第二十一話 逆鱗を穿つ
アダムス砦の頂上に君臨する赤い暴君、ドラゴン。
山のような巨躯を揺らし、巨木のような四本の脚で煤けた地面を踏み締め、僅かに頭を下げながら辺りを見回している。その威容は、魔物というより神様という方が相応しい。
尤も、神様は神様でも破壊神だろう。
ドラゴンが現れたならば世界は滅亡する。
第一ベイリーは焦土と化した。その現況を見れば、抵抗は無駄のように思える。しかし、この場に座して死を待つ者はいない。人間は抵抗する。
黒ずんだ第一ベイリーの建物群の隙間から、騎士達が必死に矢を射かけていた。彼らの狙いは正確だ。全ての矢が、ドラゴンの巨躯に向かって飛翔している。避けなければ当たる。
ドラゴンは――避けなかった。
赤い巨躯に、百本近い数の矢が当たった。普通の魔物であれば致命傷。それどころかオーバーキルだろう。
しかし、ドラゴンは別格。例外中の例外だ。
ドラゴンに当たった矢は、その巨躯を覆う鱗に弾かれた。暖か暑には傷一つついていない。
ドラゴンに人間の攻撃は通じない。結論、何をしても無駄。
騎士達にドラゴンを傷付ける手段など、最初から無かった。その上、先程ドラゴンが吐いた炎で仲間の半数を失っている。もう一度ブレス攻撃を受ければ全滅は必至。敗北は確定していた。それでも、騎士達は諦めない。無駄と分かっていても、彼らは必死に矢を射かけている。
騎士達は、決して自棄になっている訳ではなかった。例え効果が無くとも、ドラゴンの注意を引き付けようと矢を続けている。
騎士達の行為に、意味は有った。騎士達には希望が有った。それが、彼らの視界の端に映っていた。
騎士達は、時折矢を放ちながら横目で煤けた地面の上を見ていた。その視線の先には濃紺と蘇芳の鎧武者の姿が有った。
濃紺の鎧武者は、和弓に矢を番えて固まっている。
蘇芳の鎧武者は、濃紺の鎧武者の前に立って長大な櫂の木刀を正眼に構えている。
濃紺の鎧武者の名は愛洲龍寿(俺)。
蘇芳の鎧武者の名は湊本水雲。
俺達、アトリン学園中等部三年A組の生徒二名が、今からドラゴンを討伐する。その為の具体的な方法が、俺の脳内に閃いていた。それが、俺の口から飛び出した。
「首元を狙う」
俺の言葉に、水雲はコクリと頷いた。
ドラゴンの首元、人間で言うところの胸鎖関節。そこに有る一枚の鱗が、俺の攻撃目標だ。
しかし、俺の視界に件の鱗は映っていない。それを視界に収める為には、それなりの工夫が必要だった。その役目を水雲に託している。
俺達は、それぞれドラゴンの様子を観察しながら、互いに必殺の機会を窺っていた。
ドラゴンは、その巨躯に騎士達の矢を受けながら第一ベイリー内を悠然と移動している。騎士達が放つ矢など全く気にしていない様子。そもそも、奴の目には騎士達の姿は映っていない。
巨大な爬虫類の瞳には、蘇芳と濃紺の鎧武者が映っていた。ドラゴンは、真っ直ぐ俺達の方へと向かっている。これに対して俺達は――その場に止まり続けていた。
未だだ。未だ早い。
俺達は機会を待った。すると、彼我の距離が百メートルほどに迫った。その事実を直感した瞬間、俺の前に立つ蘇芳の鎧武者、水雲が動いた。
水雲は、ドラゴンに向かって突っ込んだ。全力疾走だ。その最中、櫂の木刀を肩に担いでいる。その状態を維持したまま、ドラゴンの巨木の如き前脚の間に飛び込んだ。
ドラゴンは体が大きい。脚の隙間もそれなりに大きい。水雲の小さな体ならば余裕で潜り抜けることができた。
