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2.ずるいお猿の誕生

あの幸せな子供部屋から、四年の歳月が流れた。

フローラント王国の王宮では、三人の王女たちがそれぞれの才能の片鱗を見せ始めていた。


長女のマルガレーテは十二歳。王太女としての自覚を胸に、誰とでも物怖じせず話せる社交的な美少女へ。


次女のロッテは八歳。相変わらず時計の歯車や精巧な機械の仕組みに夢中な日々。


三女のエマは六歳になり、お母様の遺品である刺繍針を使って、大人顔負けの美しい刺繍を刺すようになっていた。


そして、四歳になった四女のハイディは……。


「お姉さま、それ素敵ね。ずるいわお姉さま、ずるいずるいずるい! そんな綺麗な物を持ってるなんて。ちょうだい!」


バタン、と大きな音を立ててエマの勉強部屋に入ってきたハイディは、開口一番にそう叫んだ。


エマが小さな手で一生懸命に仕上げていたのは、亡き母親が遺してくれた、美しい百合の刺繍が入ったハンカチだ。


「……え?ハンカチ?だめよ、これはお母様の……」

「嫌よ!ハイディのほうが似合うもん!お姉さまはケチね!」


ハイディは短い足をバタバタと踏み鳴らし、大声で泣き喚き始めた。


その騒ぎを聞きつけてやってきたのは、父親である国王レーモンだ。彼は最愛の妻を亡くした反動からか、母親の顔を知らない末娘のハイディを、文字どおり目に入れても痛くないほど甘やかしていた。


「これ、エマ!お前は姉だろう。そんなに欲しがっているのだから、可哀想なハイディに譲ってあげなさい」

「ですが、お父様、これはお母様の遺品で……」

「言い訳をするな! 幼い妹を苛めるなど、王女として恥ずかしくないのか!」


(どうして……? 私は、お母様の思い出を大切にしていただけなのに……)


六歳のエマの胸に、冷たい棘が突き刺さる。結局、ハンカチは父王の手によって奪われ、ハイディの小さな手に渡ってしまった。

ハイディは涙をぴたりと止めると、ニタァと口の端を吊り上げて笑った。


(ふーん。泣いて『ずるい』って言えば、何でも手に入るのね)


幼い少女の心に、歪んだ悪知恵が芽生えた瞬間だった。


数日後、今度は八歳のロッテが被害に遭った。

姉妹でのマナーレッスンを兼ねたお茶会で、ロッテが自分で組み立てた最新の万華鏡を姉たちに見せていた時のことだ。


「わあ、本当に綺麗ね、ロッテ!」


マルガレーテが筒を覗いて感嘆の声を上げていると、またしてもトコトコとハイディが足音を響かせて現れた。


「ずるいわお姉さま!そんなに綺麗なもの、ハイディにちょうだい!」

「ハイディ、これは私が部品を組み合わせて作った大切なものなの。色ガラスが入ってて壊れると危ないから……」

「ずるいずるいずるい!お姉さまたちだけで仲間外れにするんだわ!お父さまぁー!」


またしてもお決まりの手口だった。


駆けつけた父王に叱責され、ロッテの万華鏡も、さらにはマルガレーテが愛用していた美しい装飾の万年筆も、すべてハイディの「おねだり」という名の強奪の下に奪い去られていった。


そして数日後。


姉たちの宝物は、すべて庭の片隅で無残にバラバラに壊された状態で見つかった。

刺繍ハンカチは泥まみれで引き裂かれ、万華鏡は叩き割られ、万年筆はペン先がへし折られていた。


「……ひどい……。あんなに欲しがっていたのに、どうして……?」


壊れた万華鏡を拾い上げ、ロッテの瞳から悔し涙がこぼれ落ちる。


その様子を、物陰からじっと見つめている視線があった。

ハイディだ。彼女は、姉たちが自分のしたことで傷つき、悔しがっている表情を見た瞬間、ゾクゾクとするような暗い快感に小さな肩を震わせていた。


(あはは!お姉さまたち、変な顔!いい気味だわ!)


その醜い笑顔を見たとき、十二歳の長女マルガレーテは、ある事実に気づいた。


(……あの子、欲しいのは『物』じゃないわ。私たちが大切にしているものを奪い取って、私たちが悔しがる顔を見るのが堪らなく好きなのね)


ハイディが欲しいのは、姉たちの幸福を破壊したという優越感。

甘やかされた末娘は、ただの我が儘な子供ではない。人の心を弄ぶ歪んだ存在へと育ちつつあった。


「ロッテ、エマ、もう泣くのはお止めなさい。」


マルガレーテは二人の妹の肩を優しく抱き寄せ、その青い瞳に知性の光を宿してニヤリと微笑んだ。


「あの子が欲しいのは『物』じゃない。私たちが大切にしているものを奪い取って、絶望する顔を見るのが堪らなく好きなのよ。だったら、これからは『あの子に奪わせるための偽物の宝物』だけを表に置いておきましょう」

「……偽物の、宝物?」


涙を拭ったロッテがパチクリと目を丸くする。マルガレーテは妹たちの耳元で、楽しげに囁いた。


「ええ。あの子の目は節穴よ。私たちが『これだけはダメ!』と必死に隠すフリをすれば、中身がゴミ同然のガラクタでも、極上の宝物だと思い込んで勝手に奪っていくわ。本物の宝物や、私たちが本当に大切にしたい技術、お金、そして人脈は…あの子の決して届かない『裏』で、静かに、確実に育てていくの」

お猿に人間の言葉は通じない。なら、檻の外から極上のエサ(罠)を投げ込んで飼い殺してやればいい。

「……お姉様、それ、すっごく面白そう!」

「エマも、ハイディ専用のお洋服、いっぱい用意する……!」


怯えていた妹たちの瞳に、今度はいたずらっぽい輝きが灯る。

こうして三姉妹の秘密の作戦…ハイディを盛大にピエロにする『ダミーおもちゃ作戦』が、静かに幕を開けたのだった。

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