡潔に返事をした後、和弓の奥義を発動した。
「鬼射っ!」
確殺の一撃。俺の矢を受けたオーガの頭が木っ端微塵に吹き飛んだ。
現在、俺と水雲のレベルは四十七まで上がっている。奥義の使用回数は九十四回。今の俺達ならば独力で魔物軍を蹴散らすことができる――かもしれない。その推測は、現実が全力で肯定した。
「鬼射っ」
「氷射っ」
俺達が攻撃する度、オーガの数が減った。一方的な展開だ。その事実を目の当たりにすると、俺の口角が勝手に上がる。しかし、俺の笑みは直ぐに凍り付いた。
オーガを掃討している最中、歩廊から悲鳴が上がった。それが耳に入るや否や、俺は超速で振り向いて歩廊の中を見た。すると、そこに小鬼の姿が有った。
複数のスプリガンが歩廊に上がり込んでいた。第一守備隊の騎士が応戦している。その様子を見て、俺は騎士達の圧勝を直感した。
そもそも、第一守備隊は騎士団中最多の戦闘を経験している。入れ替わりが激しいものの、それなりに猛者が揃っている。
あんなゴブリンみたいな魔物にやられる訳ない――よな?
俺の脳内で、騎士達がスプリガンを斬り伏せている様子が閃いた。ところが、現実は違った。真逆だ。
騎士達はスプリガンに翻弄されている。その理由が、騎士達の口から飛び出した。
「こいつ――速いっ!?」
スプリガンは、目にも止まらぬ速さで動いている。その運動能力は、人間どころかオーガすら凌駕していた。
風のように辺りを走り回り、右手に握ったナイフで騎士達の関節、鎧の隙間を突き刺している。その事実を目の当たりにした瞬間、俺は和弓を床に置いた。
俺達が、何とかしないと。
俺は急いで櫂の木刀の柄を握った。続け様に大上段に構えて――武士の奥義を発動した。
「風刃っ!」
不可視の刃がスプリガンに迫る。完全に不意を衝いた。ところが、旋風が当たると思われた刹那、スプリガンはバックステップで躱していた。
「なっ!?」
武士の奥義が躱された。初めての経験だ。それなりに衝撃を受けた。だからと言って、呑気に驚いている暇は無い。
スプリガンは、風刃を躱すや否や俺の方へと突っ込んでくる。その事実を目の当たりにした瞬間、俺は両手に握った甲斐の木刀を正眼に構えて――
「えいっ!」
スプリガンの頭頂目掛けて振り下ろした。奥義ではなく、通常攻撃だ。それでも、相手がゴブリンならば頭どころか体も粉砕している。スプリガンも、耐久力は大差ないだろう。しかし、易々と攻撃を許す相手ではない。
俺の視界からスプリガンの姿が消えた。スプリガンは、視認できない超速で真横に移動していた。俺の木刀は空振りだ。しかし、俺の失態はこれに止まらない。
長大な刀身を振り下ろし切ったところで、真横(左側)から殺意を覚えた。
やられるっ!?
俺の視界の端にスプリガンの顔が映り込んだ。その小さな右手には、血油がベッタリ付いたナイフが握られている。
その事実を直感した瞬間、俺の背後から声が上がった。
「韋駄天刃っ!」
聞き慣れた女子の声。それが聞こえた瞬間、スプリガンの短躯が吹き飛んだ。その光景は、辛うじて俺の視界に映っていた。
「!?」
俺は思わず息を飲んだ。その刹那、俺の視界に蘇芳色の鎧武者が映り込んだ。
アトリン学園中等部三年A組四十番、湊本水雲。俺の幼馴染にして、相棒だ。
水雲は俺の真横を通り過ぎ、スプリガンの群れに突っ込んだ。その際、武士の奥義を発動した。
「韋駄天刃っ」
韋駄天刃。攻撃速度を強化する奥義。その速度はスプリガンを凌駕した。
水雲が声を上げる度、スプリガンが吹き飛んでいく。その光景を目の当たりにして、俺も水雲に続けとばかりに突っ込んだ。
「「韋駄天刃っ」」
水雲の声に、俺の声が重なった。
俺達は一心不乱に韋駄天刃を繰り返した。言い難い言葉を使い続けた為、顎の感覚が無くなっている。しかし、無理をした甲斐は有った。
歩廊に上がり込んだスプリガンを全て駆逐した。だからと言って、これで終わりではない。俺達は直ぐ様和弓に持ち替えて城門のオーガを狙い撃った。
かくして、第十回目の防衛戦も俺達の勝利で終わった。その事実を直感すると、「ほっ」と安堵の溜息が漏れた。しかし、俺の表情は渋い。
「韋駄天刃も、鍛えておかなきゃ――だな」
戦場では何が起こるか分からない。奥義の有用性も、状況によって変わってくる。その事実を思い知る機会は、アダムス砦に於いては存外に多い。反省を促す機会も、それなりに多く巡ってくる。
オーガとスプリガンの襲撃を受けてから半月ほど経った頃。今度はミノタウロスが攻め込んできた。
ミノタウロス。牛の頭をした筋骨隆々の大男。その巨躯を見ると、俺の眉間に皺が寄る。しかし、口角は僅かに上がっていた。
ミノタウロスの数が少なかった。何と、たったの三匹。しかも、それぞれの武器は棍棒だ。一目で遠距離攻撃できないと分かる。
「弓で仕留めて終わり――だな?」
俺の軽口に、水雲の蘇芳色の兜が上下に揺れた。その反応を視認した後、俺は直ぐ様武士の奥義を発動した。
「鬼射っ!」「氷射っ!」
俺の声に、水雲の声が重なった。それぞれ同時に奥義を発動した。
俺達が放った矢は、それぞれ牛頭の眉間に当たった。その直後、俺体の視界に信じ難い光景が映り込んだ。
俺達の矢は弾かた。
俺達は慌てて二者目を射ている。しかし、それも弾かれてしまった。その事実を目の当たりにして、俺の脳内に最悪の可能性が閃いた。
ミノタウロスには遠距離攻撃が効かないのか?
