ツッコミ 89 〜イルカに乗ったネコ〜
ニコニコとした笑顔を浮かべている――ように見えるシロイルカに跨り、ボク達は輝かしくも温かみのある豊かな色彩に彩られた宇宙の中を駆け抜ける。
シロイルカは思うがままに泳いでいるようで、お腹を軽く蹴っても、背中を叩いても、行先をコントロールすることはできないようだ。
「此処は、本当に宇宙なのでしょうか」
「アリシアは、なにか疑問に思うことはあるの?」
「息ができるのなんて、おかしいではありませんか」
「ティアマトでも息って必要なんだ」
「光合成に何が必要か、お解り?」
「光」
すっごく残念なものを見るような視線を背後から感じる。
それよりも、だ。生前はついぞ叶うことがなかった自転車の後ろに女の子を乗せて走るという夢。それが擬似的に叶ったようでなんだか嬉しい。タンデム。オー、タンデム。
「もっと頭の良い魂が入ればよろしかったのに」
ガッデム。
「そういうアリシアさんは、頭がよろしくて?」
「なんですの、その言い方。マスターピースの所有知識に、良いも悪いもありません」
「じゃあ、素因数分解ってなんでしょう。適当に問題を作ってやってみて」
「これはまた、古い言葉が出てきましたわね。マスターピースはすべての計算が行われた結果を所蔵しているのです。それをアップデートすれば、そのような計算を行う必要はありません」
「できないんだ」
「必要がないのです」
この議論は平行線になるだろうから、話はここまでにしておこう。
マスターピース、か。なるほどね。それが一つの最高傑作であって、それ以上の発展は望まない。まさしく、今あるものを世界にもたらし、侵略していく兵器だと。
「そんな難しい話はやめにしよーぜ。それよりこのイルカ、やたらと回るな」
「あー、確かに旋回というか、まっすぐ進むことはあまりないみたいだね。ルート、こっそり会話をして操っているんじゃない? ほら、人には伝わらない鳴き声で」
「にゃーん」
全くの無反応。鳴いたルートが恥ずかしそうだ。
「これは、チェックポイントに向かうというには、少々回り道が過ぎるのでは?」
各々がそう感じ始めると、その胸に嫌な予感というものが舞い降りてくる。
まさか……、いや、でも……、もしかして?
そう思っていれば、すぐ目の前に答えが迫る。
「駅じゃねーか!」
ルートがそう叫び、ボク達は再び、見覚えのある駅へと降り立った。
「アリシア、あの宇宙に怪しいところはあった? サーチみたいのはないわけ?」
「深く探したわけではありませんが、なにか物体があるようには見えませんでした」
「じゃあ、チェックポイントは目に見えないのか?」
欠伸をしながら問うルートに、ボク達は答えを返せない。
シロイルカはふよふよと周囲を漂って、ボク達が乗るのを待っているようだ。しかし、また乗ったとしても目的の場所に向かえるとは限らない。
「ひとまず、待合所に行ってみよう」
僕の先導で、屋根と椅子があるだけの簡素な空間へ入る。コの字に囲む壁はあるものの、所々が錆びて穴の開いたトタン製。
時刻表はあるものの、おそらくボクらがやってきた電車の到着時間しか書かれていない。けれど……。
「駅の名前が、いくつかある?」
一番上に書かれた駅名は、ハゴイタ星雲。
それはたしか電車のアナウンスにあった名前だ。ということは、星雲に行くというわけではなく、星雲という名前の駅へ向かう列車だった、ということ? つまり、此処は宇宙ではない?
「此処がハゴイタ星雲という駅なら、ここは宇宙ではないのかな?」
「いえ、此処は確かに宇宙です。マスターピースとの距離から考えて、そう判断するしかありませんわ。……もしかしたら、電車というものに乗ったからこそ、こうして宇宙でも活動できる?」
「そういう考察は後でもいいだろー。真面目だなぁ。それよりもさ、ハゴイタ星雲の次はタコアゲ星雲ってなっているけど……、あ、待て! なんか時刻が表示されたぞ!」
ルートの言葉に反応して、ボク達は時刻表へ視線をに向けた。ハゴイタ星雲の隣に書かれた時刻は、十二時。対してタコアゲ星雲の隣には十二時三十分。
そして――。
『まもなくホームに快速が進入します。白線より内側に入らぬよう、ご注意を』
電車が駆け抜けていった。
「まさか」
「まさか、ですわね」
「まさかだな」
まさか、これはシロイルカを操作して、電車よりも速く駅に着くレースなのか!?