水雲は、ドラゴンの前脚を掻い潜って下腹に潜り込んだ。その間、俺は悠然と弓を構えて機会を待った。
水雲が何とかしてくれる。
俺の期待に、水雲は即座に全力で応えてくれた。
「虚空刃っ!」
虚空刃。レベル百で解放された武士の最終奥義。虚空系の技は、ドラゴンに通じる唯一の攻撃手段だ。
水雲の大声が、ドラゴンの腹の下から轟いた。それが耳に入った瞬間、ドラゴンの右後脚の膝がガクンと折れた。
現況を直感した瞬間、俺の脳内に水雲の行為の意味が閃いた。
アキレス腱を切ったのか。
ドラゴンの巨躯は、それなりに重い。ドラゴンは自重を支え切れず、股間で地面を叩いた。その際、相対的に正面に胸を晒す格好となった。
俺の視界に、ドラゴンの首の付け根が映っている。その瞬間、俺の視線が一点へと吸い込まれていく。
俺の視界に上下逆様の鱗が映り込んだ。その刹那、俺の体が超速で反応した。
「虚空射っ!」
俺が放った矢は上下逆様の鱗、逆鱗に吸い込まれていく。
狙いは完璧だ。矢を放った直後、俺が想像した通りの光景が視界に映り込んだ。
鱗のど真ん中に鏃がグサリと突き刺さっている。その事実を直感した瞬間、鱗は木っ端微塵に砕け散った。その奥に隠れていた肉も爆ぜた。その際、耳をつんざく爆裂音が轟いた。
耳が痛い。
俺は顔をしかめながら再び矢を番えた。狙いは首元。俺は駄目押しをするつもりだった。しかし、直ぐに矢を放つことはできなかった。その理由が、俺の視界に映っていた。
ドラゴンの首元に穴が開いている。これ以上破壊しようも無い程の大穴だ。二射目を放ったところで空中を突っ切るだけ。
これらの事実を直感した瞬間、俺の脳内に「任務完了」という声が響き渡った。しかしながら、それは飽くまで俺の計画内での話だ。
やったか? やってないのか?
俺は矢を番えたままドラゴンの様子を観察した。すると、ドラゴンん長大な首が持ち上がって――轟音が起こった。
ドラゴンは咆哮を上げていた。それに伴って、俺が穿った大穴から赤い光が溢れ出す。その現状を目の当たりにした瞬間、俺の全身の血の気が「ザザッ」と音を立てて引いた。その変調の意味が、俺の脳内に閃いていた。
回復魔法かっ!?
女神の巫女の癒しの技。それを使えば如何なる傷もたちどころに回復する。ドラゴンも同じ魔法を使える事実は、既に確認済み。
現況を目の当たりにして、俺の脳内に最悪の可能性が閃いた。
鱗は弱点じゃなかったのか?
俺はドラゴンを仕留められなかった。その可能性を想像した瞬間、目の前が真っ暗になった。しかし、倒れない。体も全力で動いている。
俺は弓を引き絞った。
水雲はラゴンの尻の辺りで木刀を振り上げている。
それぞれが追撃を行おうとした――刹那、ドラゴンの体に異変が起こっていた。
俺が穿った大穴から、突如として火柱が上がった。
火柱は穴を焼いた。しかし、それで収まらない。
火勢は激しさを増し、ドラゴンの巨躯を焼き尽くしていく。その光景は、俺の目にも、水雲の目にも映っていた。
俺も、水雲も、超速でドラゴンから離れた。その際、それぞれの口から声が飛び出している。
「一体――」「何が?」
俺と水雲は同時に首を捻った。
このとき、俺の脳内には「魔力回路の破壊」という可能性が閃いていた。だからと言って、ドラゴンが火達磨になる事態を想像できたかというと――
「訳が――」「分からない」
俺と水雲は、燃え盛るドラゴンのを見詰めながら首を傾げ続けていた。




