第二十三話 双子の出立
朝焼けの空の下、アダムス砦の東城門前にエドモン王国の国旗を掲げた騎馬の列が並んでいた。
ニ十騎の騎馬と、四頭立ての豪華な馬車。戦場の城塞には余りに異質な存在。目立つことこの上無い。
しかし、今は全く目立たない。より以上に目を惹くものが、騎馬隊の最後列に並んでいた。
赤い山を乗せた長大な荷車。赤い山は巨大な魔物、ドラゴン(遺骸)だ。
騎馬の一団は、王都から派遣されたドラゴン輸送部隊だった。
王命で、ドラゴン(遺骸)は王都で管理されることになっている。その巨躯を研究して、素材を武器や防具に転用する――らしい。それらの装備もまた、王都、或いは王族の所有物となるようだ。
ドラゴンの遺骸の扱いを聞いた際、騎士達の口が「へ」の字に歪んだ。
「我らの手柄なのに」
ドラゴンはアダムス砦で討伐した。それを倒した者として、エドモン王国国王の許には二人の勇者の名前が伝わっている。
愛洲龍寿(俺)と湊本水雲。
俺達の名前は王都どころかエドモン王国中に知れ渡っている――らしい。その事実を聞いてしまうと、確認したい衝動に駆られる。
しかし、俺達がアダムス砦を離れることは、残念ながら許されていない。俺達も、現況を鑑みて「仕方ないこと」と納得している。だからと言って、俺達全員が砦に縛り付けられている訳ではない。
俺達の代わりに、王都にはアダムス砦の最高責任者が向かうこととなった。
騎士団団長エリカ・エヴァンス様。それから、巫女長のエミリア・エヴァンス様。
二人は既に馬車の中に入っていた。今は窓を開けて、それぞれの見目麗しい顔を覗かせている。
二人の瞳には、白い鎧をまとった騎士達と、白いローブをまとった女性達の姿が映っていた。その中に、二名の和風の武者(俺と水雲)も含まれている。
言わずもがなの俺達アダムス砦の騎士団、及び巫女の方々だ。
俺達は、それぞれ直立不動の姿勢で馬車を見詰めていた。その視線の先で、エリカ様、及びエミリア様の可憐な口が開いていた。
「魔物領侵攻の儀、必ず国王陛下に伝える。後のことは頼む」
「巫女の皆さん。よろしくお願いしますね。行って参ります」
エリカ様達の言葉に、騎士団、及び巫女の皆さんは即応した。全員「任された」とばかりに一斉に首肯している。
エリカ様達は、それぞれ国王に謁見して、ドラゴン討伐の経緯を説明する役目を仰せつかっていた。何故、この二人なのか? その理由は、実はよく分かっていない。
そもそも、全く説明されていなかった。納得しようもない。だからと言って、国王の要求を拒否できる立場に、俺達の誰も立っていない。
王命に従って、エリカ様達は暫く王都に逗留することになる。
二人が留守の間、騎士団は副騎士団長のヴォルフ・オルフ様が仕切る。巫女の方々は、巫女長補佐のクラウディア・クラウディウス様が取り仕切る。
ヴォルフ様も、クラウディア様も、言うなれば実質的な指揮官だ。この人事に文句を言う者は、誰もいない。
俺個人としても、戦場に出ない最高責任者に対して複雑な想いを抱かなくて済む。
それどころか、これからのことを考えると口角が上がった。それを堪え、必死に真面目な顔をしてエリカ様達を見詰めている。俺の心情など、二人が知る由もない。
暫く見詰めていると、騎馬隊の隊長から「出発」と掛け声が上がった。それに伴って、騎馬隊が移動開始した。
俺達は、直立不動の姿勢のまま、主君とドラゴン輸送部隊を見送った。
一団の最後尾が街道の奥に消えたところで、俺は「ふぅ」と息を吐いて脱力した。しかしながら、放心している暇は無い。直ぐに普段通りの朝活が始まった。
朝活は、例によって魔物の侵攻を想定した軍隊行動の訓練だ。
少し前まで、集合場所の中央広場は人だかりで埋め尽くされていた。しかし、今は閑散としている。
現況を意識する度、俺の眉間に深い皺が刻まれていく。
また、ドラゴンみたいな魔物が来たら――厄介だな。
前回は討伐できた。しかし、次回はどうなることか? それは分からない。分からないからこそ、対応できるように訓練する。
皆がアイデアを出し合って、様々な事態、様々な魔物を想定した。それに対応した軍隊行動も考えた。その中に、今回新たにドラゴン対策も組み込まれている。
尤も、一般的な騎士が敵う道理は無い。ドラゴン戦の主力は、飽くまで異世界から来た勇者。即ち、俺と水雲だ。
騎士達は、ヴォルフ様を含めて俺達のサポートに徹している。
訓練中、俺と水雲は、騎士達から「すまんな」「頼りにしている」と、様々な謝意や激励の言葉を頂いた。それが耳に入る度、俺は耳を赤らめながら苦笑した。
水雲は――無表情だ。しかし、耳は赤い。
恥ずかしいのやら、嬉しいのやら。
俺も、水雲も、皆の期待に応えようと張り切った。騎士達も、俺達に負けじと頑張った。それなりに辛い。しかし、辛いからこそ生きているという実感が有った。それを意識する度、訓練に熱が籠っていく。
夢中になって訓練に取り組んでいると、俺の耳に野太い重低音の声が飛び込んだ。
「本日の訓練は、ここまで」
ヴォルフ様の大声が中央広場に響き渡った。それを耳にしたところで、俺達は解散した。
騎士達は、それぞれの騎士館へと入っていく。俺達は、北騎士館の奥に在る武家屋敷に向かった。
これから昼食を摂る。その事実を思うと、俺の足取りが軽くなる。
ああ、マチルダさんの御飯が待っている。
騎士館を通り過ぎ、奥に広がる菜園に入ったとき、俺の脚が勝手にスキップを踏んでいた。我ながら奇行だと思う。しかし、それに興じていた者は俺だけではない。
俺の右隣で、水雲が同じようにスキップを踏んでいた。
俺達は、それぞれリズムを合わせながら菜園の奥に立つ平屋(武家屋敷)に向かってバッタのように飛び跳ねた。
武家屋敷の玄関口に付いたところで、軽やかに着地。俺は直ぐ様右手を伸ばして玄関の出入り口(引き戸)を開けた。
その瞬間、香草を取り込んだ肉汁と、仄かに甘い野菜の匂いが鼻腔を突いた。
これ、絶対美味しいやつ。
匂いの元を想像した瞬間、俺と水雲の腹が同時に鳴った。その変調に対して、俺は恥ずかしいとは全く思わない。
ああ、今日も美味しいご飯が食べられる。何て幸せなんだ。
生きていること。御飯が食べられること。地球にいた頃は「当たり前だ」と思っていた出来事に、俺は無上の幸福感を覚えていた。




