第二十八話 二人ぼっち
二重の高壁に囲まれた城塞、アダムス砦。尤も、砦の全ての敷地が高壁で囲まれている訳ではない。
砦の東側には、城壁の外側にはみ出ている場所が有った。
城塞運用補助区画、通称「第三ベイリー」。
砦内住民の糧食を賄う農地、及び牧草地帯だ。麦をなどの主食を始めとした農作物を育てたり、鶏などの家畜を飼育したりしている。
第三ベイリーが健在である内は、砦内住民が飢えることはない。皆の体を支えている生命線だ。体だけでなく、その牧歌的な風景は心の癒しにもなっている。用も無いのに足を運ぶ者は、存外に多い。しかし、それも今や昔の話だ。
第三ベイリーは焼け野原と化していた。農作物も、家畜も、家屋も、全て焼き尽くされている。その凄まじい火勢は、遠く離れた第一城壁の西城門にも伝わっていた。
「最悪だ」
俺、愛洲龍寿の口から愚痴が零れた。額と背中から嫌な汗が止めど無く滴っている。叶うならば、第三ベイリーに急行したい。しかし、今は持ち場を離れる訳にはいかない。
俺の視界には、西から押し寄せる魔物大軍が映っている。これを放置して、他所の援軍に向かうことは躊躇われた。
先ずは、こちらを片付けてから。
俺はこの場に留まって、眼前の敵に集中した。
雲霞の如き大軍に向かって、武士の奥義を幾度となく放った。その度に、雲霞が削れていく。
このまま攻撃を続けていれば、何れ雲も霧も晴れる。その可能性を想像した瞬間、俺達がいる歩廊の中から若年男性の大声が上がった。
「ドラゴンがっ!」
ドラゴン。魔法を使う最強の幻獣。
騎士の声を聞いた瞬間、俺の脳内に山の如きドラゴンの巨躯が閃いた。それを直感するや否や、俺は声を上げた騎士を見た。
騎士は、俺達の背面を覆う落下防止用の小壁体に張り付いている。そこから身を乗り出して、第二ベイリーの中央広場の方を指差していた。
俺は直ぐ様騎士の指先を視線で追った。すると、俺の視界に赤い物体が映り込んだ。
赤い――大蜥蜴。背中に大きな蝙蝠の翼が生えている。その外観の特徴は、間違いなくドラゴンそのもの。しかし、俺が想像した個体とは大きさが異なっていた。
全高は五メートルほど。その短躯を直感した瞬間、俺の口から声が漏れた。
「子どもかな?」
子ドラゴン。俺達が倒した個体ほど強くは無いだろう。その可能性を想像した瞬間、俺の右隣から声が上がった。
「龍くんっ、行こう」
俺の右隣にいた蘇芳色の鎧武者が走った。その行為を目の当たりにした瞬間、俺の体も動いていた。
俺は小城体に右手を伸ばして、そこに立て掛けていた櫂の木刀を引っ掴んだ。
俺は左手に和弓、右手二階の木刀を持ったまま、水雲を追い掛けた。
俺達は、水雲、俺の順でアンサンテ内の城塔の中に突っ込んだ。そのまま階段を超高速で駆け下りていく。その間、外から幾つも悲鳴が上がった。
仲間の悲鳴を耳にする度、俺の脳内に最悪の可能性が次々閃いた。それに伴って、俺達の速度も増していく。
俺達は弾丸と化して、悲鳴が木霊する中央広場に飛び出した。
そこは――未だ原形を留めていた。その事実を直感した瞬間、俺は息を吐き掛けた。しかし、息が喉下まで込み上げたところで、そのまま飲み下している。
呑気に息を吐いている場合ではなかった。俺の視界に、赤い大蜥蜴が映っていた。
子ドラゴン。
ドラゴンの爬虫類の目に、濃紺と蘇芳の鎧武者が映っている。その事実を直感した瞬間、ドラゴンの首元が赤く輝き出した。
魔法――火を吐く気かっ!?
