魔人噂話「ぐおおおっ!? ゆ、勇者噂話め……このままでは……このままでは済まさぬぞぉぉぉ!」
間が空いて申し訳ありません、マリーがフルベンゲンから帰る間に、ストークで起きた出来事の続きです。三人称で御願い致します。
※普段の倍くらいの長さです……
ストークの首都イースタッド。王宮の東側にある迎賓館は国王一家の居館とも回廊で接続しており、普段は外交官が招かれるような場所ではない。
それは通常の外交官より大きな権限を持つ外交特使の場合でも同じである。迎賓館というのはあくまで賓客をもてなす場所であって、どんな高等職であれ労働者をもてなす場所ではないのである。
ストークの宰相エイギルがレイヴン王国の特使をこちらに招いたのは、少しでも相手を懐柔したいという意図があった。
十二月のイースタッドはただでさえ日照時間が短いのに、空は四日に一度ぐらいしか晴れない。今日も隙間なく敷き詰められた重く暗い雲から、時折ちらほらと粉雪が降りて来る。
もう二か月もこの町に居るレイヴンの特使に、少しでも機嫌を直して貰いたいと。エイギルはそう考えたのだが。
◇◇◇
「以前から申し上げている通り、我々は本国から送られた公使に過ぎん。こうした要求をしているのが私個人だと思って頂きたくはない」
レイヴンの外交特使ダグラスが新たに提示した、レイヴン外務省からの書簡。それにはレイヴン国王の署名がされており、その文面には様々な説明と僅かばかりの遺憾の意、そしてストークに対する批難と高圧的な脅し文句が並んでいた。その末尾に添えられた賠償請求金額は金貨99万4千枚。以前より金貨20万枚以上増えている。
「しかし率直に言って責任は貴国にある! 本国は強い調子で私に、私にだぞ? 一刻も早くストークに返答させろと迫るのだ! ハマーム王国での我が国の商業活動は著しく制限されたままで、中太洋から北大陸へ送られるべきレイヴンの船荷は時間のかかる南大陸航路を周る事を余儀なくされている、この状況が続いているのは何故か? ストークが態度をはっきりさせないからだよ!」
ダグラスはそう言って、机を叩く。
「し、しかし再三申し上げている通り友好国であるレイヴンの妨害をしても我々には何の利益もないのだ、万が一誰かが乱心してそれを企てたとしても、ストークには遠くハマームで政治活動をする能力もない……それに、断絶された家や家名の変わった家も含め三百年分は遡って調べたが、我が国に爵位を持つグランクヴィストという家のは無いのだ、ハマームで貴国の外務官を誘拐したのは、ストークの名を騙る盗賊の類いではないかと……」
フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストについては、エイギルは未だ何も情報を持っていなかった。
その男をレイヴンに先んじて捕えるよう、僅かな期待を込めストークの切り札と言えるロヴネル提督を内海に送り出したのは二か月前……しかし二か月ではハマームまで行って帰れるかも怪しく、さすがのロヴネルからもまだ連絡は無い。
ダクラスは再度、机を叩く。
「最新の知らせにはそのフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストがプレミスで目撃されたとある! おおよそ二週間前の話だ、その姿はハマームで目撃された時と変わらぬ物であったと! 貴殿は解っているのか!? ストークのフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストは今もレイヴンの鼻先を掠めるように飛び回り、ハマームは我が国に批判の目を向けたまま、我が国の中太洋での商業活動は著しい不利を受けたまま、これが現在の事実である! 貴国が! 我が国へ謝罪して損害賠償を支払い、ハマームにも事情を説明し我が国が無実である事を保証し、彼等と中太洋を結ぶ路線を我が国に解放するまで! 我が国の損害額は……増え続けるのだ」
「そ、それは……そんな……!」
エイギルは驚愕に目を見開く。レイヴンはここに来て自国への賠償金の増額だけでなく、ストークからハマームへの、レイヴンの為の賠償を上乗せして来たのだ。
