第二十二話 奇跡の生還
石壁に囲まれた大ホールの中に、煤けた鎧をまとった騎士達が集まっていた。その中に、濃紺と蘇芳色の鎧武者の姿が紛れている。
アトリン学園中等部三年A組の二名の生徒、俺、愛洲龍寿と湊本水雲は、生き残った騎士達と一緒に騎士館(北館)第一階、管理棟と呼ばれる広間の中にいる。
管理棟は「第一階層を丸々部屋にした」と錯覚するほど広い。壁際には、武器や食料などの備蓄品が積み上がっている。結構な量だ。それらを含めても、百名の騎士達を余裕で収納できる。
俺も、水雲も、騎士達も、広間の中央に並べられた木製の長卓の席に着いていた。全員、北側を向いて一点を見詰めている。
一応、全員無事な様子。しかし、顔色は悪い。俺や水雲を含めて、全員、死人のような土気色をしている。背中も曲がっている。遠目に見ても疲労困憊だと分かる。
実際、皆疲れていた。何しろ、直近まで最強の幻獣と死闘を繰り広げていたのだ。
最強の幻獣、ドラゴン。
ドラゴンの攻撃により、多くの大事な仲間を失った。この場にいる騎士達も、全身に火傷を負った。中には瀕死だった者もいる。しかし、今は誰の体にも傷が無い。何故なのか?
全員の傷が治った理由が、俺達の視界の先に立っていた。
真っ白な鎧をまとった女騎士と、真っ白なローブをまとった巫女。幻想的なまでに美しい双子の女性達。
アダムス砦騎士団団長、エリカ・エヴァンス様。
アダムス砦の巫女達の長、エミリア・エヴァンス様。
二人とも床の上に立っていた。二人には脚が有った。
二人とも生きている。その事実を意識すると、俺の首が斜めに傾いだ。俺の右隣に有る蘇芳色の兜も斜めに傾いでいる。
俺達二人が首を傾げていると、エミリア様の声が耳に飛び込んできた。
「恐らく、ドラゴンの魔力回路を破壊していたのでしょう」
俺は「何の話だ?」と、一層首を捻った。しかし、それは一瞬のこと。直ぐにエミリア様の言葉の意味は理解した。
それが、ドラゴンが自滅した理由か。
ドラゴン討伐の際、俺はドラゴンの首元に有る上下逆様の鱗、逆鱗を貫いた。その直後、俺が開けた穴から炎が噴き出して、ドラゴンの全身を焼き尽くしている。
その現象の意味が、エミリア様が言った「魔力回路の破壊」だ。その可能性に付いては、俺も当時から考えていた。
やっぱり、俺の勘は当たっていたんだな。
ドラゴンの魔法の源、魔力回路は逆鱗の奥に有った。それを、俺が放った虚空射で破壊した。
その事実を、ドラゴンは認識していなかったようだ。
ドラゴンは損壊した魔力回路で何らかの魔法、恐らく回復魔法を使用した。その愚行の意味を、回復魔法の専門家が教えてくれた。
「魔力回路の誤作動により、ドラゴンは自らの炎で身を焼いたのです」
魔力回路の誤作動。その言葉を聞いて、この場にいる殆どの者が「なるほど」と頷いている。俺も、水雲も、「ぽん」と手を打って頷いた。しかし、直ぐに首が斜めに傾いでいる。その理由が、俺達の視界に映っていた。
何で、この二人(辺境伯令嬢)は生きているんだろう?
エヴァンス辺境伯爵令嬢達は生きていた。彼女達だけでなく、巫女達も全員無事だった。その事実に付いて考えると、俺の脳内にドラゴン討伐直後の光景が閃いた。
第一ベイリーの中心で、巨大な火柱が上がっている。赤いドラゴンの全身が燃え盛っている。
俺と水雲は、燃えるドラゴンの前で「何でこうなった?」と頻りに首を捻っていた。その最中、唐突に背後から声が上がった。
「お前達が倒したのか?」
聞き覚えの有る声だ。しかし、その声を聞いた瞬間、俺の頭から血の気が引いた。冷水を浴びせられたように錯覚した。
幽霊っ!?
