第十七話 空飛ぶ破壊神
俺、愛洲龍寿がアダムス砦に赴任してから、既に一年と一箇月経った。今の俺と相棒、湊本水雲のレベルは百十二。
勇者の必殺技は全て解放した。今の俺達は、どんな魔物も鎧袖一触で倒している。だからと言って、日々の訓練をサボる気は全く無い。
今日も今日とて、俺達は大鎧をまとい、和弓を握り、櫂の木刀を背負って、軍隊行動の訓練に赴いている。
東の空を見ると、既に赤紫色に変色していた。
第二ベイリー中央広場には、既に騎士達が集まっているだろう。その光景を想像して、俺と水雲は駆け足で屋敷前に広がる菜園を突っ切った。
その最中、俺は前を向きながら声を上げた。
「水雲――」
俺は右隣で並走する幼馴染の名前を呼んだ。返事は――無い。その代わり、頷いているような気配を覚えた。その反応を直感したところで、俺は再び声を上げた。
「今日でレベル百十三――いくかな?」
「無理」
俺の質問に、水雲は即答する。それを聞いて、俺も「だよな」と言って苦笑した。
勇者レベルの成長率は、百を超えた時点で大幅に鈍化した。その事実が、俺に「攻略推奨レベルは百」と確信させた。しかし、俺達はレベルを上げることに固執している。その理由が、俺の口から零れ出た。
「究極奥義の使用回数――もう少し欲しいよな」
俺の言葉に、水雲は「そうだね」と即答した。
勇者の必殺技の使用回数には制限が有る。基本的には「一レベルに付き一日二回まで」だ。
しかし、例外が有った。それが、レベル百で解放された最強の必殺技だ。
武士の最終奥義は、他とは比べ物にならないほど強力だ。正直、これ以外に使う必要が無いと思える。しかし、いや、だからこそ、使用回数に大幅な制限が有った。
「百レベルで一日五回まで」
最終奥義の使用回数に付いては、俺達の召還主から聞いた訳ではない。実際に試して判明した。その事実を想起する度、俺の口は「へ」の字に歪む。
あの女神、本当にポンコツだな。
必殺技の使用制限に付いて考えると、真っ先に「女神の失態」を想像した。その可能性を想像すと、俺の口から溜息が漏れた。序に愚痴も漏れた。
「早く終わらせたいな」
「そうだね」
俺の独り言に、水雲が即応で頷いている。その反応を直感した瞬間、俺の口角が歪に上がった。
苦笑しながら走っていると、俺の視界に白い鎧に身を包んだ人影が映り込んだ。
中央広場には、既に殆どの騎士達が集まっていた。その中に、一際大柄な壮年男性騎士の姿が有った。
副騎士団長、ヴォルフ・オルフ様。その威容を目の当たりにして、俺と水雲は速度を上げて所定の位置で直立した。その様子は、ヴォルフ様の視界にバッチリ映っていた。
俺達が直立したところで、ヴォルフ様の口角が吊り上がった。その三日月のような裂け目が開いて、そこから耳をつんざく大声が飛び出した。
「英雄様方がご到着だっ。皆も彼らに追い付くよう、気合を入れて励めっ!」
高壁に挟まれた広場に、ヴォルフ様の大声が木霊する。その声は、俺や水雲、居合わせた騎士達だけでなく、未だ騎士館にいる騎士達にも届いていたようだ。
南北の騎士館から、白い鎧をまとった騎士達が勢い良く飛び出した。彼らは我先にと全力疾走している。その様子を見て、広場の騎士達から笑い声が漏れた。
平和だ。実に平和。こんな平和が恒久的に続けば良いのに。
叶わぬ願いと分かっていても、今だけは願いたい。しかし、それはフラグだ。
恒久の平和を願った瞬間、俺達の頭上にけたたましい金属音が響き渡った。その音は、居合わせた全員の鼓膜を劈いた。とても痛い。しかし、耐えた。
俺も、水雲も、他の騎士達も、咄嗟に顔を上げた。俺達の視線は、アダムス砦の頂上部に吸い寄せられている。
アダムス砦の中心部、第一ベイリー。俺の視界に、ベイリーを囲むアンサンテ(城塔と城壁)が映り込んだ。その中に有る一際高い城塔から、半鐘の音が鳴り響いている。
その事実を直感した瞬間、俺の脳内に現況の意味が閃いた。
敵襲だ。
周囲にいた騎士達の顔付きが変わった。それぞれ戦闘モードに入っている。その変化を意識した瞬間、ヴォルフ様が大声で叫んだ。
「全員、持ち場に付けっ」
俺と水雲、及び第一守備隊の騎士達は、直ぐ様城壁の歩廊に上った。それぞれが所定の位置に付いたところで、俺は西の水平線を見た。
そこには――何も無かった。少なくとも、地面の上には何も無い。
「?」
俺は首を傾げた。それに伴って、俺の視界が斜めに傾いだ。その傾いだ視界の中に奇妙な光景が映り込んだ。
空に赤い点が付いていた。それが何かと見詰めていると、ドンドン大きさを増していく。その事実を直感した瞬間、俺は反射的に和弓を構えた。水雲も、俺の隣で和弓を構えている。他の騎士達も、俺達に続けとばかりに弓を構えた。