「……まあ、私個人としてはこれは貴国にとって過酷であると考えざるを得ぬ。しかし再三言うように、私は本国からの指示を伝えているのに過ぎぬのだ。私は幸いにしてこのイースタッド逗留を楽しませてはいただいて居るが……私の逗留が長引く事は、貴国にとって良い事だとは思えぬのだよ」
ダグラスはゆっくりと立ち上がり、手を後ろに組んだまま窓辺に歩み寄る。
「どうかね? そろそろ覚悟を決められては」
ダグラスは勿体ぶった様子で、嫌な微笑みを浮かべながら振り返る。
エイギルはどうにか顔を上げ、呻くように言う。
「ヘルマン二世陛下の叔父、レンネフェルト公の孫娘マリー公女は公爵家の一人娘ではあるが……メドヴェーチのさる高家より縁談を頂いている……」
これははったりである。最近まで居ない事にされていたマリーに縁談など無い。
「……ほう?」
「しかし今後の国際関係を考えれば、また温厚篤実で優しいマリー嬢の性格を考えれば、彼女はもっと明るく健やかな国……例えば貴国のような国に嫁がれる方が、幸せになれると私は考えている……貴殿はどう思うだろうか」
ダグラスは再び窓の方を向き、暫く無言でいたが。
「そのお話はここまでの交渉とは別に個人的に承ろう。いや、勿論本国に連絡し前向きに検討して貰うとも。そうだな……そういう縁もあれば、シーグリッド姫にもより安心して我が国に嫁ぐ事を御検討いただけるのではないかな?」
この返答はエイギルも予想はしていた。公爵令嬢の縁談は歓迎するが、あくまでレイヴンの王子に釣り合うのはシーグリッド姫、ダグラスはそう言うに違いないと。しかしエイギルとしてはこの危ない綱を渡るしかない。そしてエイギルが次の言葉を発しようとした、その瞬間。
―― バーン!
突如。迎賓館の会見室の、両開きの扉が開いた。
ここは重要な場所でこれは重要な会議なので、扉の向こうには当然衛兵が居る。だから扉が急に開くなどという事は無いはずで、万一この場面に急な来客があったとしても、まずは担当の官僚が話を聞いて取り次ぎ、静かに扉を開けてその事を報告しに来るはずなのだ。
しかしそんなセキュリティも、国王のお転婆な一人娘を止める役には立たなかった。
「お邪魔致しますわレイヴンの御客様。私、シーグリッドと申します」
ダグラスは振り向いたまま口を半開きにしていた。エイギルは椅子から立ち上がり慌てて振り返る。
「姫、いけません、今は大切な外交会議の途中なのです」
エイギルの止める素振りにも気を留めず、歩きやすい庭園用の紺色のドレスに身を包んだ王女、シーグリッドは一人の伴も連れず現れ、堂々と会見の机に歩み寄る。
ダグラスもさすがに慌てて席の近くに戻り、慇懃な礼を捧げる。
「レイヴン国王の代理人、ダグラス・ホールトンと申します。まさか王女殿下に御目通りが叶うとは思いもよりませんでした」
エイギルは真っ青になっていた。シーグリッド姫は聡明な少女なのだがその知恵と勇気が先走る事があり、何をしでかすか解らない怖さがあるのだ。
「ダグラス様。レイヴンを離れて二か月もイースタッドで生活するのは大変だったでしょう? ご家族はいらっしゃいますの?」
「え、ええ、国に妻と子供が四人、一番下は生まれて半年程で」
「まあ! 素敵ですわ、私、兄弟も姉妹も居りませんのよ。四人も居たらさぞや賑やかなのでしょうね!」
「はは、一番上の子は12歳で、うるさい盛りですな」
「きっと皆様ダグラス様の帰りを首を長くして待ってると思うわ。エイギルおじさま。いいじゃない、レイヴンの王子様が私とお見合いをしたいとおっしゃって下さっているのでしょう?」
その瞬間。エイギルは心臓が締め付けられる思いに言葉を失った。
宰相でもあるがシーグリッド姫の教育係の一人でもあったエイギルは、長年シーグリッドの近くに仕えて来た。
姫は少々お転婆でもあるが、聡明で勇敢な素敵な淑女に育ったと思う。その姫が今、ストーク王国の為に自分の身を投げ出そうとしているのだ。少なくともエイギルはそう考えた。
しかし。
「それより! 私、あの方の話をさせていただきに来ましたの!」
シーグリッドはそう切り出した。
「あの方?」「あの方……」
やや桃色がかった長い銀髪、白く透き通る艶やかな肌、ストークの女性としてはやや小柄な姫君シーグリッドはその青い瞳を閉じ、両手を胸の前で組み合わせる。
