最終話 愛と希望の未来
俺、愛洲龍寿の体が真っ白な光に包まれた。それから後のことは、良く分からない。多分、寝ていたと思う。
起きて、目を開いたところで、俺の視界に見慣れた板が映り込んだ。
学校机の天板。しかし、俺たちが普段使っているものとは違う。光と錯覚するほど真っ白だ。
光の天板と、俺の左頬がくっ付いている。俺の頭は右側に傾いていた。
俺は机に突っ伏していた。その間抜けな状態を直感した瞬間、俺の口から既知の場所名が零れ出た。
「教室?」
教室。しかし、周囲は真っ白。それこそ、光の中にいるかと錯覚するほどに。その事実を直感した瞬間、俺の脳内に一年前の記憶が閃いた。
もしかして、女神と初めて会った場所か?
光の教室。アトリンに召喚された際、俺達アトリン学園中等部三年A組の生徒は召喚主と見えている。
召喚主にしてアトリンの造物主、女神アトリリア。
女神と見えた場所が、この光の教室だ。その事実を直感した瞬間、俺の首が斜めに傾いだ。
何故、俺はここに?
俺は、少し前まで魔物大軍と戦っていた。意識は朦朧としていたが「殺された」という記憶は無い。それなのに、俺は女神が存在する時空にいる。
現況は、言うなれば「死後の世界」だ。その事実を鑑みると、殺された可能性を想像した。その瞬間、俺の口が「へ」の字に曲がった。
納得いかない。
俺は口を「へ」の字に曲げながら、更に首を傾げた。その直後、俺の視界に右隣の席が映り込んだ。
隣の席に、生徒の姿が有った。しかし、その身にまとっている衣装は、アトリン学園の制服ではない。中世日本の武士を想起させるような格好、蘇芳色の大鎧をまとっている。
隣人の外観から「学校の生徒」を想像することは難しい。それでも、俺は相手が生徒、それも同級生だと直感した。その理由が、俺の脳内に閃いていた。
湊本水雲。俺の幼馴染。
水雲は、座ったまま正面を向いている。その様子を見て、俺も「寝ていられない」と上体を起こした。
その瞬間、俺の視界に教室(?)の全容が映り込んだ。
教室の中に、五十台の学習机が並んでいた。アトリン学園中等部三年A組の人数分揃っている。初見のときと相違ない。しかし、現況から覚える印象は全く異なっていた。
前回は、全ての席が埋まっていた。しかし、今は殆どが空席だ。
この場にいる生徒は、俺と水雲だけ。しかしながら、教室にいる人間が俺達だけではない。俺達の正面、教壇側に二つの人影が有った。どちらも女性だ。
正面左側に立つ女性は、白い金属鎧をまとった姫騎士。
正面右側に立つ女性は、白いローブをまとった姫巫女。
姫騎士は兜を被っていなかった。姫巫女はフードを下ろしていた。その為、それぞれの相貌がハッキリ視認できる。
白金色の長い髪。それに覆われた美しい顔。
二人とも、同一人物錯覚するほど似ている。それらの事実を直感した瞬間、俺と水雲は殆ど同時に声を上げていた。
「エリカ様」「エミリア様」
アダムス砦騎士団団長エリカ・エヴァンス様。
アダムス砦の巫女長エミリア・エヴァンス様。
二人とも、俺達にとって既知の人間だ。見紛う訳が無い。しかし、俺も、水雲も、二人を見ながら首を傾げた。
エリカ様達はエドモン王国の王都にいた。王都はとっくに陥落している。二人の生存は絶望的だ。そのように、俺達は思い込んでいた。
しかし、二人は俺達の前にいる。生きていたこと自体は喜ばしい。しかし、俺と水雲の顔に笑みは無い。
俺も、水雲も、眉間に深い皺を刻みながら二人の令嬢を睨んだ。その険しい表情の理由が、互いの口から零れ出た。
「貴方達は――」「誰なのです?」
現在地は、女神アトリリアが存在する場所。彼女の被造物が入り込める場所ではない。それなのに、エヴァンス辺境伯令嬢達はここにいる。何故なのか?
