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修学旅行は異世界で。The Summoned Students  作者: 霜月立冬


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第六話 姫騎士と姫巫女

 陽が暮れて月が上る。それが沈んで、太陽が昇った。

 朝、日光に照らされた城壁に()()()()()()姿()は無くなっていた。その光景を目の当たりにした瞬間、俺、愛洲龍寿(アイス・リュウス)の口から声が漏れた。


「終わった――か」


 独り言だ。しかし、それなりに大きな声だったようだ。


「そう――みたい」


 俺の背後から、女性と思しき高音の声が上がった。

 聞き覚えの有る声だ。俺は相手の正体を想像しながら、ユックリ首を回して背後を見た。すると、俺の視界に蘇芳(すおう)色の大鎧が映った。


 蘇芳色の鎧武者が、こちらに背中を向けて立っている。その姿が視界の恥に入った瞬間、俺の口から鎧武者の名前が零れ出た。


水雲(ミナモ)――」


 アトリン学園中等部三年A組四十番、湊本水雲(ミナモト・ミナモ)。俺の同級生にして幼馴染。


 俺達は互いに背を預けて、互いの体を支え合って立っていた。この体勢でなければ体を支え切れない。暫く動けそうにない。勇者の体(女神の特別製)と言えど、基本的な構造は人間と同じ。体力が尽きれば動くことは難しい。しかし、限界まで頑張った甲斐は有った。


 俺達エヴァンス辺境伯騎士団は、魔物の攻撃を退けた。その事実を思うと、俺の口角が吊り上がる。しかし、周りの光景が目に入ると、直ぐに「へ」の字に曲がる。


 俺達が所属する第一守備隊は半壊した。後詰めの第二守備隊も、それなりに被害が出ている。最終的に、騎士団副団長ヴォルク・オルク様(及び彼の近習(きんじゅう))が参戦している。

 アダムス砦に於ける実質的な全戦力の投入。そこまでして、漸く魔物を追い払うことができた。

 因みに、ヴォルク様(及び近習)は全員ご存命。今は城門を飛び出して、敗走する魔物を追撃しているところ。流石は歴戦の騎士。心強いことこの上ない。

 尤も、ヴォルク様達だけで戦況が覆った訳ではない。参戦者全員が必死に抵抗したからこその戦果だ。しかし、貢献者達全員と喜びを分かち合うことは難しい。


 俺達がいる歩廊の中は屍で溢れ返っている。殆どは魔物ばかり。その中に、金属鎧をまとった騎士の姿も有った。

 騎士達は、それぞれ床に腰を下ろしたり、横たわったり、様々だ。僅かに動く者も有れば。全く動いていない者もいる。動いていない者は、二度と動かない。

 多くの騎士が犠牲になった。その事実を思うと、胸が詰まる。しかし、嘆く暇は無い。


 また、魔物が攻めてくる。


 ここは魔物と隣接するエドモン王国最前線、エヴァンス辺境伯領アダムス砦。

 魔物の軍団は、必ず此の地を通過する。他の接点は無い。アトリア大陸の地形が、それを強要していた。


 異世界アトリン最大の陸地、アトリア大陸。その中央部は、峻険なアトリア山脈によって東西に両断されている。

 今は東側が人間の領土(エドモン王国)、西側が魔物の領土となっている。


 アダムス砦は、アトリア山脈の切れ目に位置していた。それぞれの領土を繋ぐ関所のような存在だ。ここを突破されない限り、エドモン王国は安泰だろう。

 王国を守るべく、アダムス砦には王国全土から選りすぐりの騎士達が派遣されている。その中に、造物主(アトリリア)から遣わされた勇者も含まれている。俺と水雲の二人だけだが。


 俺達は、地位や立場的には他の騎士と同じだ。しかし、それなりに期待されている。それに応える能力が、俺達の体には備わっていた。

 この体を創った女神曰く「飲まず食わずで三日は戦える」とのこと。その言葉の信ぴょう性は、戦う度に増している。

 だからと言って、全くの余裕という訳ではない。むしろ、余裕の欠片も無い綱渡り状態ばかり。今も、立っているのがやっとだ。次の戦闘で生き残っている自信は、正直無い。


 俺達がやられたら、どうなるんだろうな?


