1.お母様の遺した天使
「わぁ……!見てロッテ、エマ! とっても可愛い赤ちゃんよ!」
フローラント王国の王宮の一室に、鈴を転がしたような愛らしい歓声が響き渡った。
声の主は長女で、この国の王太女でもあるマルガレーテ。若干八歳にして、流れるような美しい金髪と、聡明さを感じさせる深い青の瞳を持つ美少女だ。
彼女が大事そうに抱き抱える揺りかごの中を、二人の妹が身を乗り出して覗き込んでいる。
「本当だわ、お姉様! おててがとっても小さくて、まるで紅葉みたい!」
四歳になる次女のロッテが、きらきらと目を輝かせた。彼女は生まれつき手先が器用で、最近は時計の歯車や小さなおもちゃの仕組みに興味津々な女の子だ。
「ふにふに、ちてる……。おかお、真っ白…ちゅるちゅる…」
二歳になったばかりの三女、エマも、小さな人差し指で赤ちゃんの頬に触れようとして、壊れ物を扱うようにそっと手を引いた。彼女はまだ言葉がおぼつかないものの、綺麗な刺繍や色彩豊かな絵の具が大好きな、感受性の豊かな子だった。
三人の姉たちに囲まれて、すやすやと眠っているのは、生まれたばかりの四女、ハイディ。
フローラント王国は、豊かな金鉱山を保有する非常に裕福な小国だ。財政の心配などないこの国で、新しいお姫様の誕生は本来なら国を挙げた大祝福に包まれるはずだった。
しかし、部屋を包む空気には、どこか寂しげな影が混ざっている。
なぜなら、彼女たちの母親である王妃は、この四女ハイディを出産した直後、帰らぬ人となってしまったからだ。
「……う、うう……。お母様……どこにいっちゃったの……?」
不意に、四歳のロッテの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
それにつられるようにして、二歳のエマも「ふえぇ……」と顔を歪め、マルガレーテのスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
まだ幼い彼女たちにとって、母親の不在という現実はあまりにも重く、悲しいものだった。
(……泣いてはダメよ、マルガレーテ。私は長女で、この国の王太女なのだから)
マルガレーテは胸の奥で、きゅっと自分を律した。
本当は、八歳の彼女だって大声を上げて泣き出したい。お母様に抱きしめてもらいたい。けれど、自分がここで崩れてしまえば、幼い妹たちはどうなってしまうだろう。
父王レーモンは、最愛の妻を亡くした喪失感から、自室に引きこもってしまっている。
今、この子たちを守れるのは自分しかいないのだ。
マルガレーテは優しい微笑みを浮かべると、空いた片腕でロッテとエマをそっと抱き寄せた。温かい体温が、お互いの不安を消し去るように伝わっていく。
「ロッテ、エマ。泣かないで。お母様はね、お星様になって、いつでも私たちのことを見守ってくださっているわ」
「……本当……?お姉様……」
「ええ、本当よ。だからね、お母様の代わりに、私たち三人でこの小さな妹を、いっぱいいっぱい愛してあげましょう。寂しくないように、私たちが素敵なお姉様になるの。ね?」
マルガレーテの真っ直ぐな言葉に、ロッテは涙を拭い、力強くこくりと頷いた。
「うん……!私、お姉様になる!ハイディが大きくなったら、たくさんおもしろいおもちゃを作ってあげるわ!」
「エマも……ハイディに、綺麗なお洋服、つくるの……!」
妹たちの頼もしい言葉に、マルガレーテは心から救われるような気持ちになった。
揺りかごの中のハイディが、まるで姉たちの会話を聞いていたかのように、ふにゃりと愛らしく微笑む。
「ふふ、見て。ハイディも喜んでいるわ。お母様が遺してくれた、私たちの可愛い天使。みんなで絶対に、幸せになりましょうね」
この時、姉たちの心にあったのは、ただ純粋な「家族への愛」だった。
三人で手を取り合い、この小さな命を大切に育てていこうという、確かな決意。
彼女たちはまだ知らない。
この愛らしい「天使」が、後にすべてを欲しがる恐ろしい「ずるいお化け」へと変貌を遂げてしまうことを。
悲しみを乗り越えた子供部屋には、穏やかで幸せな時間が、確かに流れていた。




