第十九話 不死身の魔物
石造りの高壁に囲まれた五ヘクタールの箱庭に、赤い山がそびえ立っている。
最強の幻獣、ドラゴン。
今は地上に降りている為、背中の翼は畳まれている。それでいて尚、山と錯覚するほどの巨躯。全高二十メートルは有るだろう。四本の脚の下に瓦礫の山が積み上がっている為、より一層高く見える。
ドラゴンの巨躯は絶望の象徴だ。しかし、より以上に絶望的な要素が、奴の足元の瓦礫だ。
瓦礫は、アダムス砦の天守閣だった。
天守閣の中には、砦の最重要人物達がいた。
騎士団長のエリカ・エヴァンス様、巫女長のエミリア・エヴァンス様、女神の巫女達。
全員、俺達にとっては「生命線」と言える存在だ。それが、バッサリ絶たれてしまった。
全員、瓦礫の下敷き。
現況の意味を考えるほどに、全身から血の気が引く。だからと言って、彼女達の死を悼んでいる場合ではない。
生き残る為に、ドラゴンを討つ。
俺、愛洲龍寿は、相棒の湊本水雲と並んでドラゴンの真正面に立ちはだかった。続け様に、矢を番えて武士の最終奥義を発動した。
「「虚空射っ!」」
俺達が放った矢は、空気を切り裂きながらドラゴンの顔へと飛翔した。それぞれ左右の目に向かってまっしぐら。その光景は、俺達の目だけでなく、ドラゴンの目にもシッカリ映っていた。
ドラゴンは瞼を閉じた。それで防ぐつもりなのだろう。実際、奴の鱗はあらゆる攻撃を跳ね返している。通常攻撃は元より、勇者の必殺技(風射)も通じなかった。
しかし、何事にも例外は有る。有って欲しい。
俺達が放った技は勇者レベル百で解放された究極奥義。あらゆるものを貫き、破壊する。
最強の楯を、最強の矛が貫くか否か。その矛盾の結果は、即座に判明した。
俺達が放った矢は、ドラゴンの瞼を突き抜けた。貫通した。
それぞれドラゴンの両眼を繰り抜き、頭部の中を突き進み、後頭部から飛び出している。
この光景は、俺達の視界にも、ドラゴンの左右に展開した騎士達の視界にも映っていた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
騎士達から歓声が上がった。その声を耳にして、俺は思わずガッツ石松ポーズを決めた。水雲も右拳を握っている。
俺達はドラゴンを倒した。頭を射抜かれて生きている魔物はいない。その事実は、これまでの戦闘で確信している。
俺の口角が吊り上がった。しかし、それは直ぐに凍り付いた。
このとき、俺の視界には傷付いたドラゴンの顔が映っていた。その下半分、未だ残っている口が大きく開いて、そこから耳を劈く咆哮が上がった。
大音響が地面を激しく揺らしている。ドラゴンは咆哮を上げ続けている。それらの事実が、俺に最悪の可能性を想像させた。
ドラゴンは生きている。
俺と水雲は再び矢を番えた。その瞬間、俺達の視界に赤い光が映り込んだ。
ドラゴンの長い首の下、鎖骨の中心、胸鎖関節辺りから赤い光が溢れ出していた。
何の光だ?
俺は赤い光を見ながら首を傾げた。その現象の意味は、直ぐには閃かない。だからと言って、のんびり考えている場合ではない。
俺は、水雲と一緒に矢を引き絞った。後は必殺技の名前を叫んで放つだけだ。
しかし、俺達は矢を放つことができなかった。それを躊躇う理由が、俺達の視界に映り込んでいた。
ドラゴンの頭が緑色に発光していた。その現象に伴って、傷付いた個所が超速度で再生していく。その光景を目の当たりにした瞬間、俺の脳内に既知の光景が閃いた。それが、俺の口を衝いて飛び出した。
「回復魔法!?」
女神の巫女だけが使える奇跡の技。致命傷を含めて、如何なる傷もたちどころに修復する。その魔法にできないことは蘇生だけ。
俺の言葉は、右隣の水雲にも伝わっている。
「うん」
蘇芳色の兜が上下に揺れた。水雲らしい簡潔に過ぎる反応。しかし、その短い言葉でも声の震えはハッキリ直感できた。その変調の理由は、俺にも共感できた。
まさか、魔物の中に回復魔法を使える奴がいたなんて。
今まで、俺達は「回復魔法は女神の巫女の特権」と思っていた。それだけに、目の前で見た光景は信じ難い。信じたくない。しかし、残念ながら現実だ。
どうやって倒せば良い? 一撃で倒す? 回復魔法を封じる?
俺の脳内に様々な攻略法が閃いた。しかし、具体的な方法が全く閃かない。
具体策が見付かるまで時間が欲しいところ。しかし、それを許すほど、現実も、戦場も、ドラゴンも甘くない。
ドラゴンは鎌首をもたげ、続け様に大きく息を吸い込んだ。その行為を見た瞬間、俺の脳内で「今直ぐ逃げろ」と警鐘が鳴り響いた。
しかし、俺達はドラゴンの真正面にいる。現況に逃げ場など無い。
俺は弓を構えながらドラゴンを見ていた。すると、俺の視界の中に赤い光が映り込んだ。
ドラゴンが息を吸い込むほどに、胸鎖関節から赤い光が溢れ出す。
魔法か? それとも――奥義?
赤い光を見ていると、俺の脳内に「魔力回路」という言葉が閃いた。それが正解であったならば、回復魔法を封じることができる――かもしれない。
俺は藁にも縋る思いで赤い光を凝視した。すると、俺の視界に一枚の鱗が映り込んだ。
その鱗は、他のものと同じ形をしていた。しかし、それが目に入った瞬間、俺は奇妙な違和感を覚えていた。
あれ? 上下逆様?
後で知ったことだが「逆鱗」というらしい。その鱗を凝視している最中、俺の耳に水雲の声が飛び込んだ。
「リュウくんっ!」
「!?」
リュウくん。俺の愛称だ。それが耳に入ったときには、俺の視界の中に蘇芳色の鎧武者が飛び込んでいた。
水雲は、俺を庇うように前に立った。その蘇芳色の背中には、櫂の木刀が括り付けられている。その存在を直感した瞬間、水雲の右手が木刀の柄を掴んで――引き抜いた。
水雲は、木刀を大上段に構えた。何らかの奥義を放つつもりのようだ。その可能性を直感した瞬間、俺の視界が真っ赤に染まっていた。