 アトリンに召喚された勇者は、俺達を含めて五十名。

 俺達以外の生徒は、王都でレベリングに励んでいる――はず。尤も、王都の訓練の内容は、俺も水雲も知らない。

 一応、俺達の主、アダムス・エヴァンス辺境伯様は王都と連絡を取り合っている。その手段は、中世らしく伝書鳩。情報量も、回数も、それほど多くは無い。少なくとも、俺達の世界の者とは比べ物にならない。

 王都から送られてくる勇者達の情報は、ツッコミを入れたくなるほど簡潔で、おざなりだ。


〈皆、無事〉


 そりゃそうだ。こちらと違って、王都は安全な場所だ。何か有る方が吃驚だ。何れにせよ、特筆して伝えるべき情報が無い様子。

 その定型文を耳にする度、「平和で何より」と皮肉が口を衝く。その直後、俺の首は盛大に傾ぐ。


 無事なのは良いが、現実は()()なんですけど。


 俺の視界には、悪夢のような光景が映っている。魔物の屍の山。横たわる騎士達。

 今の俺達は屍山血河(しざんけつが)に立つ地獄の鬼。鬼の右手には、魔物の血にまみれた長大な木刀(櫂の木刀)が握られている。


 皆、()()を見たらどうするだろう? 驚く? 戦く? 引っ繰り返る? 


 他の生徒達が慌てふためく様子を想像すると、俺の口角が歪に吊り上がった。


「ふふっ」


 俺の口から笑い声が漏れた。その僅かな音に、後ろの鎧武者が反応した。


「何?」


 水雲の首が斜めに傾いだ。その仕草を見て、俺は「バツが悪い」と苦笑した。すると、水雲の首が一層傾いでいく。その反応を見て、俺の口角が一層吊り上がった。


「何でも――ない」


 俺は笑った。しかし、俺の乾いた笑い声は聞こえない。唐突に上がった甲高い大声にかき消されていた。


「皆っ、無事かっ!?」


 女性の絶叫。それに反応して、俺はユックリ視線を巡らせた。すると、俺の視界に白銀の鎧に身を包んだ騎士の姿が有った。

 その騎士は兜を脱いでいた。その為、相貌がハッキリ視認できた。


 白金髪の美女。人間とは思えないほど、幻想的なまでに美しい。彼女は大声を張り上げながら、俺達の方へと近付いていた。


 女騎士の姿が目に入った瞬間、俺は笑うのを止めた。その直後、背中の感触が消えた。

 俺を支えていた水雲は、背筋を伸ばして直立している。その様子を直感して、俺も彼女に倣って直立した。

 疲れていても畏まる。その必要が有った。そうせざるを得ない理由が、彼我の関係性に有った。


 女騎士の名前は「エリカ・エヴァンス」という。彼女はアダムス砦騎士団団長を務めている。一番偉い人だ。しかも、その家名が示す通り、領主アダムス・エヴァンス辺境伯爵令嬢(長女)だ。


 領主の娘が最前線にいる。その事実は、砦に勤める騎士達の士気を大いに高めていた。しかも、この場にいる辺境伯爵令嬢は彼女だけではない。


 エリカ様の後ろに、純白のローブをまとった集団がいた。その中に、エリカ様と瓜二つの顔を持つ女性がいた。


 エリカ様に似た女性の名前は「エミリア・エヴァンス」という。エリカ様の双子の妹だ。彼女は「女神の巫女」を束ねる巫女長だ。


 女神の巫女。女神から癒しの力を授かった特別な女性達。有体に言えば、この世界における「回復役」だ。


 女神の巫女は、俺達エヴァンス辺境伯領軍にとって「生命線」と言える存在。だからこそ、戦闘中は城内に控えている。騎士団長のエリカ様は、巫女の護衛をしながら指揮を執っている。

