第二十四話 嫉妬する者
王都エドモンにドラゴンがやってきた。と、言っても死体なのだが。ともあれ、その事実を知らされて、僕、麦生孝雄は他の勇者達と一緒に王都のメインストリートにやってきた。
西洋風の町並みを貫く陸の大河。今は建国記念日宛らの活気で満ちている。
大道の両端に並んだ建物群は、王都中の人で溢れ返っていた。軒下は元より、窓も、屋根も人だらけだ。その状況を見て、僕は街全体が満員電車になったかと錯覚した。
実際、軒下にいる僕らは鮨詰め状態。勇者に対して不敬だと思わなくも無い。実際、愚痴を零している同級生もいる。
しかし、僕らの声に耳を傾ける者は、誰もいない。
皆の視線と意識は王都の南、大城門に集中していた。そちらをジッと見詰めている内に、群衆から雪崩のような歓声が上がった。
轟音が僕の耳を激しく叩く。とても痛い。平時であれば耳を抑えている。しかし、僕の両手は動かない。体も微動だにしていない。
僕の意識は、大城門から現れた巨大な山に釘付けになっていた。
煤けた赤黒い山――のような魔物(遺骸)。
長大な荷車に乗った魔物の巨躯を目の当たりにした瞬間、僕は魔物の正体を直感した。
あれがドラゴン。
体長は五十メートルほど有るだろうか。今まで見た魔物の中でダントツの巨躯だ。その戦闘力を想像すると、僕の額に汗が滲んだ。その変調を意識した瞬間、僕は声を上げていた。
僕が零した独り言は、僕が覚えた印象とは真逆の内容だった。
「僕一人でも倒せそうだな」
自分の言葉が耳に入った瞬間、僕の眉根が歪んだ。しかし、口角は一層吊り上がった。いや、無理矢理釣り上げている。その言動は、他の勇者達の目や耳に入っていた。
僕の言葉を皮切りに、他の勇者達が次々声を上げた。
「俺一人で余裕」
「だよね。あれくらいなら」
「生きているときに会いたかった」
皆、強気な発言をしている。それを聞いていると、僕の口角が増々上がっていく。
このとき、僕らの誰もがドラゴン討伐の可能性を信じていた。それなりの根拠も有る。それが、街路を埋め尽くす人々の口から飛び出した。
「あれを倒した勇者は、たった二人なんだよな」
「あんな化け物を、たった二人で――なあ」
「アダムス砦の勇者なんだよな」
ドラゴンを討伐した勇者。アダムス砦にいる愛洲龍寿と湊本水雲だ。
どちらもクラス内カーストの底辺、所謂「ぼっち」。それぞれの能力も、飛び抜けて優秀という訳ではない。少なくとも、僕ほど(学年主席)ではない。
運動能力も、特筆するものは無いだろう。どちらも帰宅部。表彰されるような成績は残していない。
僕に言わせれば、どちらも「中の下」程度。あの二人より優秀な生徒は、僕を含めて何人もいる。
あの二人にできることが、僕らにできない訳がない。
国王アイオーン陛下が言うには「ドラゴンは伝説上最強の魔物」とのこと。あの二人でも倒せたのならば、既に僕らに敵う魔物はこの世界にいないだろう。
何だ、楽勝じゃないか。
終わらせようと思えば、いつでも戦争を終わらせることができる。だからと言って、実行する気にはなれない。王都での生活は余りに快適だ。
異世界アトリンにいれば、授業を受けなくて良い。好きなことだけしていれば良い。誰にも注意されないし、文句も言われない。
不自由の無い生活を捨てて、不自由する生活を選ぶ者は少ない。僕らの中ではアトリン砦の二人だけだろう。
あの二人が得られなかったものを、僕らは存分に満喫している。
しかし、あの二人だけしか得ていないものも有った。その事実が、今、僕らの視界の中に映っている。
ドラゴン討伐の栄誉。それを得た二人には、アイオーン陛下から最高の称号が送られた。
ドラゴンが王城の敷地内に運び込まれた後、僕らは謁見の間に集められた。その場にはエヴァンス辺境伯領から来た二人の特使の姿が有った。
エヴァンス辺境伯の双子の姉妹。エリカ・エヴァンスと、エミリア・エヴァンス。
二人とも、幻想的なまでに美しかった。しかし、僕らの誰も心を奪われなかった。それ以上に気になる言葉が、広間最奥の雛壇の最上部、玉座に座るアイオーン王から発せられた。
「愛洲龍寿、湊本水雲。この二名の勇者に『アトリンの騎士』の称号を与える」
アトリンの騎士。アトリン全土を救った英雄に与えられる最高の称号だ。殆どの場合、戦死した際に送られているようだ。生きたまま叙勲した者は、二人が初めてとのこと。その事実は、王都中の人々を熱狂させた。
王都中、どこにいても「愛洲龍寿」と「湊本水雲」の名前を聞いた。その度に、僕らは渋面を浮かべた。続け様に、互いの口から愚痴が零れた。
「あの二人にできることが」
「僕らにできない訳がない」
「ドラゴン、王都まで来い」
僕らはドラゴンの来訪を念じていた。そのような言動を繰り返している。その言霊は、存外早くに具現化した。




