第十八話 最強の必殺技
アトリア大陸の中心に位置する白亜の城塞、アトリン砦。幾度も魔物の大群を押し止め、エドモン王国を守護し続けてきた最強の関所。その難攻不落の防衛拠点が今、最大の窮地に立っている。
アトリン砦の心臓部、第一ベイリーが魔物に占拠された。ベイリー最東端に聳えていた巨塔、天守閣は瓦礫の山と化した。
現況を目の当たりにして、俺、愛洲龍寿は息を飲んだ。それと同時に目を限界まで開いている。
俺の大きく広がった視界の中心に、赤い山が映り込んでいた。
山は山にあらず。巨大な蜥蜴だ。それも、天守閣と錯覚するほど大きい。しかし、天守閣でもなければ、蜥蜴でもない。
そいつの背中には巨大な翼が生えていた。今は畳まれているものの、蝙蝠のそれだと分かる。
蝙蝠の羽を持つ巨大蜥蜴。そのような魔物と出会ったことは、俺の人生で一度も無い。少なくとも、アダムス砦で討伐してきた魔物の中には含まれていない。全くの初見だ。
しかし、俺の脳内には魔物の名前が閃いている。それが、俺の口から零れ出た。
「あれって――『ドラゴン』?」
ドラゴン。ファンタジー界隈で「最強の幻獣」と呼ばれる天災級の魔物だ。俺に限らず、その名を知るものは存外に多いだろう。
その最強の幻獣が、今、俺達の目の前にいる。その威容を目の当たりして、俺の額と背中に冷たい汗が滴った。その変調の二割はドラゴンが原因だ。
しかし、残りの八割は別の要因によるものだ。ドラゴン以上に気になることが、今の俺には有った。それが、周りにいる騎士達の口から次々飛び出していた。
「団長っ」「エリカ様っ!」
「姫巫女様っ」「エミリア様っ!」
「巫女が、巫女の皆がっ!」
騎士団長のエリカ・エヴァンス様。巫女長のエミリア・エヴァンス様。女神の癒しの力を持つ巫女達。全員、「アダムス砦の生命線」と言える存在だ。
彼女達は、戦闘中は全員天守閣に入ることになっている。今回に限って、別の建物の中にいる可能性は、残念ながら高いとは思えない。
俺達の視界に映った光景を鑑みると、最悪の可能性しか閃かない。
全員、瓦礫の下敷き。生き残っている者は、誰もいない。
俺達は現場の最高指揮官を失った。回復役も失った。例え魔物を倒したとしても、誰も俺達の勝利とは思わない。俺達の敗北は確定している。
「最悪だ」
俺の口から愚痴が漏れた。しかし、現況は俺が思っている以上に悪い。
ドラゴンの視界には、既に俺達の姿が映っていた。今更隠れても無駄だろう。逃げようにも、相手は空を飛ぶことができる。
俺達が生き残る手段は、今の俺には一つしか閃かない。
戦って、倒すしかない。
ドラゴン討伐。できるか否か? 可能性を考えると、額と背中の汗の勢いが増す。
俺達の前に立ちはだかる魔物は、間違いなく過去最強。それも、勇者の必殺技(風射)を弾き飛ばした化け物だ。今後の展開を想像すると、俺の脳内に最悪の可能性ばかりが閃いた。
どうしたものか?
俺の体は動かない。俺の左隣にいる蘇芳色の鎧武者、湊本水雲も、ドラゴンの方を見ながら固まっている。
俺達の周りにいる騎士達に至っては、ドラゴンの威圧に耐え切れず、ジリジリ後退している様子。
俺達は、誰も前に出ない。第一ベイリー城門付近に固まったままだ。その事実を直感した瞬間、俺の口から悪態が飛び出した。
「くそっ」
埒も無い独り言だ。その情けない言葉は、隣にいる水雲の耳に入っていた。
俺がドラゴンを睨み付けていると、唐突に右腕が引かれた。それに反応して、俺は右隣を見た。すると、視界に見慣れた幼馴染の顔が映り込んだ。
水雲は、兜の庇の下から俺を覗き込んでいた。その為、互いの視線がかち合っている。それを意識した瞬間、水雲の可憐な口が僅かに開いた。
「行こう」
水雲の言葉を聞いた瞬間、俺は無言で頷いていた。
このとき、俺の脳内では「逃げろ」と警鐘が鳴り響いていた。しかし、俺は腹を決めている。
やるべきことをやる。必要なことをやる。
俺は再びドラゴンを睨んだ。俺の視界には、真っ赤な巨躯が映り込んでいる。その巨顔に視線を固定したまま、口を開けて――叫んだ。
「俺達が行きますっ。援護、頼みますっ!」
俺の声に、居合わせた全ての騎士達が反応した。
騎士達は、それぞれ半数に分かれて左右に散った その際、俺と水雲も同時に移動した。しかし、俺達の進路は騎士達のそれとは違う。
俺達は正面、真っ直ぐ前に走っていた。その先には赤いドラゴンが待ち構えている。
ドラゴンの巨大な爬虫類の目の中に、濃紺と蘇芳の鎧武士の姿が映り込んだ。奴は俺達の存在をハッキリ認識している。しかし、直ぐには動かない。
俺達を敵と認識していないのか? 取るに足らないゴミ、虫けらと思っているのか? 理由は不明だ。しかし、俺達にとっては僥倖だ。
俺達は構わず走り続けた。
第一ベイリーの敷地面積は五ヘクタール。城門から天守閣までの距離は凡そ五百メートル。その中ほど、二百メートルに迫ったところで、俺と水雲は同時に脚を止めた。
俺達は腰の矢筒から矢を一本抜き出して、和弓に番えて構えた。
俺の狙いはドラゴンの左目。水雲の狙いは右目。
「出し惜しみは無しだっ」
「うん」
俺達は、それぞれ同じ勇者の必殺技を発動した。
「「虚空射っ!」」
虚空射(刀剣では虚空刃)。レベル百で解放された勇者の最強必殺技、武士の最終奥義。
虚空とは、神羅万象、あらゆるものを意味する。最終奥義は、あらゆるものを破壊する。その威力のほどは、これまで何度か確認している。
尤も、ドラゴンに試したことは無い。ぶっつけ本番だ。
これが通じなきゃ、他に打つ手は無い。
果たして通じるか否か? その答えを知る機会は、矢を放った直後に訪れた。