赤い光を見た瞬間、俺は左手の和弓を手放した。続け様に、右手に握った櫂の木刀を両手に構えている。
俺の少し前にいる水雲も、両手で木刀を握って正眼に構えた。
その直後、ドラゴンの口から炎の奔流が飛び出した。
ドラゴンが吐いた炎が、俺の視界を真っ赤に染めた。周囲を焼き尽くしながら、俺達の方へと伸びてくる。
第二ベイリーが灼熱地獄と化した。その光景を目の当たりにした瞬間、俺と水雲は同時に武士の最終奥義を発動した。
「「虚空刃っ!」」
二振りの櫂の木刀が縦一文字に木刀を振り下ろされた。すると、俺達に迫っていた炎が左右に裂けていく。それに伴って、俺達の正面に「炎の壁に囲まれた道」が現れた。
道が見えた瞬間、俺と水雲は同時に前に出ていた。
この先に、ドラゴンがいる。
俺達は、それぞれ炎の道を超高速で駆けた。その最中、水雲の声が上がった。
「龍くんっ!」
「応っ!」
俺は水雲の呼びかけに応えながら、木刀を八双に構えた。
木刀の間合いに入り次第、振り下ろす――つもりだ。しかし、それを軽々に許すほど、敵は甘くなかった。
こちらの間合いに入るより先に、ドラゴンが超速で一回転した。俯瞰で見て反時計回り。その動きに合わせて、ドラゴンの長大な尻尾が真横に振り回されている。
赤い鱗に覆われた大鞭が、俺、水雲の順で、それぞれの頭を叩いた。
巨列な一撃。それを食らった際、首がもげるかと錯覚した。俺達以外の者であったなら、本当に首をもがれていただろう。
しかし、俺達の勇者レベルは百二十。それなりに防御力は高い。その上、俺達が被っている兜はアトリンの造物主が作ったもの。こちらの防御力も高い。
頭を激しく揺らされたものの、俺も水雲も無事。首はくっ付いている。
俺達は、ドラゴンの攻撃に耐え切った。その事実を直感するや否や、櫂の木刀を構え直している。
ドラゴンが一回転し終わったところで木刀を振るった。
「「虚空刃っ」」
水雲の木刀が、ドラゴンの首元、そこに有る逆鱗を斜めに叩いた。所謂「袈裟斬り」だ。
俺もまた、水雲と同じ個所を狙って攻撃した。その際、水雲の太刀筋と一点で重なるよう、左右反転した袈裟斬りで逆鱗を叩いた。
俺達が攻撃した個所が、大きく「×」の字に割けた。その傷は、逆鱗の奥に有った魔力回路にも届いている。その事実を直感した瞬間、俺達は同時にドラゴンから離れた。
彼我の距離が、それぞれ五メートルほど離れた。その事実を直感した瞬間、ドラゴンの胸の傷から火柱が吹き上がった。その現象の意味が、俺の脳内に閃いていた。
魔力回路の誤作動。
ドラゴンは、自らの炎で自身を焼き尽くした。その光景を目の当たりにして、俺の口から息が漏れた。
俺達の伝説に、新たな偉業が追加された。その事実を直感すると、口角が上がり掛けた。しかし、それは途中で凍り付いている。
俺の笑みを阻んだ原因が、俺の視界一杯に移り込んでいた。
城壁の内側、第二ベイリーの内部が魔物で溢れ返っている。俺達がドラゴンと対決している間に西城門は破られてしまった。
中央広場では、騎士達と魔物が激しい戦闘を繰り広げている。
魔物はゴブリン、コボルト、オーク――等々、良く見知った人型のものばかり。
個々の戦闘能力では騎士達に分が有る。しかし、数は敵の方が圧倒的に上。多勢に無勢。その事実が、騎士達を徹底的に打ちのめした。
俺の視界の中て、騎士達が次々倒れていく。その光景を目の当たりにして、俺と水雲は木刀を振りかざして魔物の群れに突っ込んだ。
一秒でも早く倒す。一匹でも多く倒す。
俺達は、それぞれ手当たり次第に魔物を叩き回った。奥義の名前を叫ぶ時間すら惜しい。
俺達は、奥義に通常攻撃を混ぜながら攻撃し続けた。
それなりの数を倒した。過去最多だろう。しかし、魔物が減った気がしない。多過ぎる。それこそ無尽蔵と錯覚するほど。
いつの間にか、木刀を握る感覚が無くなっていた。視界の明度も著しく下がっている。今、自分が何をしているのか? 自分の行為すら認識できなくなった。
それでも、俺達は戦い続けた。水雲と互いに背を預けながら、一心不乱に木刀を振り続けた。
いつの間にか、勇者の必殺技が使えなくなっていた。
いつの間にか、騎士の姿が見当たらなくなっていた。
立っている人間は、俺達二人だけ。
立っている魔物は、雲海の如し。
戦局は確定している。戦況は絶望的。しかし、そんなこと、もうどうでも良い。考える余裕も無い。俺達は木刀を振るい続けた。
一匹でも多く道連れにしてやる。
俺の視界は既に真っ暗、完全に闇に閉ざされている。俺の耳に届く音は、木刀がもたらす風切り音だけ。魔物の断末魔は――聞こえない。他の音が聞こえない。
聴覚の異常か? こちらの攻撃が魔物に届いていないのか?
今の俺達には現況の判別が付かない。それでも木刀を振り回し続けた。
その最中、虚しい風切り音に紛れて、風鈴の根のような涼やかな美声が響き渡った。
「ここまで――ですね」
「はい」
二人の女性の声。どちらも聞き覚えが有った。その事実を直感した瞬間、俺は声のした方に意識を向けた。
その瞬間、真っ暗だった視界に光が映った。それが広がって、明確な形が現れた。
白い鎧をまとった姫騎士と、白いローブをまとった姫巫女。
二人とも、長い白金色の髪をなびかせながら、ジッと俺達の方を見ている。それぞれ、この世のものとは思えないほどの美貌だ。一度見たならば二度と忘れることは無い。
俺も、恐らく水雲も、相手の正体を直感していた。それぞれの名前が、俺達の口から飛び出した。
「エリカ様っ!?」
「エミリア様っ!?」
エヴァンス辺境伯爵の双子の令嬢、エリカ・エヴァンス(姉)とエミリア・エヴァンス(妹)。
王都に向かったはずの二人が、俺達の前に立っている。その上、魔物達が二人を囲んで膝を着いている。
何だ? これは一体何なんだ?
俺と水雲の動きが止まった。訳が分からず、目を点にして立ち尽くしている。その点の中に映った白い姫騎士の口が開いた。
「場所を――変えましょう」
涼やかな美声。エリカ様の声に相違無い。しかし、俺は違和感を覚えた。
口調が――変?
普段の居丈高なものではない。その変調の意味は何か? それを考えようとした瞬間、俺の視界が真っ白な光に埋め尽くされた。




