一方その頃シュラナさん。 その三
シュラナとカナネは、冒険者ギルドのトップであるマロリックと共に、イーチの村の村長の家を訪ねていた。
「怪しい人物を見かけた?」
マロリックがそう聞き返した。
「ええ。森の中で黒ずくめの服を着た人物を見かけたと、複数人が申しております」
汗の滲んだ頭部を拭きつつ、村長はそう答える。
「どのような人物でした?」
「さぁ、しっかりとフードを被っていたようで、人相のようなものは把握できなかったそうです」
「それはいつ頃?」
「ここ数日、何度も」
それは怪しい。罠ではないか。
三人は声を潜めて話すが、ここで手をこまねく選択肢はなかった。
村長の家を離れ、巨大樹の茂る森へと入る。
自然と選定されたようになったそこは、木漏れ日が暖かく気持ちが良かった。しかし地面には緑鮮やかな苔が所々に生え、瑞々しい。
それを踏んでしまうには惜しく、少し慎重になって三人は歩いた。
そうして、まるで待ち構えていたかのように、人影が躍り出る。
「……貴様か?」
マロリックが低い声で問い掛ける。
カナネは一歩下がり、様子を窺う。
シュラナは既に、剣を構えていた。
(いつものスタンスでいる余裕は、ないかもな)
シュラナはそう感じた。
キアの前で見せた、長い口上や大袈裟な技の名前は、余裕の表れであった。
けれど、こうして対峙をする黒ずくめの人物は、その余裕を持たせてくれない鋭い殺気を放っている。
概ね善良であるキアの前には立たせたくない相手だな、とシュラナは思った。
黒ずくめの人物は、口を利こうとしない。
「私たちは、まんまと術中に嵌ったようだな」
それは陽動と言って面があるのだろう。マロリックだけではなく、二人もそう感じていた。
「違うな」
黒ずくめの人物が、声を発する。若い男の声だった。
「我らは、〈オルトロスの牙〉。貴様らに、我らの力を見せるために、ここにお越しいただいたのだ」
尊大な物言いに、シュラナは眉を顰めた。
「それは、勇者に言っていい台詞ではないな」
自信満々にそう返す。
フードから覗くその口元が、僅かに弧を描いた。
黒い手袋が水平に伸びる。細くしなやかなその腕が薙ぐように振るわれた。
突風。カナネがたまらずバランスを崩す。
「きゃっ!?」
「カナネっ、大丈夫かっ!?」
「は、はい。大丈夫です。木の陰にいますから、私の心配はしないでください」
その声を聞いて、シュラナは躍り出る。
間合いを一瞬で詰めると、横一線に剣を振るう。
背後に跳んで躱されるが、その着地点には幾つもの氷柱が振り注いだ。
杖を振るったマロリックの魔法だ。冷気でもって空気中の水分を凍らせた一撃。それら命中したかに見えたが……。
「っ!? 何だッ!?」
突風が戻ってきた。気が付けば、目の前には狼のような、黒い靄を身に纏った存在が居た。あれは、凶暴化したモンスターか? シュラナはその異形に、微かに首を傾げた。
「君達の相手は、彼にしてもらおう」
風が吹き、黒い服がひらひらと舞う。それすらも、モンスターの纏う黒い靄のように消えていく。
およそ自分たちの理解が及ばない存在に遭遇し、彼らはしばし、モンスターと相対したまま動けないのだった。