俺達の質問に、エリカ様が反応した。
「この姿では――分からないかな?」
エリカ様の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。平時であれば見惚れていただろう。しかし、俺の眉間の皺は一層深くなった。
本当に、この人は誰なんだ?
俺が知るエリカ様は、居丈高で男性的だ。その可憐な口から出てくる言葉は、どれも金属と錯覚するほど硬いものばかり。
しかし、俺達の前にいるエリカ様は、少々馴れ馴れしい。「友達か」と突っ込みたくなるほど砕けている。
目の前にいるエリカ様を見ていると、俺の中で構築されていたエリカ像が音を立てて崩れた。俺の首が、限界一杯まで斜めに傾いでいる。
俺の頭上に「?」が浮かんだところで、令嬢達が同時に動き出した。
二人とも、それぞれの両腕を掲げていた。二組の左右の腕が、それぞれの顔の前で交差している。両腕で「×」の字を描いていた。その行為の意味は何なのか? 二人を見詰める俺と水雲の首が一層傾いだ。
一層斜めに傾いだ視界の中で、令嬢達の両腕が持ち上がっていく。その行為に伴って、重なっていた箇所が離れた。
腕の下から二人の顔が現れた。その光景を目の当たりにした瞬間、俺も、水雲も、目を一杯に開いて息を飲んだ。
エミリア様の髪形が変わっていた。
エリカ様に至っては、髪形だけでなく、色まで黒く変わっていた。しかし、より以上に変化している箇所が有った。
それは「顔」。
二人の顔が、全くの別人になっている。しかも、俺達にとっては既知の顔だった。その事実を直感した瞬間、俺と水雲は同時に声を上げていた。
「「アトリリア様と――花鶏先生っ!?」」
エミリア様は女神アトリリアになっていた。
エリカ様は、俺達アトリン学園中等部三年A組副担任、花鶏莉愛先生になっている。
二人の正体を直感した瞬間、俺と水雲の兜から無数の「?」が吹き上がった。その際、俺達は右手の指で頬を抓っている。一応、痛かった。夢ではないようだ。
「どういう――」「ことですか?」
俺達は、目を一杯に開きながら現況の意味を尋ねた。すると、正面右側に立つ白金髪の美女が地面に片膝を着いた。
女神が膝を折っている。その行為の意味は何なのか? 俺達の頭上は「?」で埋め尽くされている。それが周囲に広がる――直前、跪いた女神が声を上げた。
「こちらにおわす御方こそ、我が上位神『真なるアトリリア』様でございます」
真なるアトリリア。花鶏先生は、実は女神アトリリアだった。女神(偽?)の言動を目の当たりにして、俺の目が限界を突破して大きく開いた。目の端々が痛い。その痛みに耐えながら、俺は花鶏先生の顔を凝視した。
俺達が見詰める中、花鶏先生の可憐な口が綻んだ。
「まあ、そういうことです」
そういうこと。どういうことなのか? 俺には分からない。俺の首は限界を超えて傾いだ。首が痛い。目も痛い。それらの痛みを堪えていると、俺の右隣から声が上がった。
「どういうこと――ですか?」
水雲の声は、鉄と錯覚するほど硬かった。彼女の方を見ると、傾いでいた首が元に戻っていた。彼女の顔に浮かんだ表情は、全くの無になっている。
水雲の様子を見て、俺は彼女が怒っていると直感した。その可能性を想像した者は、どうやら俺だけではないようだ。
水雲の質問に、花鶏先生は即応した。
「私が、この世界の造物主ということです」
花鶏先生は、女神(偽?)が告げた言葉を肯定した。その直後、再び水雲の声が上がった。
「どういうこと――ですか?」
水雲は同じ質問を繰り返した。その声音は一層硬く、冷気を帯びていた。
水雲の変調を直感して、俺は彼女の怒りが頂点に達している可能性を想像した。その可能性は、花鶏先生も想像していたようだ。
「最初から説明しますね」
花鶏先生は今回の出来事、「アトリン学園中等部三年A組生徒異世界転送事件」に付いて語り出した。
「今回の出来事を一言で言うと――『試験』です」
