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3.チェス盤上の恋文

ずるいお猿の襲来から、さらに四年。


フローラント王国の三姉妹は、ただ奪われるだけの大人しいお姫様では終わらなかった。


長女マルガレーテは十六歳。凛とした気品を纏う、誰もが見惚れる美少女へと成長していた。

彼女は母方の親戚である大国アルビオンの王族と密に文通を交わし、独自の外交ルートを構築。国内の有能な有力貴族の子息たちを集めたサロンを開設し、若き才能たちと日々高度な外交論議を戦わせていた。


そんなある日、フローラント王国に激震が走る。


大陸の超大国であるフランキア王国から、見合いのために二人の王子が来訪したのだ。


訪れたのは、十六歳の王太子ジークフリートと、十五歳の第二王子カール。王太子ジークフリートは、優秀な弟のカールに将来どこかの国を治めさせてやりたいと考えており、この裕福な小国との縁談に応じたのだ。カールもまた、母国のためになるならばと、政略結婚を承諾していた。


だが、王宮の応接室でマルガレーテと対面した瞬間、王太子ジークフリートの時が止まった。


(……なんという、美しく、聡明な瞳だ)


ジークフリートは、彼女の凛とした佇まいに一目で心を奪われてしまったのだ。


しかし、自分はフランキアの嫡男であり、マルガレーテもまたフローラントの嫡女。立場上、二人が結ばれることは絶対にない。ジークフリートは胸に生じた淡い恋心を、必死で隠した。


「フローラントの第一王女殿下、よろしければ一局、お手合わせ願えますか?」


カールの提案で、三人はチェスを楽しむことになった。盤上を戦場に見立てた、静かな頭脳戦だ。


「では、遠慮なく。ナイト(騎士)をこちらへ」


マルガレーテの指し手は鋭く、大国の王子二人を相手にしても一歩も引かない。

ジークフリートは、彼女のチェス捌きにますます深く惚れ込んでいく。そして、密かに一計を案じた。ジークフリートは自分の手番の際、マルガレーテにしか分からないよう、駒の動かし方にある規則性を持たせたのだ。


(……え?これは、アルビオンの古い暗号……?)


マルガレーテの美しい眉がかすかに動いた。ジークフリートが盤上に描いた軌跡は、こう告げていた。


『君をこの国から連れ出したい。僕の国へ来てほしい』


マルガレーテは胸の高鳴りを覚えた。まさか、出会ったばかりの大国の王太子が、自分にこれほど情熱的なメッセージを仕掛けてくるとは。


けれど、自分と第二王子カールの縁談が壊れなければ、それは叶わない。


マルガレーテはふっと妖艶に微笑むと、そっとキングの駒を滑らせ、返事を返した。


『私を奪うお覚悟があるなら、どうぞお望みどおりに』


(素晴らしい……!なんて強くて、愛らしい女性だ!)


ジークフリートは内心で狂喜乱舞していた。


一方、第二王子のカールは、二人の間に流れる妙な熱気に首を傾げつつも、マルガレーテの卓越した戦術眼に心からの敬意を抱いていた。


(兄上がこれほど熱くなるのも無理はない。フローラントの第一王女は、まさに国宝級の才女だ。彼女が私の妻になってくれるなら、これほど心強いことはないのだが……)


チェスを通じて、三人の間には奇妙な信頼関係と、秘密の計画が生まれつつあった。


しかし、この特別な空気を切り裂くように、あの忌々しい足音が近づいてくる。


「ずるいわお姉さま!私を仲間外れにして、綺麗なお兄様たちと遊んでる!ずるいずるい!」


トコトコと部屋に入ってきたのは、八歳になった四女のハイディだ。

彼女はいつものようにマナーレッスンをサボり、王宮をうろついていたのだ。カールの姿を見るや否や、ハイディは得意の涙を浮かべて父王の後ろに隠れた。


「可哀想なハイディを仲間に入れてあげなさい」


一緒についてきた父王が姉を睨みつける。ハイディはこれ見よがしにシクシクと泣き真似をしながら、王子たちに縋りついた。


「実は私、お姉さまたちにいつも苛められてるの……。お兄様たち、ハイディを助けて?」


上目遣いで涙を流すハイディの色仕掛け。

万に一つ、脇のあまい男なら騙されるかもしれないが、チェスでマルガレーテの気高い精神に触れたばかりの二人は、このあからさまな茶番劇に、強烈に引いていた。


(……何だ、この品性のない子供は?本当にマルガレーテ殿下の実の妹なのか?)


ジークフリートは露骨に顔をしかめ、カールもまた、愛想笑いの裏で不快感を募らせていた。

しかし、何も知らないハイディは(ふふん、これでこのイケメン王子二人も私のものね!)と得意げに笑う。小鼻膨らんでるよ、王女様…。


その様子を見ながら、マルガレーテはジークフリートと視線を合わせ、小さく頷いた。


(カール様には申し訳ないけれど、あの子が彼を欲しがってくれるとは、好都合だわ)と、姉たちの反撃のパズルが、ここから静かに繋がり始めるのだった。

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