第二十六話 滅亡の序曲
エドモン王国の関所、アダムス砦。
毎週のように魔物軍の侵攻を受けている、王国最大にして唯一の激戦地。しかし、それも今は昔の話。
西の水平線に魔物の影は無い。水を打ったように静まり返っている。西城門にこびり付いていた魔物の血痕は、今は殆ど目立たなくなっていた。
エヴァンス辺境伯令嬢達が王都に向かってから、今日で一か月が経った。その間、意外にも魔物の侵攻は一度も無かった。
俺達アダムス砦騎士団の面々は、日課の訓練を繰り返しながら望外の平穏な日常を堪能している。
騎士達は、一週間毎に交代で帰省して、家族サービスに勤しんだ。その事実を見聞きする度、俺、愛洲龍寿の顔に苦笑が浮かんだ。
俺も、早く元の世界に帰りたいんだけど。
俺と相棒、湊本水雲の故郷は異世界だ。同僚達のように、望んで帰ることはできない。
帰郷を叶える為には、魔物に占領された場所を解放する必要が有る。その為の力は、既に備わっている。
俺と水雲のレベルは、現在百二十。ドラゴン討伐の際に得た経験値は、それなりに莫大だった。
レベル上昇に伴って、虚空系の使用回数が「一日六回」に増えている。その事実を思うと、俺と水雲の口角が吊り上がった。しかし、直ぐに「へ」の字に曲がる。その変調の理由が愚痴となって、互いの口から零れた。
「今が攻め時なのに」
「エリカ様達、何をしているのかな?」
魔物領への侵攻は、未だにお預けだ。騎士達の間でも、俺と同じように「今が攻め時」と声が上がっている。
しかし、騎士団長代理の表情は渋いままだ。
「エリカ様達が戻られるまで待て」
ヴォルフ・オルフ様は、頑なに出陣を禁じた。それを解く鍵は、騎士団長のエリカ・エヴァンス様が持っている。
エリカ様はアイオーン陛下に魔物領への侵攻を直訴することを約束してくれた。
それが認められたならば、大手を振って魔物領に侵攻できる。その可能性を思うと、俺も、水雲も、勝手に動くことは躊躇われた。しかし、その行為は悪手だったようだ。
躊躇っている間に、一か月経ってしまった。
それでも、俺達は「もう直ぐ帰ってくる」と念じながら待った。その期待は、最悪の形で裏切られた。
俺達が「今日で一か月だね」と頷き合っている最中、見張り塔の警鐘が鳴り響いた。その行為の意味は、今更確認するまでもない。
俺達は直ぐ様城壁の上に駆け上がった。
歩廊の上から西の水平線を見ると、そこに黒山の人だかりが有った。いや、人海というべきか。
魔物の大群だ。果てが見えないほどいる。今までで最大規模だろう。その事実を直感した瞬間、俺の脳内に最悪の可能性が閃いた。
一か月も期間が開いた理由は、これなのか?
魔物軍の総力戦。視界に映った全ての魔物達が、こちらに向かって進軍している。その様子は、俺に津波や雪崩を彷彿とさせた。
兵数差は絶望的なまでに開いている。相手はこちらの十倍か、百倍か、それ以上か。昔の俺であったなら、恐怖で竦み上がっている。
しかし、今の俺は全く平静だ。むしろ口角が上がっている。その表情の理由は、敵軍の構成に有った。
ゴブリン、オーク、オーガ、スプリガン、ミノタウロス。これまで対戦してきた人型の魔物ばかり。どれも、今の俺と水雲の敵ではない。
「楽勝だな」
俺は思わず軽口を叩いた。すると、俺の右隣にいた蘇芳色の鎧武者が声を上げた。
「油断禁物」
水雲は、俺に苦言を告げるや否や和弓を構えて矢を番えた。その行為を見て、俺も直ぐ様和弓に矢を番えた。
互いに弓を引き絞った後、同時に矢を放った。
「「風射っ」」
放った矢に旋風がまとわり付く。矢が飛翔するほどに、旋風は巨大化した。
矢が魔物群れに到達したとき、旋風は竜巻と化していた。
俺達が起こした竜巻は、進行方向に存在していた魔物を悉く飲み込んだ。飲み込まれた魔物は、弾き飛ばされたり、引き裂かれたりしている。
竜巻が消えた後、魔物の大群に二つの大穴が開いていた。中々の戦果だ。その事実を目の当たりにした瞬間、
「ふふっ」
俺の口角が邪悪に吊り上がった。俺の心中の嗜虐心、及び殺意が「もっと殺せ」と喚き出している。その声に駆り立てられて、俺も、水雲も、人外の超高速で矢を放った。放ち続けた。その度に、大量の魔物が地に伏していく。
完全な勝ちパターン。いつも通り楽勝。
俺の口角が、一層邪悪に吊り上がっていく。しかし、それは途中で凍り付いた。
俺達が攻撃を続ける最中、歩廊の中に、今はいないはずの女性が現れた。
俺の視界の端に、白いローブが閃いた。それを直感した瞬間、俺の脳内に相手の名前が閃いていた。
クラウディア・クラウディウス様。
巫女長代理が、戦闘中の戦場に現れた。その事実を直感した瞬間、高温の大声が耳を劈いた。
「王都が陥落しましたっ!」
クラウディア様の言葉を聞いた瞬間、時間が止まった。そのように錯覚するほどの静寂に包まれていた。
このとき、俺も、水雲も、騎士達も、クラウディア様の声を聞いた全員、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。その間抜けな表情を晒しながら、
「「「「「は?」」」」」
間抜けな声を上げた後、一斉に首を傾げていた。