花鶏先生は、彼女の眼鏡に適った生徒を試していた。アトリン財団、ひいては世界の未来を担える能力が有るか見極めていた――とのこと。
アトリン財団を担う、財団の幹部。その可能性を想像すると、俺の口角が吊り上がった。しかし、隣の水雲の口は「へ」の字に歪んでいる。その仏頂面から、表情通りの渋い言葉が飛び出した。
「地球侵略の片棒を担げ――と?」
地球侵略。実際、アトリン財団は地球の経済を牛耳っている。その力を背景に、世界を手に入れることもできる――かもしれない。その可能性を想像すると、俺の額と背中に嫌な汗が滴った。その不快感を堪えながら、俺は花鶏先生の反応を注視した。すると、花鶏先生の可憐な口から奇声が上がった。
「あははっ」
花鶏先生は笑っていた。その愉快そうに吊り上がった口を開いて、表情通りの朗らかな声を上げた。
「共存共栄です」
共存共栄。耳当たりの良い言葉だ。それを信じたい気持ちも沸く。しかし、花鶏先生の言葉には続きが有った。
「今のところは、だけど」
今のところ。含みの有る言葉だ。俺の耳には「将来的には地球侵略をする」と聞こえた。その可能性を想像した瞬間、俺の眉間に深い皺が刻まれていく。水雲の方を見ると、鉄面皮の眉間にざっくり深い傷(皺)が穿たれていた。
俺達の表情は、当然ながら真正面にいる花鶏先生の視界にも映っている。しかし、彼女の口角は上がったままだ。見惚れるほどに艶やかな笑顔。
しかし、花鶏先生を見詰める俺達の視線は一層剣呑になっていく。
この人は、地球の侵略者――かもしれない。
地球人類の敵。その首魁。その可能性を想像するほどに、俺達の目付きは鋭さを増す。
しかし、花鶏先生の笑顔は崩さない。俺達の視線を浴びながら、吊り上がった口を開いて朗らかな声を上げた。
「地球人類がどうしようもなく愚かになってしまったなら、より優秀な者に支配された方が貴方達にとっても良いことでしょう」
地球人類が愚かか否か? 地球人類の一人として「愚かではない」と主張したい。しかし、
「「…………」」
俺も、水雲も、反論しなかった。
俺の脳内には「愚か」と思える出来事が幾つも閃いている。それら一つひとつに付いて考えている最中、花鶏先生の声が耳に飛び込んだ。
「だからこそ、地球の未来を担う若者を定期的に試験して、その資質を見極めているのです」
定期的に試験。俺達は新世代の代表として試されていた。
俺達が送り込まれた異世界アトリンは試験会場だった。試験官は花鶏先生と、偽のアトリリア。いや、偽のアトリリアという呼称は正しくないだろう。
俺達にアトリリアと名乗った女神は、諸悪の根源「邪神アトリフィア」だった。
俺達は、敵の首魁の支援を受けて、彼女の手下と戦っていた。しかも、それなりに手心を加えられて。
魔物の強さは、段階的に上げるよう調整していた。尤も、完全に俺達に合わせていた訳ではない。
「試験期間は、凡そ一年(アトリン内時間)です」
花鶏先生の言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に巨大な赤蜥蜴が閃いた。
ドラゴン。魔法を使い熟す最強の幻獣。最強であるが故に防御力も破格。通常攻撃どころか勇者の必殺技も通じない。
唯一通じる攻撃は、勇者レベル百で解放される最終奥義だけ。
一年間でレベル百まで上げなきゃならなかったのか。
言ってくれれば――とは、言うまい。実際、俺達のレベルは百を超えていた。ドラゴンを倒している。
尤も、当時のアトリンに於いて、ドラゴンを倒せる者は俺と水雲だけだった。残念ながら、他の勇者達のレベルは足りていなかったようだ。その事実を知らされて、俺の眉間の皺は頭蓋骨まで達していた。
まさか、王都の勇者達が怠けていたなんて。
王都が陥落したことで、敗北は決定的になった。異世界アトリンは魔物達に支配された。女神達にとって不本意な結果であることは否めないだろう。その可能性を想像した瞬間、俺の口から声が漏れた。
「不合格――でしょうか?」
