6.奪われた婚約者
ギルドの権利を奪い取ったハイディの欲深さは、ついに国同士の契約にまで牙を剥いた。
王宮のチェス室で、長女マルガレーテが婚約者であるフランキアの第二王子カールとチェスを楽しんでいた時のことだ。
「マルガレーテ殿下、相変わらず見事な一指しですね」
「ふふ、カール殿下こそ、以前より鋭くなりましたわ」
仲睦まじく、かつ知的な時間を過ごす二人を見て、ハイディは激しい嫉妬の炎を燃やした。
「ずるいわお姉さま、そんな素敵な王子様を独り占めして。その人、私にちょうだい!」
「ハイディ、婚約は国同士の契約よ。物のようにあげることはできないわ」
マルガレーテが冷ややかにあしらうと、ハイディはすかさずお得意の涙を流し、カールに縋りついた。
「ずるいずるいお姉さま!
ねえ、カール様……お姉さまはいつもこうやって私に意地悪するの。お姉さまは何でも持っててずるいわ。それに、カール様も可愛らしい私の方がいいでしょ?」
上目遣いの涙の猛攻。これに便乗したのが父王レーモンだった。可愛いハイディのご機嫌を何より優先したい父王は、手を叩いて提案した。
「カール殿下、我が国の至宝はこのハイディだ。ぜひ末娘との婚約に変更していただきたい!」
カールは内心で(えー、ずるいお猿が奥さんかぁ……嫌だ、嫌すぎる!)と激しく頭を掻きむしっていた。しかし、フランキア王室の意向としては「フローラントとの繋がりが保つために、何が何でも婿入りしろ」であるため、政略結婚に従うほかない。
「……光栄です、国王陛下」
カールは頬を引きつらせながら承諾した。
「お父さまありがとう!大好きよ!」
ハイディはカールの腕に抱きつきながら、心の中で激しく嘲笑っていた。
(ふふ、これで私がこの国で一番のお姫様……ううん、将来はこの国の女王様よ!)
だが、この時、ハイディは気づいていなかった。
姉の目が、憐れむような、けれど突き放すような昏い光を宿していることに。
その夜、三人の姉たちはマルガレーテの部屋に集まり、最終作戦会議を開いていた。
「私がフランキアへ輿入れし、あなたたちがアルビオンへ留学する準備は整ったわ」
マルガレーテの言葉に、ロッテとエマが力強く頷く。
今回の婚約者変更事件の、大国フランキアからは「婚約変更の交換条件として、金鉱山を譲渡するか、優秀な長女マルガレーテを別枠でフランキアへ輿入れさせろ。さもなければ戦争だ」という要求が突きつけられていた。父王は迷わずマルガレーテの輿入れを選んだ。
「私がいなくなったら、あなたたちはあのずるいお猿に、もっと酷いことをされるわ。だから半年後と言わず、できる限り早いうちにこの国を脱出しましょう」
さらにマルガレーテは、自分のサロンに集まっていた、次代の国政を担うはずの優秀な貴族令息たちを「随行員」として全員フランキアへ連れて行く約束を取り付けていた。後に残されるのは、父王の顔色を窺うばかりで頭の硬い老政治家ばかり。いずれフローラントの政治は、第二王子カール側近の、フランキアの政治家たちに牛耳られることになる。
「ふふっ、お姉さま達は私に負けて逃げ出すのね。いい気味だわ」
ハイディの結婚は六年後に決定した。何も知らず、六年後の結婚式や祝宴を夢見てドレスのカタログを眺めるハイディ。
お姉様たちの本当の強さと恐ろしさを知る由もないまま、フローラント王国の命運は傾き始めていた。




