8.がらんどうのギルド
「ふふん!今日から世界中のお金は全部私のものよ!」
姉たちが国を去って半年。ついに四女ハイディが、念願の「時計ギルド」と「レースギルド」を完全に引き継ぐ日がやってきた。
ハイディはギルドの莫大な儲けを見込んで、引き継ぎの前から高価なドレスや宝飾品を大量に注文し、派手に浪費していた。
けれど、待てど暮らせど手元に利益が上がってこない。それどころか、商人の一人が「あの…受注品すべてキャンセルされまして……」と困惑顔で王宮にやってきた。
「なによそれ!意味がわからないわ!直接ギルドに行って文句を言ってやるんだから!」
プンプンと怒りながら、ハイディは城下にある時計ギルドの大きな建物へと乗り込んだ。
「ちょっと! 責任者はどこ!? この私に挨拶もしないなんて…」
偉そうに扉を押し開けたハイディは、その場で言葉を失った。
「……え?」
広い工房の中は、しんと静まり返っていた。
職人たちの姿は一人もない。それどころか、時計を作るための精巧な旋盤や、歯車を削り出す特殊な機械、図面、工具に至るまで、何一つ残されていなかった。そこにあるのは、ただ埃が舞う「がらんどうの空間」だけ。
慌てて隣のレースギルドへ向かったが、こちらも結果は同じだった。高価な織機も、美しく染められた極細の糸も、すべて消え失せている。
「何もない……!本当に、何にもないじゃない!?お父さまぁー!」
当然だ。次女ロッテが半年かけて、機械の所有権を職人個人に変え、彼らとその家族全員をアルビオンへ「夜逃げ」させていたのだから。
建物という単なる「ハコ」だけを譲り受けたハイディに残されたのは、機能停止した空間だけだった。
おまけに、ロッテとエマが今まで稼いできた数年分の莫大な蓄えは、すべて姉たちの「持参金」としてアルビオンへ持ち出されていた。
愕然としたハイディは、すぐさまアルビオンにいる姉たちへ「ずるいわ!」と抗議の手紙を送りつけた。
数週間後に返ってきたのは、ロッテからの小馬鹿にするような返事だった。
「あらあら、大変なことになったわね。お気の毒だわ、ハイディ。でも私たちは何も知りませんわ。職人たちに何があったのでしょう?心配ですわ。もしかして職人たちが一斉に夜逃げしたのでしょうか?それにしても今頃気付くなんて、経営者である貴女の管理不足なのではなくて?どちらにしても、ギルドは私たちがあなたに差し上げたものです。既に私たちがどうこうできるものではありません。この件についてこれ以上言いがかりをつけるなら、アルビオン王室から正式に抗議いたしますので、念のため』
「な、なによこれぇーーーっ!」
キーキーと猿のように叫ぶハイディ。
業を煮やしたハイディは、とんでもない行動に出る。街から適当に国民たちを強制的にかき集め、がらんどうの工房へ放り込んだのだ。
「いい? あなたたち!明日までに、お姉様たちが作っていたような綺麗な時計を100個作りなさい!これは王女である私の命令よ!」
集められた農家やパン屋たちは、お互いに顔を見合わせて呆れ返った。
「あの……ハイディ様。俺たち、時計の仕組みなんて何も知りませんが……」
「うるさいわね!お姉様たちは簡単に作っていたわ!作れって命令すれば動くのが職人でしょ!?言い訳しないで早く作りなさい!」
当然、素人に作れるわけがない。翌朝、工房には壊れた鉄くずの山が転がっているだけだった。
「あいつ、本物の馬鹿だな……」
「国中の職人が逃げ出すわけだ。あんな我が儘娘に付き合ってられるか」
国民たちの間でハイディへの不満が爆発し、彼女の国政での人望は完全に失墜した。
がっかりしたハイディはマルガレーテのサロンにいた格好良くて裕福な貴族令息たちに慰めてもらおうと、サロンのあった邸宅へ向かった。しかし、そこでも非情な現実が待っていた。
「令息の皆様ですか?皆様、マルガレーテ殿下のフランキア輿入れに際し、外交留学などの名目で一人残らず出国されましたが……」
「………」
人脈も、技術も、お金も、すべてはお姉様たちの手の中にあったのだ。
それから五年の歳月が流れた。
十四歳になった四女ハイディは相変わらず、「ずるいお猿」のままだった。ギルドが破綻しても贅沢な浪費をやめられず、ついに高利貸しから個人的に借金し始めた。
そこに目をつけたのが、フローラントに滞在し、実質的な国家運営を行っていたフランキアの第二王子カールだった。
「ハイディ様。これ以上の借金は王室の信頼に関わります。私がフローラントの金鉱山を担保に、フランキア王室の名義で融資をしましょう」
「あら、カール様ったら優しいのね!ありがとう!」
罠だった。
金鉱山を担保に取っている間、そこから出る莫大な利益はすべて「利息」としてフランキアの懐に入る契約になっていたのだ。フローラント王国は、命綱である金鉱山の実質的な利権を失った。
ちなみにハイディの借金は、一年間だけ贅沢を我慢すれば返済できる程度の額だった。
だが、我慢という言葉を知らないハイディの借金は雪だるま式に膨らみ、ついに彼女はやってはならない一線を超えた。国の税金を管理する「国庫」から、公金を横領し始めたのだ。
そして、真面目に帳簿を監視していたカールに、それがバレないはずがなかった。
「ハイディ様。国庫からの横領は重罪です。あなたを幽閉処分とします」
「いやよ!私は悪くないわ!あ、あれは……お父様がやれって命令したのよ!そうよ、全部お父様が犯人よ!」
ハイディは、自分の保身のため、これまで盲目的に自分を甘やかしてくれた実の父親である国王レーモンにすべての罪をなすりつけた。
結果、父王はショックのあまり病床に伏し、そのまま塔へと幽閉されることになってしまった。
(ふふん、助かったわ。お父様はもう用済みよ。これからはカールが私のお願いを聞いてくれるもの)
ハイディはふんぞり返ったが、父親を切り捨てたことで、彼女の味方は完全にゼロとなった。
実権を握ったカールは、即座にハイディの買い物禁止令を発令。横領できず、贅沢も禁じられた「ずるいお猿」は、ついに身動きが取れなくなっていく。