見張りの人は、あれに気付いたのか。
あれとは、恐らく魔物だ。こちらに向かって真っ直ぐ突っ込んできている。彼我の距離が近付くほどに想像が確信に変わった。
俺の視界に、巨大な蝙蝠の翼が映り込んだ。しかし、対象は蝙蝠ではない。その胴体は赤い鱗に覆われている。
蝙蝠の翼を持つ蜥蜴。
今まで見たことの無い魔物だった。これまで出会った魔物は人型ばかり。そういうものしかいないと思い込んでいた。しかし、そうではなかった。
あんなものもいるんだな。
どんな魔物なのか? 現時点での正体は不明。しかし、こちらの対応を変える理由は無い。
「風射で」
「分かった」
俺も、水雲も、奥義を放つ準備を完了している。相手の姿が見えている。後は技を発動すれば良い。
しかし、俺も、水雲も、矢を放たない。その行為に躊躇いを覚えていた。
未だ遠い。
魔物は、未だ射程がいにいる。しかし、外観はハッキリ視認できた。その理由は、簡潔に言えば「大きさ」だ。
魔物の体は巨大だ。俺の知るどんな動物より大きい。尻尾を含めると、全長百メートルは有る。翼を広げた全幅は、それ以上だ。その事実を直感して、俺達は待った。
待ち続けている間に、相手の巨躯が大きさを増した。その光景を目の当たりにすると、矢を放ちたい衝動に駆られる。
しかし、俺達は待った。他の騎士達も、俺達に合わせて待っていてくれた。
俺の視界に、魔物の巨躯を覆う鱗の形が映り込んでいる。その事実を直感した瞬間、俺達の体が動いていた。
「「風射っ」」
俺と水雲、及び騎士達は、魔物目掛けて一斉に矢を放った。
俺と水雲の矢が、旋風をまといながら魔物の巨躯に吸い込まれていく。的は余りに大きい。外すことが難しいと思えるほどに。
他の騎士達の矢も全て魔物の巨躯に吸い込まれている。
全員の矢が、魔物の体に当たった。その事実を直感して、俺の口角が吊り上がった。しかし、それは途中で凍り付いた。
俺達が放った矢は、進行方向を急角度で変えた。全てあらぬ方向に飛んでいる。その事実を目の当たりにして、俺達は揃って息を飲んだ。
弾かれたっ!?
俺も、水雲も、目を大きく開いていた。その広がった視界の中で、赤い大蜥蜴が大きさを増していく。
俺の視界に巨大な赤い頭が映った。長い首が映った。巨木のような前脚が映った。大蛇のような腹が映った。巨木のような後ろ脚が映った。長大な尻尾が映り込んだ。
赤い大蜥蜴は、俺達の頭上を通り過ぎていた。その事実は、俺達に最悪の可能性を直感させた。
突破されたっ!?
難攻不落のアトリン砦。その異名を返上するときが来た。俺達は、相手にダメージを与えることなく、容易く城内に侵入されてしまった。最悪の現実を目の当たりにして、俺の脳が震えた。しかし、驚いていたり、固まっていたりする暇は無い。
俺達は直ぐ様アンサンテの城塔に飛び込んだ。塔内の階段を下って、躊躇いなく外に飛び出した。その直後、見慣れた光景が視界に映った。
整地された地面と、その上に立つ建物群。いつも見ている第二ベイリーの光景だ。その中に、赤い蜥蜴の姿は――無い。その事実を直感した瞬間、俺の視線が頭上に向いた。
俺の視界に、東側にそびえ立つ内城壁が映り込んだ。その直後、城壁の内側から轟音が響き渡った。それに遅れて地面が揺れた。
それらの刺激を直感した瞬間、ヴォルフ様の怒号が響き渡った。
「第一ベイリーだっ。走れっ!」
俺達は超速で第一ベイリーに繋がる歩廊に向かった。
程無くして、俺達の視界に坂道が映った。それは緩やかなカーブを描きながら頂上部を囲む城壁に伸びている。それを登れば第一ベイリーに入ることができる。
しかし、坂の途中には跳ね橋が有った。
跳ね橋は、ベイリー内への魔物の侵入を阻む為、警鐘と同時に引き上げられる。
その事実を鑑みると、最悪の可能性を想起した。しかし、俺達は幸運だった。
跳ね橋は掛かったままだった。俺達を阻む障害は無い。俺達は、直ぐ様橋を渡って第一ベイリー内に突入した。
その直後、俺の視界に様々な建物群が映り込んだ。
女神アトリリアを祭った礼拝堂、要人達が暮らす宮殿、鍜治場、食糧庫。それらは未だ健在だ。しかし、一つだけ有るべきものが無かった。
アダムス砦の天守閣。
天守閣は、戦闘時に於いては司令塔になる。その中には騎士団長のエリカ様を始め、巫女長のエミリア様、及び彼女の配下の巫女達がいる。彼女達がいる場所が、全く見当たらない。それが有ったと思しき個所には、別の物体がそびえ立っていた。
赤い山。しかし、本物の山ではない。それは、蝙蝠の翼を持つ、赤い大蜥蜴だ。
大蜥蜴の四本の脚は、瓦礫の山を踏み締めていた。その瓦礫の正体は、それが目に入った瞬間理解できた。
アダムス砦の天守閣は、魔物に押し潰されて――倒壊していた。