不合格。俺達は「異世界アトリンの救済」という勇者の使命を果たせなかった。その事実を鑑みると、今までの努力は水泡に喫したと思う他無い。残念無念。
俺は俯いて真っ白な机上を睨んだ。その際、俺の脳内に異世界アトリンでの思い出が次々閃いた。
魔物との戦闘、武家屋敷での団欒、騎士達と喜び合ったり、悲しみ合ったり。
アダムス砦の思い出を想起する度、胸の奥が熱くなる。目頭も熱い。真っ白な視界がぼやけてくる。
涙がこぼれ掛けた瞬間、俺の耳に花鶏先生の声が飛び込んだ。
「不合格もなにも、個々の資質を見ていただけですから」
花鶏先生の言葉を聞いて、俺は面を上げた。その際、俺の口から言葉が零れた。
「資質――」
誰に言うとも無い独り言だった。しかし、花鶏先生は反応していた。
「個々の生徒が、異界の出来事にどのように対応するのか? どのように生き残るのか? それを見ていました」
一応、俺と水雲は生き残った。少なくとも殺されていない。その事実を鑑みると、俺の脳内に「俺達だけ合格」という都合の良い可能性が閃いた。
その直後、俺の右隣から声が上がった。
「それって、『私達だけ財団の援助を受けることができる』ってことでしょうか?」
財団の援助。この世界に来た際に約束された報酬だ。それを約束した当人は、花鶏先生の前で跪いている。
邪神アトリフィア。魔物の創造主にして、俺達の試験管。彼女は跪いて以降一言も発してない。彼女の査定が如何なるものか? 気になる。
俺の視線は、花鶏先生とアトリフィアの間で行ったり来たりを繰り返していた。それを二十回ほど往復させたところで、花鶏先生の声が上がった。
「貴方達だけでなく、A組の生徒全員を援助しますよ。それは間違いないです」
何と、俺達全員が財団の援助を受けることができる。その言葉を聞いた瞬間、俺の口角が吊り上がった。その変調を意識したところで、花鶏先生の足下から声が上がった。
「アトリリア様は慈悲深い方でございます」
アトリフィアが声を上げた。その言葉は、当然ながら花鶏先生の耳にも入っている。
「まあ、それほどでも有りますよ」
花鶏先生は得意げに胸を張った。満面の笑みを浮かべている。しかし、その目は笑っていなかった。
「だからと言って、貴方達が望む役職に就けるかどうかは話が別です」
援助はしても、就職先は保証しない。その言葉を聞いた瞬間、俺の口が富士山型に歪んだ。
せめて、頑張った俺と水雲だけはどうにかして欲しい。
文句の言葉が喉下まで込み上げていた。しかし、それを口に出すことはできなかった。
俺が口を富士山型に曲げた直後、花鶏先生の声が耳に飛び込んだ。
「できない仕事を任されても、当人も、周りの者も困るだけ。でしょう?」
困るだけ。その言葉を聞いた瞬間、俺は「う」と呻いて息を飲んだ。その際、俺の脳内にはそれと思い当たる出来事が閃いていた。
それが、花鶏先生の口から飛び出した。
「この世界で有ったことと同じように――ね?」
花鶏先生の言葉を聞いた瞬間、俺は反射的に頷いていた。水雲も、俺と同時に頷いている。
俺達が頑張っても、どれだけ魔物を倒そうとも、エドモン王国は滅亡した。
「あちら(地球)でも、それなりに努力して貰うことになります」
成果を出す為には、それなりの努力が必要だ。その事実は、どこの世界であっても否みようがない。
俺も、水雲も、再びコクリと頷いた。その反応は、花鶏先生の視界に映っている。
「宜しい?」
花鶏先生は、俺達の意志を確認した。それに対して、俺達は――
「「はいっ」」
揃って大きな声を上げて首肯した。
努力が全て報われる訳ではない。しかし、望む成果は得る為には、努力を含めて、やるべきことをやる必要が有る。その事実を、俺達は身を以て知った。異世界アトリンでの経験は、俺達にとっては有用だった。
この経験を、これからどう活かしていこう?
今後の人生の送り方、及び未来の自分を想像した。すると、俺の脳内に「愛」とか「希望」という耳障りの良い言葉ばかりが閃いた。
修学旅行は異世界で。The Summoned Students 了。