 実のところ、エリカ様達が直接戦闘に参加した例は一度も無い。その事実を鑑みる度、俺の眉間に皺が寄る。尤も、不満を口に出す気は無い。


 ここ(最前線)にいるだけでも有り得ない話だもんな。


 御令嬢達の心情を想像すると、二人の頭を撫でたくなる衝動に駆られる。しかしながら、無礼を働く勇気は無い。そもそも、今の俺には余計なことをする体力は無い。


 俺は眉間に皺を寄せながら、茫洋と現況を眺めていた。その最中、俺の耳に清水のように涼やかな美声が飛び込んだ。


「勇者様方っ」


 白いローブの美女、エミリア様が俺達の方へと駆けてくる。近付くほどに見えた顔は、(エリカ)同様見惚れるほどに美しい。

 しかし、美貌に浮かんだ表情は曇天、美麗な眉が「八」の字に曲がっている。可憐な口が富士山型に曲がっている。

 その歪んだ口が僅かに開いて、そこから表情に見合った不安げな声が漏れた。


「ご無事ですか?」


 エミリア様の問い掛けに、俺と水雲は同時に頷いた。本音を言えば、今直ぐ横になりたいところ。しかし、余計なことを言う気力も体力も無い。


 俺達が立ち尽くしていると、エミリア様は俺の至近、息が掛かるほど間合いを詰めた。その状態を維持したまま、俺に向かって声を上げた。


「治療します」


 エミリア様は、俺の右側の二の腕に向かって右手を(かざ)した。そこには大きく開いた刀傷が有る。致命傷ではない。しかし、それなりに大きい。絶対に痕が残る。

 二の腕に刀傷を持つ中学三年生。面接の際に不利になること間違い無し。その可能性を想像すると、喉下まで溜息が込み上げた。しかし、それは全くの杞憂に終わった。


 異世界アトリンには()()()()()()()()()()()()()が有る。その奇跡を、俺はたった今目の当たりにした。

 エミリア様は、俺の傷口に右手を翳しながら声を上げた。


「女神アトリリアの名で命ずる。傷よ、治れ」


 エミリア様の言葉に、彼女の体が反応した。

 エミリア様の首元、鎖骨の間から緑色の光が溢れ出している。その輝きが増すと、今度は彼女の右掌から緑色の光が溢れ出した。

 右掌の光が、俺の傷口を緑色に照らした。それに合わせて、傷口がピクピク蠢いている。そのピクピクが、離れていた箇所を繋ぎ合わせていく。二の腕の傷口は爆速で修復した。


 これが、女神の巫女に与えられた奇跡の魔法。その名も「回復魔法」。


 巫女達の体には回復魔法を使用できる器官、所謂「魔力回路」が備わっている。それが有る位置が、最初に光った首元だ。


 エミリア様の回復魔法によって、俺の右腕の傷は綺麗サッパリ消えた。(あと)も染みも無い。生まれたての肌のようだ。その事実だけでも有り難い。

 しかし、エミリアは巫女を束ねる巫女長。その上、王国随一の才女。回復魔法の使用回数も、それなりに多い。


 エミリア様は、他の傷も爆速で修復してくれた。その奇跡の技を間近に見て、俺の脳内に「チートとか「反則」という言葉が次々閃いていく。

 尤も、この力(回復魔法)が有るからこそ、俺達は戦い続けることができる訳だが。その事実を思うと、俺の頭が深々と下がった。


「有難う、御座い――ます」


 俺は掠れた声で礼を言った。すると、エミリア様の美貌に笑みが浮かんだ。その吊り上がった口が僅かに開いて、そこから弾んだ声が飛び出した。


「どういたしまして」


 エミリア様は、返事をするなり俺から離れた。続け様に水雲の方へと近付いて、彼女の傷を癒し始めた。水雲も傷も、俺のように跡形も無くなっていく。その奇跡を確認した後、俺は水雲から視線を外して周りを見た。すると、俺の視界に白いローブ姿の女性達が映り込んだ。


 エミリア様が連れて来た巫女達は、倒れている騎士達を治療していた。緑色の光が輝く度、騎士達の傷が癒えていく。

 巫女達の尽力、及び女神の奇跡の力によって騎士達の傷が修復していく。しかし、如何に女神の奇跡と言えど、できないことも有る。


 幾ら光りを翳そうと、傷を治そうと、既に絶命した者には何の効果も意味も無い。その事実に付いて考えていると、俺の口から溜息が漏れた。しかし、俺の耳には届かない。代わりに聞こえた音は、清水のような澄んだ美声だった。


「王に頼んで兵(騎士)を補充しないと」


 エリカ様は、既に事切れた騎士の前で立ち尽くしていた。その横顔に浮かんだ表情は全くの無。しかし、肩が震えている。その様子を見て、俺は「エリカ様が涙を堪えている」と直感した。


 エリカ様の知己、エヴァンス辺境伯領の騎士は、今は殆ど残っていない。現在の騎士団は他地方から来た者達ばかり。その事実を想起すると、俺の眉間に一層深い皺が刻まれていく。


 この状況、三年A組の皆は――知らないんだよな。


 後方から送られてくる補充兵の中に同級生の姿を見たことは、未だ一度も無い。

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