港湾役人「おーい、パスファインダー水産の組合長さんはこちらかねー?」マリー「あの、パスファインダー商会の商会長です……」
お魚いっぱい売れたよ! 今回も最後にいい商売が出来ました。
第四作、マリー・パスファインダーの英知と決断、今回が最終話です。
極光鱒の競りは目論見以上の大盛況となり、最も高い個体は一尾で金貨500枚を越えてしまった。気をつけないと金銭感覚を破壊されそうだ……こんなに儲かるとは思わなかった。
フォルコン号は中央波止場を離れ、港の片隅の錨地に落ち着いて夜を迎える。
大儲けの後でマリー商会長は船員達に三日間の休養と大判のボーナスを振舞った。それで皆陸に降りてしまったんですけれど、これって一ヶ月前の二の舞なんじゃないですかね。
またスヴァーヌ人の幼い兄弟が船に忍び込んで来たらどうするのだろう。
いやお腹を空かせた子供ならいいけど、昼間の大儲けの売り上げを当て込んだ強盗か何かが押し寄せて来たらどうしよう。何だか急に不安になって来た。
まあ、ファウストは残っているから何かあっても大丈夫……などと思っていたらそのファウストが、旅行鞄を抱え帽子を被って士官室から出て来た。
「お世話になりました……私はここで降ります。この船賃を受け取ってはいただけませんか?」
ああ……やっぱりなあ。このおじさんがフォルコン号の乗組員になってくれたら目付け物だと思ってたんだけど、そんな美味い話は無かったようだ。
「そんな事をおっしゃらずフォルコン号の仲間になって下さいよ。或いはどこか行きたい所があるんですか? 良かったら話して下さいよ、ファウストさんにはお世話になりっぱなしですし」
「私は金貨30,000枚の賞金首です。私を乗せていたらフォルコン号もその乗組員もお尋ね者になりますよ」
「……ロビンクラフトさんとして生きる訳には行かないんですか?」
私は立ち上がり舷門の方へ先回りする。まあ私がこの人を無理やり押し留められる訳はないけれど、もう少し聞きたい事があるのだ。
ファウストは……私に向かって差し出していた小さな皮袋を懐に戻しながら、溜息をつく。
「そのくらいで賞金から逃れられるなら、どんな凶悪犯も苦労はしませんよ。貴女はいいんですか? 世の中がそんな甘かったら」
「世の中……ですか」
「もう一度言いますが私の賞金は金貨30,000枚ですよ。大変な額だと思いませんか。それはつまり、私のした事で泣いている人や怒っている人達が、誰かに仇を討ってもらいたい人達が、沢山居るという事なんです」
ファウストは事も無げに微笑んでそう言った。
私も世の中のそういう理屈は解っているつもりで居る……だけど結局の所、私は愚かな小娘なのだ。
私の父はレイヴンでは指名手配犯である。恐らく賞金もそれなりに掛かっているだろう。そして実際父はろくでなしだ。だけど……私にとっては世界一のヒーローでもあって。
アイリさんやカイヴァーンだって一時期は賞金を掛けられていたのだ。アイリさんは借金を踏み倒した人として、カイヴァーンは海賊団の跡取りとして手配されていた。本人達はこれといって悪い事はしていないのにである。
ファウストとの出会いは洋上でのトラブルだった。付近を航海していた船が突如炎上したのだ。幸い火は消し止められたが、その時に犯人として吊るし上げられたのが彼である。
トラブル自体は下らないが洒落にならない物だった。船旅に退屈している少年に向けた彼の善意が、乗客を巻き込む大事故を引き起こしたのだ。
その時ファウストは事故を起こした少年を庇い、笑って死のうとした。
「だけど私には、ファウストさんがそこまでの悪人には見えないんです」
「それは残念ですねぇ。船長さんならきちんと人の善悪を見破らないと。乗組員の皆さんの安全にも関わりますよ? さあ、そこを空けて下さい」
はっきりとそう言われてしまっては引き下がるしかなかった。私は舷門から二歩離れる。ファウストは近づいて来てまた金貨の入った皮袋を差し出そうとするが、私は首を振って拒む。
「そうですか。それでは」
「皆に……うちの乗組員に伝える事とかありませんか?」
「いえ、別に」
「短い間だけど一緒に居たんですよ、何かあってもいいでしょう」
「サイクロプス号の仲間にも何も伝えてません。私、友達は居ないんです」
ファウストの言葉は、下らない事で膨らみがちな私の堪忍袋を刺激する。私は舷門を通り過ぎようとしていたファウストのコートの袖を掴む。
「待って下さいよ! 私だって後で皆に貴方の事話さなきゃならないんだから! うちは客船じゃないから乗船料はいただきません、だけど短い間でも仲間になった人には、友情の押し付けはさせてもらいます、皆に伝える言葉です、一言くらい下さいよ!」
ファウストは静かに袖を引き上げる。私とファウストでは40cm以上背丈が違う。袖はあっさり、私の手を離れて行く……
「ご存知なのでしょう?」
ファウストは眼鏡を押し上げる。その丸い金縁の眼鏡のレンズがウインダムの港の明かりを反射して発光し、ファウストの瞳を覆い隠す。
「尊敬する師匠とその家族、そして心の底から愛していた婚約者を殺された人間の人生は、決して元には戻らないんです。正直あの時……ジェンツィアーナ沖でそのまま死んでいたらどんなに楽だったか。私は生きている限り、大切な物を失った日の光景を思い出し苦しまなくてはいけないんですよ」
