第十五話 英雄達の異名
エドモン王国最西端、アダムス砦。
魔物の領土と隣接する最前線基地にして、アトリン大陸最大(或いは唯一)の激戦地。今日も今日とて魔物が攻め寄せる。
今日の相手はミノタウロス一個小隊。ミノタウロスには物理攻撃が効き難い。そんな厄介な魔物が五十匹もいる。
面倒なことになるだろう。被害は甚大になるだろう。その可能性を想像した者は存外に多い。しかし、何とかなると思う者も、同じ数だけいる。
城壁の歩廊にいる騎士達は、期待を込めて、濃紺と蘇芳色の鎧武者を熱く見詰めていた。その熱視線の刺激は、鎧武者達にも伝わっている。
しかし、どちらも気にした風もない。
まあ、やることをやるだけ。
俺、愛洲龍寿と湊本水雲は、弓道の作法通りに和弓を構えた。
彼我の距離は、五百メートルくらい有るだろうか。しかし、俺の視界には猛然と押し寄せる牛男達の様子がバッチリ映り込んでいる。
ミノタウロスの装備は、例によって棍棒だけ。しかし、その粗野な武器が並々ならない威力を持っていることを、俺達の誰もが熟知している。
最初にミノタウロスと遭遇した際、棍棒で城門を打ち破られた。その事実を想起すると、背筋に悪寒が奔った。
棍棒に活躍の機会を与える訳にはいかない。
だからこそ、遠距離攻撃で仕留める。
俺と水雲は、同時に矢を放った。
「「雷射っ!」」
俺達が放った矢が、稲光を放ちながらミノタウロスの群れへと飛翔する。
それぞれの矢が、先頭を走っていたミノタウロスの頭部に見事命中した。
しかし、矢は弾かれた。
ミノタウロスに物理攻撃は効かない(効き難い)。その巨躯は金属並みに硬い皮と筋肉で守られている。その事実もまた、最初に対戦した際に思い知らされている。
普通の遠距離攻撃では、ミノタウロスは倒せない。そのはずだった。ところが、俺達の視界に有り得ない現象が映っていた。
矢が弾かれた直後、ミノタウロスの頭は木っ端微塵に砕け散った。その現象の意味が、俺の脳内に閃いた。
雷と炎はミノタウロスに特効。
矢に付与されていた稲妻が、ミノタウロスの頭を内側から破砕した。その事実は、俺と水雲にとっては想定通り。しかし、予想外のことも一つ有った。それが、俺の隣にいる水雲の口から飛び出した。
「凄い威力」
「だな」
水雲の言葉に、俺は同意とばかりに頷いた。
俺達の奥義の威力が、倍増しになっている。その事実を目の当たりにして、俺の手が震えた。水雲の手も、少し震えている。
俺達の変調は、周りの騎士達の目には、どうやら映っていないようだ。
俺達が自分の所業に面食らっていると、歩廊で弓を構える騎士達の口から次々声が上がった。
「凄いっ」「流石っ」「やりますねえ」
騎士達は、俺達の成果を賞賛した。それら一つひとつが耳に入る度、俺の口許が歪に吊り上がる。
俺は苦笑した。その表情の理由が、俺の脳内に閃いた。
これくらい、できて当然なのかもしれない。
俺と水雲の戦闘回数は、今日で五十になる。俺と水雲のレベルも、それなりに上がっていた。
現在、どちらも百十一。百を超えて尚、上がり続けている。最早人外の領域に踏み込んでいる。
そもそも、一般の騎士達のレベルは十。俺達のレベルは騎士達の十倍。戦闘力も十倍。勇者の必殺技の威力も、それなりに上がった。
如何なる魔物も鎧袖一触だ。ミノタウロスとて例外では無かった。
今回の戦闘も、俺達が一方的に攻撃して終了した。その事実は、騎士達の視界に焼き付けられている。
騎士達は、右こぶしを突き上げながら、俺達の偉業を称えまくった。その賞賛や賛辞の声の中に、俺達に与えられた特別な異名が混じっていた。
「流石は『アダムス砦の守護神』だ」
アダムス砦の守護神。その異名で呼ばれるようになったのは、いつのことか? それを想起しようとすると、ここにきてから一年分の記憶が閃いた。
俺と水雲がアダムス砦に就任して、既に一年経っている。その事実を直感する度、俺の口許が歪に吊り上がる。
俺は苦笑した。その表情の理由が口から零れ出た。
「戦っている間に、高校一年生なった」
アトリンに来たとき、俺達は中学三年生だった。一年経ったのだから、年齢的には高校一年生。尤も、それは元の地球で同じだけ時間が過ぎていた場合の話だ。
俺達の時間は、今も止まったままだ。
本来(生来)の体は、女神アトリリアに因って時間毎凍結されている。尤も、永遠に凍結されている訳ではない。現世に帰還する際、解除される。しかも、消えた時間に、元いた場所に戻される。
女神の言葉が真実なら、アトリンで過ごした時間を現世の年齢に換算することは無意味だろう。だからと言って、ここで過ごした時間が無意味とは、俺も、水雲も思っていない。
「俺達、強くなった――よな?」
「うん」
俺達は全ての奥義を解放して、それを存分に使い熟している。
今の俺達に敵う魔物はいない。こちらに犠牲者が出ることも無くなった。防戦に徹することは時間の無駄だと思える。騎士団副団長のヴォルフ・オルフ様も「今こそ攻め時」と息巻いている。
しかし、俺達は未だに砦に張り付いたままだ。何故なのか? その理由は、エドモン王国の王様と、俺達以外のアトリン学園中等部三年A組の生徒達に有った。
「王都の勇者達の準備が整うまで待て」
相変わらずの待機命令。一年経ったというのに、他のクラスメイト達は王都から離れない。その事実を知らされる度、嘗ての俺は眉間に皺を寄せていた。
しかし、今は眉一筋動かない。俺だけでなく、水雲も同様だ。
「俺は俺。他人は他人」
「宛てにするだけ無駄」
俺達は、飽くまで自分軸に拘った。水雲に至っては、他の生徒はいないものとして考えている。それぞれ「俺達だけで魔物を殲滅する」と考えていた。それができる力が、今の俺達には有る。その想いが、口からポロリと零れ出た。
「もう、終わらせたい」
誰に言うでもない独り言だ。しかし、反応が有った。
「そうだね」
俺の隣で、蘇芳色の兜が上下に揺れていた。