騎士達が放つ矢は元より、俺の鬼射、風射までもが弾かれた。水雲が放った氷射も、皮膚に矢が突き刺さらない為効果が薄い。
俺達はミノタウロスを止めることができなかった。それどころか、奴らの棍棒の一撃で、城門が打ち破られてしまった。
獰猛な牛男達が第二ベイリー内に入り込んだ。その事実を直感して、俺の額と背中に大量の汗が滴った。
初めて魔物の侵入を許してしまった。
俺達は、それぞれ近接武器を握って地上に向かって駆け下りた。
地上に着くまでの間、俺の脳内には非戦闘員(メイド達)が犠牲になる様子が閃いた。しかし、それは杞憂だった。
城門の裏側には第二守備隊が控えていた。彼らは杭を並べた防護柵を用意して、それでミノタウロスを囲んでいる。そのお陰で、俺達は間に合った。だからと言って、第二守備隊の好守を称えている暇は無い。
ミノタウロスは城門さえ打ち破るほどの膂力を持っている。柵を打ち破られるのも時間の問題だろう。その僅かな時間でミノタウロスを処理しなければならない。しかし――
「鬼刃っ!」
得意技を放ったものの、ミノタウロスの硬い筋肉に阻まれた。物理攻撃では倒せないようだ。残る手段は――
「雷刃っ!」
横薙ぎの一閃がミノタウロスの腹を打った。その刹那、落雷の如き閃光と、それに遅れて轟音が鳴り響いた。
その直後、俺の口角が吊り上がった。
ミノタウロスは、根本が折れた巨木のように倒れた。今は地面の上でゴロゴロ転げ回っている。その様子を見て、俺は現況の意味を直感した。
雷は――通る。
俺は口角を吊り上げながら木刀を構えた。その刹那、俺の至近で水雲の声が上がった。
「炎刃っ!」
俺の視界の端に、炎をまとった木刀が映り込んだ。それがミノタウロスの脚に伸びて、その脛を打った。
その際、物理的な衝撃は筋肉で阻まれた。しかし、攻撃は無駄ではなかった。それどころか、俺が放った雷刃よりも有効だった。
炎がミノタウロスの表皮を焼いた。その痛みに耐えかねて、ミノタウロスは地面の上でのた打ち回っている。その光景は、俺だけでなく、騎士達の目にも映っていた。
「油を持って来いっ!」
第二守備隊の中から声が上がった。それが耳に入ってから数分後、油の入った壷が次々現れた。それを騎士達が抱えて、ミノタウロス目掛けて――
「そぉれっ!」
投げ付けた。壺は牛頭に当たって砕け散っている。その瞬間、中に入っていた油が飛び散った。躱しようもない。ミノタウロスは油を存分に浴びている。
ミノタウロスの巨躯は油まみれだ。その光景を目の当たりにした瞬間、俺と水雲は、同時に叫んでいた。
「「炎刃っ!」」
第二ベイリーの城門付近から、三本の火柱が上がった。それが収まると、牛男の丸焼きが三つほど出来上がっていた。
容赦の無いウェルダンだ。牛っぽいので、それなりに美味しいかもしれない。しかし、その味を確認した者は、俺や水雲を含めて誰もいなかった。
かくして、今回も砦を防衛することができた。その事実を思うと口角が上がる。しかし、俺の眉は不機嫌に歪む。
いい加減、こちらから攻め込んでも良いのでは?
魔物領への侵攻。それを考えている者は、俺だけではない。アダムス砦の騎士間でも頻繁に上がってくる話題だ。その声は、俺達の主、アダムス・エヴァンス辺境伯爵様の耳にも入っている。
辺境伯爵様は、何度か国王に魔物領侵攻を進言している。しかし、それが聞き届けられた試しは無い。
国王陛下からの返事は、文言は兎も角、内容は全て同じ。
「王都にいる勇者達の準備が整ってから」
時期尚早、保留、現状維持――と、王都からの返事を耳にする度、俺の眉間に深い皺が刻まれていく。
一体、いつまで待たせるのか?
アトリン砦にやってくる魔物は、日を追う毎に強力なものになっている。スプリガンやミノタウロスのような厄介な個体も現れ出した。現況を鑑みる度、俺達の眉間に深い皺が刻まれていく。だからと言って、現場を投げ出す気は毛頭無い。
俺達がやらなきゃ、この世界は終わる。
アダムス砦の仲間達を見捨てることは、今の俺には(恐らく水雲にも)できない。機会が巡ってくることを信じて、今できることを全力でやる。そうしようと、自分達で決めていた。