「フレデリク様! フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト様ですわ! ダグラス様もエイギルおじさまも、フレデリク様の話をしてらっしゃるのでしょう!?」
「なっ……!」「姫!? お待ちを!」
ダグラスが、エイギルが叫ぶがシーグリッドはまるでそれに構わず、くるりと踊るように一回りして語り出す。
「フレデリク様は秘密のヒーローなのよ、だからいつもアイマスクをして帽子を被ってますの! みんなその正体を知らないんですの! だけど私、マリーから聞きましたのよ!」
フレデリクは多くの場面でアイマスクをしているらしい。その情報はダグラスが持っている情報と一致する。
「フレデリク様はすらりと背が高いの! 髪の毛は南の森の梟のような白い艶のある茶色なんですって、青いジュストコールを着ていて、色白で肌が綺麗で笑顔が眩しいのよ!」
「お……お待ち下さい、シーグリッド姫」
ダグラスの情報ではフレデリクの身長は170cm、背が高いという程ではないし、髪は金髪だと言われている。
しかしダグラスが聞きたいのはそこではなかった。
「まず……貴方の宰相、エイギル閣下はこれまでずっと、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストという人物は実在しないとおっしゃって参りました。グランクヴィストという子爵家は無いのだと。それはどういう事なのでしょう?」
「ダグラス殿! 王女への直接の質問はやめていただきたい、我が国の王家の尊厳を毀損するのであればいくら貴殿でも」
「おじさま! 私がダグラス様とお話ししてるのよ!」
これ以上シーグリッドに話させたくないというエイギルの抵抗も、シーグリッドの反発により不発に終わる。
そのシーグリッドがエイギルを沈黙させて何を言うかと思えば。今度は小さな羽扇を広げて口元を隠し、何かを勿体ぶるような仕草をしてから、ようやく語り出す。
「何からお話ししましょうかしら……そうね……そもそも、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストというのはアイビス人作家ナリトーが書いた少女小説『夢とはな』に出て来る、ストークの子爵家の四男坊でアイビスに留学中、そういう設定の登場人物の名前なのですけれど」
シーグリッドは両手を腰に当て、澄ました顔でそう言った。
「……もしかして、おじさま達は御存知ではございませんでしたの?」
二人の男は最初、ただ唖然として口を開けている他は無かった。
この時まで、ストークとレイヴンの外交問題に関わる全ての男達は、一人としてその少女小説の存在を知らなかったのである。
「つ、つまりッ……フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストというのは間違いなく偽名であると、その存在も、ストーク人であるかどうかすらも怪しいものだと、ハマームでレイヴンの外交官を身代金目的で誘拐したのは、そういう偽名を名乗る、我が国とは何の関係も無い盗賊だという事ですな!?」
エイギルは立ち上がり、晴れ晴れとした顔でシーグリッドとダグラスを交互に見る。ダグラスは驚きに見開かれた目をエイギルの視線から背ける。
エイギルは愉快だった。この二か月間、この男には散々やり込められたのだ。この男が机を叩く度に自分は恐縮したふりをしなくてはならず、この男の言う無理難題に理解を示すふりをしなくてはならなかったのだ。
それにしてもシーグリッド姫も人が悪い。そんな大事な事を知っていたら何故今まで教えてくれなかったのか。しかしそれもこれで終わりだ。勝利はもう目の前にある……エイギルは密かにそう思った。しかし。
「酷いわおじさま、フレデリク様は盗賊なんかじゃないのよ。それにストーク人なのは間違いないわ、そして実在する英雄なんだから」
シーグリッドはそう言って不機嫌そうに腰に手を当て頬を膨らませる。今度はエイギルが驚きに目を見開き、自分を見返して来るダグラスから慌てて目を逸らす。
「ほほう……それはどういう事なのでしょう……王女殿下?」
