第二話 女神アトリリア
真っ白な光の空間に、アトリン学園中等部三年A組の生徒、五十名が立っている。その中に、少し痩せぎすな短髪男子、愛洲龍寿(俺)も含まれている。
俺を含めて、全員辺りをキョロキョロ見回しながら、盛大に首を傾げていた。
「何?」「どこ?」「訳分からん」
現況は真っ白け。目に優しい光の中。それ以外のものと言えは、俺達アトリン学園中等部三年A組の生徒の姿しかない。
しかし、俺達は制服姿ではなかった。俺達の衣装が変わっている。
生徒全員、漏れなく、異国のものと思しきローブをまとっていた。恐らく下着も変わっているだろう。俺達の制服や荷物は、どこを見回しても無い。それどころか、一緒にバスに乗っていた大人達の姿も無かった。
吉村先生も、花鶏先生も、バスの運転手やバスガイドの初音さんもいない。彼らはどこに行ったのか? 周りを見ても手掛かりは無い。
一体、これは何だ? 何なのだ?
現況に付いて考えると、俺の脳内に「夢」や「幻覚」という言葉が閃いた。他の生徒の口からも、似たような言葉が次々飛び出している。
しかし、俺の五感は「これは現実」と激しく主張した。俺の直感も同意見だ。だからと言って、それを素直に受け入れることには躊躇いを覚える。
さっきまで、俺達はバスに乗っていた。それが、異国の衣装をまとって光の中に立ち尽くしている。何故なのか?
現況の答えは、俺達の誰の頭にも無い。だからこそ、首を捻る。だからこそ、
「誰かっ!」「何だよこれっ!」「ここはどこっ!?」
生徒達は叫んだ。大声を上げて騒ぎ出した。その中に、俺は含まれていない。
俺は他の生徒達の様子を横目で眺めながら、脳内で情報を整理していた。
光の中と思しき真っ白けの空間。異国の衣装。消えた荷物と大人達。これら全てを一瞬で可能にする方法とは?
分かっていることをまとめた瞬間、俺の脳内に「魔法」という言葉が閃いた。その直後、俺の口から言葉が漏れた。
「無い無い」
俺は自分の想像を否定した。そもそも魔法と断言できる証拠は無い。魔法を掛けたと思しき術者の姿も無い。
いない――よな?
俺は辺りを見回した。正面、左右、頭上――と、視線を上に向けた瞬間、俺の視界に一条の黒い糸が飛び込んだ。
俺達の上空、三メートルほど離れた空間に一条の黒い筋が奔っている。
何だろう?
俺は首を傾げながら黒い筋をジッと見詰めた。すると、それはドンドン大きく広がった。ほんの数秒で、人間大にまで拡大した。その現象を目の当たりにした瞬間、
「げっ」
俺の口から下品な声を上げた。その直後、他の生徒達から声が上がった。
「あれは?」「何だ?」
全員の視線が、空中の割れ目に集中した。それぞれが「何だ? 何だ?」と首を傾げていると、唐突に裂け目から白い何かがニュッと突き出された。
白い何かは「脚」だった。それも、女性のものと思しき右脚だ。その異様な光景を見て、俺達は全員息を飲んだ。飲んだまま、吐き出さなかった。
「「「「「…………」」」」」
俺達は、全員息をするのも忘れて脚を見詰めていた。
暫くすると、右脚がズズイと前に出た。それに続いて白いローブをまとった胴体、及び腕が現れた。
俺達の視界に、グラマラスな女性の肢体が映り込んでいる。その上に付いている顔が飛び出したところで、黒い割れ目が閉じて――消えた。女性だけが、その場に残っている。
地上から三メートル離れた空間に浮かぶ白い女性。その姿が、俺達の視線を釘付けにしていた。
宝石のように煌めく白金色の長髪。髪に覆われた顔は幻想的なまでに美しい。それこそ天才彫刻家の最高傑作と思えるほど整っている。ローブに包まれた体もまた、天才彫刻家の最高傑作。ローブから伸びる手足は白く、白磁のように滑らかだ。
何もかもが規格外。何もかもが規格外に美しい。とても同じ人間とは思えない。しかし、俺の脳内には実在する人間の顔が閃いていた。
花鶏先生と似ているような?
俺達三年A組の副担任、花鶏莉愛。
錯覚とは思う。髪の色も、顔の造形も、肌の色も違う。その事実を直感して、俺は頭を振って脳内から花鶏先生の顔を打ち消した。
俺達は「あれは誰だ?」と首を捻りながら女性を見詰めていた。すると、彼女は俺達を見ながらニッコリ微笑んだ。
花が咲いたような艶やかな笑み。平時であれば見惚れていた。しかし、今は異常事態。俺達はジト目で女性を睨み続けている。
俺達の視界の中で、謎の女性は微笑みながらユックリ降下した。その様子は、宛ら天使の降臨。
実際、女性の背中から白い何かが伸びている。しかし、それは天使の羽ではなかった。
白い何かは、女性の衣装、彼女がまとっているローブだった。その裾と思しき箇所が空中にくっ付いている。
ローブの裾は、先程開いた割れ目に引っ掛かっていたようだ。割れ目が閉じた為、挟まれてしまっている。その事実に、女性は気付いていない様子。
女性はニッコリ笑みを浮かべながら降下し続けた。彼女としては、そのまま地面に下りるつもりなのだろう。しかし、その行為は挟まったローブによって阻まれた。
女性の体は途中で止まった。彼女のローブの背面が盛大にまくれ上がっている。その中に包まれていた体が、殆ど見えていた。
このとき、俺達は女性を見ていた。それぞれの視界に、あられもない姿が映り込んでいる。その事実を目の当たりにした瞬間、俺達の耳に女性の声が飛び込んだ。
「助けて下さい」
救助要請。それを受けて、俺は直ぐ様女性の許に走った。その行為が引き金となって、俺以外の生徒達も駆け出した。
「「「「「失礼します」」」」」
俺達は一言女性に断ってから、女性の脚を持って「ふんぬ」と力一杯引っ張った。
その瞬間、「ビリリッ」と何かが裂ける音が聞こえた。しかし、
「「「「「ふんぬ、ふんぬっ」」」」」
俺達は引っ張り続けた。救助要請を受けているのに、余計なことに構う余裕は無い。その無慈悲な行為のお陰で、女性は光の地面に下りることができた。
しかし、残念ながら全くの無事という訳ではなかった。それなりの損害が出ていた。
女性がまとったローブは、派手に破れた。臀部が丸出しになっている。その事実を直感して、俺達は一斉に顔を背けた。その直後、女性の声が耳に飛び込んできた。
「有難うございます。助かりました」
女性は、俺達に礼を言ってくれた。ローブの破損を咎める気は無いようだ。その可能性を想像して、ローブを破いた主犯格達は「ほっ」と胸を撫で下ろした。だからと言って、自分達が犯した罪を真正面から見詰め続ける勇気はない。
俺達は視線をあらぬ方向に向けて、女性の傍から離れた。その最中、再び女性の美声が耳に飛び込んできた。
「私は女神――」
女神。その呼称を聞いた瞬間、俺達の脚が止まった。その場で首を捻って、女性の顔を見た。
俺達の視界に、艶やかな笑みを浮かべた美貌が映り込んだ。その直後、女性の可憐な口が開いて、彼女の名前と思しき言葉が飛び出した。
「アトリリアと申します」
女神アトリリア。直ぐに判明したことだが、こいつが俺達の修学旅行のコースを勝手に変更した召喚者だった。