その声の主は、絶対に生きていない。そのように、俺達は思い込んでいた。脳内では幻聴の可能性を想像した。幻聴ならば無視しても良い。しかし、体の方は反応していた。
俺は超速で背後を振り返っていた。その際、水雲も同時に振り返っていた。
その直後、俺達の視界に幽霊の一団が映り込んだ。
エリカ様とエミリア様。それから、女神の巫女達。
エリカ様達は倒壊した天守閣にいた。全員、瓦礫の下敷きになったはず。それなのに、全員壮健だ。俺の目には、そのように見えた。
念の為、視線を下げて脚を確認した。脚は――言わずもがなだが、有った。その事実を直感した瞬間、俺の首は盛大に傾いだ。
「何で?」
何故、エリカ様達は無事なのか? 俺達の疑問の答えは、騎士館の管理棟に入ったところで得ることができた。
「抜け道を使った」
エリカ様曰く、アダムス砦の天守閣には要人専用の抜け道が有るらしい。その存在は、副騎士団長のヴォルフ・オルフ様を含めて、俺達の誰にも知らされていなかった。
因みに、抜け道の出口は第三ベイリーの倉庫。そこから飛び出した後、頃合いを見計らって第一ベイリーに戻った――と、いう訳だ。
エリカ様の話を聞いた瞬間、俺達騎士団の間から盛大な溜息が漏れた。その際、俺も、水雲も、似たような反応をしている。しかし、直ぐに首は斜めに傾いだ。
抜け道を使う暇が有ったのか?
先のドラゴン戦に関しては、幾つか不可解な点が有る。それを尋ねると、エリカ様の口から陳腐な答えが返ってきた。
「偶々だ」
運が良かった。それで全て片付けられた。それを聞いた、俺の口は「へ」の字に歪んだ。文句の言葉も幾つか閃いた。しかし、それは堪えた。代わりに別の言葉を告げた。
「ご無事で何よりです」
他の騎士達も、それぞれ似たような言葉を口にした。
因みに水雲は無言。彼女が口を開いていたならば、辛らつな言葉が飛び出ていただろう。まあ、それはそれとして。
俺達の言葉を聞いた際、エリカ様は「心配させたようだな」と頭を下げた。エミリア様は「ありがとうございます」と微笑んだ。
二人の反応を目の当たりにして、俺は「ま、良いか」と苦笑した。
因みに、水雲は全くの無表情だ。その反応を見て、俺の眉が「八」の字に曲がった。まあ、それもそれとして。
何はともあれ、辺境伯令嬢達と巫女達が無事だったことは僥倖だ。お陰で、瀕死の仲間が救われた。だからと言って、諸手を上げて喜ぶ者はいない。
ドラゴン戦で失われた命は過去最多。アダムス砦の騎士団は、大幅な再編成を余儀なくされる。その際、新たな騎士を多数迎えることになる。それらの事実を思うと、俺の口が「へ」の字に歪んでいく。
右隣の席を見ると、水雲の眉も歪に歪んでいた。時折、騎士達の間から溜息を吐く気配が伝わっている。
管理棟の中は、宛らお通夜状態だ。事実として、この場にいない多くの仲間達が霊安室に押し込められている。その事実を忘れることは、誰にもできない。
この重苦しい空気の中、ヴォルフ様の重低音の声が紛れ込んだ。
「ドラゴン。空を飛ぶ魔物――か」
ヴォルフ様としては独り言だったのだろう。しかし、それなりに美声であるが故、離れた場所にいても明瞭に聞こえる。俺の耳にも入っていた。
空を飛ばれたら、また、突破されてしまうんだろうな。
嫌な予感がした。俺の脳内には、城壁どころかアトリン山脈を超えるドラゴンの様子が閃いていた。