ダグラスは横目でエイギルを睨みながら、シーグリッドの方に向き直る。
「12月5日というから、8日前の事よ。スヴァーヌの北部のフルベンゲンという町を海賊アナニエフが14隻の艦隊で襲おうとしたの……たった今入った情報だから、ダグラス様もエイギルおじさまも知らなかったのでしょう?」
シーグリッドは楽しくて仕方ないという顔をしていた。
一国の王女である自分はいつも皆に大事にされてはいるが、大抵の情報は人より遅くしか教えて貰えず、自分はいつも真実からは遠ざけられている。マリーがスヴァーヌの辺境に居る事だって、最近まで誰も教えてくれなかったのだ。
しかしどうやら自分が語ろうとしている情報はまだエイギルもダグラスも知らないようだ。自分は知っているが重臣達は知らない事。こんな事は滅多に無い。
一方のエイギルは、アナニエフという海賊がマリー公女の身を狙いフルベンゲンを襲おうとしていた事は知っていた。しかし彼女を救う為に派遣した軽装の騎士団が到着したのは、現地勢力によって海賊が打ち破られた後だったと。そしてエイギルはその先を読む前に報告書を閉じてしまっていたのだ。
まさかそんな事になっていたとは、想像も出来なかったからである。
「その海賊と戦ったのは、レイヴン海軍なんですって。レイヴン海軍側は3隻しか居なかったそうよ、だけどとても勇敢に戦って、海賊を打ち破ったんですって」
シーグリッドは話をそこで一旦切る。ダグラスの顔に会心の笑みが浮かぶ。
「レイヴン海軍は同盟国の為に戦うのです。口約束だけして助けには来ないコルジアやアイビスの腰抜け共とは違う!」
それ見た事かとばかり、ダグラスは堂々とエイギルに顔を向ける。エイギルは顔を背けてしまいたかったが、ここは愛想笑いをするしかなかった。
シーグリッドは続ける。
「フルベンゲンに海賊が襲来した時、そこに居たレイヴン海軍の軍艦はたった1隻だけだったの。だけどその時、フルベンゲンにはそのレイヴンの艦長さんの友達が居たの……それがフレデリク様だったのよ!」
「い……今、何と?」
ダグラスは半笑いのまま、シーグリッドに向き直る。
その瞬間、エイギルは稲妻に打たれたかのように震え、懐の報告書を素早く取り出し、読むのをやめていた次の頁をめくる。
「おじさま!? ずるいわ、何でそんなものを隠し持ってらっしゃるの!」
たちまちその動きに気づいたシーグリッドの抗議にも構わず、エイギルは震える声で報告書を読み上げだす。
「レイヴン海軍グレイウルフ号とその艦長マイルズ・マカーティはたまたまフルベンゲンに寄港していた武装商船、フォルコン号船長で友人であるフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストに協力を要請し、グランクヴィストはそれを快諾して彼の友人のホワイトアロー号船長ロビンクラフトと共にフルベンゲン防衛戦に加わったッ……」
エイギルの震えは声だけに留まらなかった。腕も。肩も。唇も。そして笑みとも憤怒ともつかない表情を浮かべたまま……エイギルはダグラスに真っ直ぐに向き直る。
「これはどういう事ですかな?」
「い、いや、私は何も……」
「まあ、まずは目出度い! スヴァーヌの港町フルベンゲンを襲おうとした海賊は貴国の海軍が打ち破り、町には平和がもたらされ、フルベンゲンの人々は貴国の海軍とマカーティ艦長に大変感謝しているとの事です! スヴァーヌは我が国にとっても友好国、これは大変に目出度い!」
「う、うむ……そのようではあるが、しかし……」
「貴殿が我が国の手先だとおっしゃるフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストは、貴国の海軍艦長の友人、いや親友だったようですな! 14隻ですよ! 海賊はキャラック船4隻の他ガレオン船やジーベック船を含む大艦隊、一方グレイウルフ号はコルベット艦に過ぎなかったと、そのグレイウルフ号側について戦おうと言うのです、フレデリク船長はそのレイヴン海軍艦長の……大親友なのではないですかな!?」
そのレイヴン海軍艦長の大親友のフレデリクがした事で、何故ストークが賠償金を払わなくてはならないのか?
しかもフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストは偽名だ。それは本当は少女小説の登場人物の名前と設定なのだ。本当はストーク人なのかどうかも怪しい。
「ダグラス殿……貴殿の置かれた環境、その職務には、個人的には同情致します。正しい情報を得られないまま、本国の指示通りに交渉を進めなくてはならなかったのだから」
エイギルは澄まし顔でそう言った。
この二か月間、ダグラスにはさんざんこの手を使われた。
本国からの指示だとして苛烈な事を言った後で、個人的には気の毒に思うとか、そんな事を言い添える。この硬軟織り交ぜる策士気取りの話術には本当にうんざりしていたのだ。
「しかし! 我が国としては今の状況で貴国の賠償要求に応じる必要性は一切無いと判断せざるを得ない!」
ダグラスは青ざめていた。この二か月の仕事が今、全くの徒労に終わったのだ。自分はこれから帰国して何の成果も無かった事を伝えなくてはならないのだ。
「お待ちになってエイギルおじさま。だけどフレデリク様は間違いなくストーク人なのよ、ダグラス様をそんなに責めるのは酷いわ」
そこにシーグリッドがそう口を挟む。エイギルは一瞬、姫はどちらの味方なのかと思う。ダグラスは一縷の望みをかけた視線をシーグリッドに送る。
「マリーは海賊に攫われそうになった所をフレデリク様に助けられたのよ! マリーの危機を知り一人で駆け付けたフレデリク様は、14人の海賊を倒してマリーとその衛士を助けて下さったんですって! ロマンチックだわ……海賊に攫われそうになったお姫さまと、それをたった一人で救う騎士……ほんの一週間前に、本当にそんな事件が起きたのよ! フレデリク様はとても丁寧なストーク語を話すのですって、教科書に載っているような正しい言葉で話すの。フレデリク様は絶対にストーク人の騎士なのだわ!」
フレデリクに助けられた公女、マリー・レンネフェルトは、シーグリッドに絵本を読んであげると言われてついて行った部屋でシーグリッドにフレデリクの話をしてしまい、絵本を読んで貰うどころかシーグリッドの質問攻めに遭ってしまった。
しかしマリーは、フレデリクの最大の秘密、彼、いや彼女が本当は女の子である事については口を閉ざし、シーグリッドにも教えなかったのである。
「フ、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストが偽名である可能性が高まったとはいえ、その男が我が国の外務高官ランドルフ・ランベロウを海賊ファウスト・フラビオ・イノセンツィに誘拐させ、身代金を要求させたのは事実ッ、そしてランベロウに様々な濡れ衣を着せ、その事によりハマームが我が国に対し態度を急激に硬化させた事も……」
ダグラスは脂汗を流しながら、形振り構わずそうエイギルに食い下がる。
一方、エイギルは残りの報告書に目を通していたが。
「フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト直筆と思われる誓書がここに……」
エイギルがそう呟いた瞬間、シーグリッドは黄色い悲鳴を上げエイギルの手から数枚の束の報告書を、行儀もへったくれも無くひったくる。
「姫、はしたのうございますぞ!」
エイギルはそう抗議するが、シーグリッドは構わずエイギルが見ていた折り目のついた紙を机の上に広げる。ダグラスもそこに駆け寄り、それを覗き込む。
『私はレイヴン国王陛下の名の元に接収した艦船を、レイヴン王国海軍に委ねる事を誓う。フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト』
ありあわせの古い紙に書かれ、二つ折りになっていた誓書には、美しい筆跡のストーク語でそう書かれていた。
「これがフレデリク様の筆跡ですの!? 美しい字を書かれますのね!」
「こ、これだけの字を書くのだ、この男はやはりストークの貴族なのではないか」
「書いてある事が読めないのですか!? フレデリクはレイヴン国王の為に海賊と戦い、接収した船を貴国の海軍に委ねたというのですぞ!」
「し、しかし……一体これはどのようなッ……」
「お待ちになって! この誓書、続きがございますわ!」
紙には四つ折りの跡があり、今は二つ折りになっていた。シーグリッドは誓書を取り、もう一つの折り目を広げた。すると。
『ついしん。このてがみはハイディーンがほかんしろよ。レイヴンのやつらにみせるんじゃねーぞ』
折り目の反対側に隠れていたのは、同じ人物が書いたとは思えない拙い筆跡の文言だった。