私は手を伸ばす事が出来なかった。
ファウストは舷門を越え、細い渡し板の上を歩き、ウインダム港の片隅の中小の商船が係留されている浮き桟橋へと降りて行く。
追い掛けようと思ったが、私の今の格好は真面目の商会長服、船酔い知らずの服ではない。足元がふらふらするし走って追い掛けたら渡し板から落ちそうだ。
「これから、どうするんですか」
私は舷側の手摺りを掴み、そうファウストの背中に語り掛けるのが精一杯だった。
「フェザント国王か、教王と刺し違える方法でも考えますかね……ああ勿論冗談ですからお気になさらず。まあ、山に篭って研究の続きでもしますよ」
ファウストは冗談めかした口調でそう言ってほんの少し横顔を見せた後は、振り返りもせず足早に桟橋を歩き去って行った。
私がふらふらと後ずさり、甲板に置いた折りたたみ椅子に崩れ落ちたのは、この軽い船酔いのせいではないと思う。
何と言うか……手も足も出なかった。
私の祖母の命を奪ったのは何かの病気であり、人間としての寿命であったのだと思う。祖母の年齢は60を超えていた。
だけど若く健康な家族の命を、誰か他の人間に奪われるというのはどんな気持ちなのだろう。
それが理不尽で一方的な理由によるものなら尚更だ。
ファウストとその師匠は大掛かりな実験装置を用いて地動説の正しさを証明しようとしていたのだと聞く……そしてその事を不都合とする一派に襲われたのだと。
「アアオゥ」
その時。折りたたみ椅子に沈み考え込んでいる私の元へ、ぶち君がやって来る……この子も留守番なのね。そりゃそうだ、怪我してるもの……だけどぶち君、だいぶ足取りも軽くなったような。
あれ? 今日は抱っこしていいの? 抱えますよ? いいのか……私は足元にやって来たぶち君を持ち上げ、膝の上に乗せる。
怪我はどうなんですか? 額と、後足……額の向こう傷は残っちゃったわね……足の方も毛並みには一筋の跡がついちゃったけど、歩くのに不自由ないくらいには治ったのかしら……これなら遠からず、元通り走れるようになるのかもしれない。
「良かったねぶち君……治りそうで」
「アーオゥ」
……
医者は専門外って言ってたけど、ファウストはこまめにぶち君の傷の手当てをしてくれていた。やたらと一緒に居るので、最初はただの猫好きかと思った程だ。
きっとファウストは、ぶち君があの日、フレデリクと一緒にサイクロプス号に乗り込んで来た勇敢な猫だと覚えていたのだ。
ファウストとその師匠や婚約者を襲った事件については……腹も立つし気の毒にも思う。だけど、ファウストは決して過去に囚われているだけの復讐者ではないのではないか。
あの花火もそうだ。彼は未来を担う子供達への豊かな愛情も持っているのだ。
「ごめんぶち君、ちょっと留守番してて!」
私はぶち君を甲板に降ろし、舷門を跨ぎ細い渡し板をヨロヨロと渡り、浮き桟橋の上を駆け出す。
「ロビンクラフトさん! 待って下さい!」
ファウストの背中はどんどん離れて行く……長い浮き桟橋の向こうには石煉瓦作りの波止場があり、どこにもたくさんの船が繋がれている。
桟橋にはあまり人気は無いが、波止場の方はちょうど夕食を取るような時間という事もあり、たくさんの出店や船乗り、人足、商人達で賑わっている。
ファウストは普通に歩いているように見えてとても足が速い。それでも何しろ背が高いので、人混みに入っても暫くは見えていたが。
「待って! ロビンクラフト!」
桟橋を駆け抜け、波止場の人混みの中に辿り着いた私は辺りを見回す。
髪の色、目の色、肌の色……恐らく文化や宗教の違う人々も。ウインダム港の波止場では、ありとあらゆる世界から来た人々が当たり前のように闊歩していた。
飛び交う言葉も様々だ……パルキアやディアマンテ、ハマームとはまた違う。
ここは限りなく平坦な土地に無数の水路が整然と並ぶ石造りの街。しかしその実態はあらゆる人々を飲み込む人種と文化の坩堝だ。
ファウストはその混沌の中に溶け込み、姿を消していた。
マリー・パスファインダーの英知と決断編はこれにて終了!
ですが、マリーの航海はまだまだ……いえ、もうちょっと続きます!
次回作で決定している事が一つございます……作中世界の最終話は12月18日、そう、新年が迫っております……マリーがいつも言っている、16歳になる時が、風紀兵団に追われる事なくヴィタリスに帰れるようになる日が、目前に迫っております。
次作のタイトルは「マリー・パスファインダーの帰還」か「マリー・パスファインダーの最後の挨拶」か……まだまだ予定は未定ではございます。
毎回の事ですが次作公開時にはこの第四作の奥付けページを作ります、どうかブックマークはつけたまま、ブックマークはつけたままでお待ちいただければ幸いです! 出来れば次作公開後もつけたままで……(小声)
どうか次作も引き続きお付き合い下さい!
そして……皆様! どうか御願い致します! この小説を読んで少しでも、少しでも良い時間であったと思えたら! 何卒、評価を、評価をぽちっと、何卒御願い致します!
時間の無駄だったと思われた方は……申し訳ありませんでした……次は良い小説と出会える事をお祈り致します……
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