第五十話「空も星もない場所」
今回の投稿は【第10回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第5巻出版(*■∀■*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたリオンさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
「……さて、どうしたもんか」
俺たち三人は、階下からモドキが出てくるのを警戒しつつ、階段前フロアで今後の対応を検討する事にした。
床一面に敷かれた粉は鬱陶しいが、ゴチャゴチャと物が置かれているので座るところには困らない。モドキ対策として蒲公英だけは立ったままだが。
不可視の壁がある階段について、いろいろ試しつつ確認できた状況をまとめるとこうだ。
俺は階段とフロアを行き来できる。おそらく下の階も行けるだろうが未確認。モドキとゴブリンたちも俺と同様だろう。
そして、マテリアライズされた蒲公英と向日葵は階段に入れない。なら花は? と疑問も湧くが、ここまで来てもらう必要がある以上、優先的的に確かめる必要は薄いだろう。まあ、なんとなく蒲公英たちと同じ気がする。
マテリアライズした物に関しては透過する。これは蒲公英や向日葵がマテリアライズ時に所持していたもの……つまり元々の持ち物も同様だった。通過できないのは肉体だけだ。
逆だったら、いつかの俺のように通過したら全裸パターンもあり得たわけだが、そんなプチエロ展開を妄想しないといけないくらい混乱している。……それだったら下の層にはいけるんだから、彼女らの羞恥心を無視すればそのほうがマシだった……とは口にしない。何故なら妄想だし。
「つまり、あたしたち自体が弾かれてるって事ですねー」
「蒲公英ちゃんのショートテレポートは?」
「駄目だった」
俺たちを呼びに行く前に試したそうだが、蒲公英のテレポートもこの壁を抜けられないらしい。
また、本来座標指定して発動する長距離テレポートも、このダンジョン内以外では成功する気がしないとの事。これは本人の感覚由来の話だが、まあ本当なんだろう。
一応、もう一度試してもらったが失敗。傍目には発動したかどうかすら分からないが。
「カードの中に生き物もありましたよね? それで試せませんか?」
「あー確かに。試してみるか」
ウチのダンジョンと違い、枠制限のないこのダンジョンではわずかでも《 マテリアライズ 》の弾に使えそうなものは持ち歩いている。
牽制として使うなら石でも虫でも同じだからと、生き物のカードも何枚かは含まれている。
えーと、今あるのは< カマキリ >と……< ヒメカンテンナマコ >。……カマキリでいっか。
《 マテリアライズ 》して物質化したカマキリはまったく動く気配がなかったので、持ち上げて階段に投げつけると不可視の壁に激突して死んだ。
……思わず、以前の力加減の認識で投げてしまったが、まあいいや。
「……通らないな」
ただ、激突して死んだのか、床に落ちた死骸の一部は不可視の壁の向こう側にある。
「シンプルに考えるなら、カガチヤタロー以外の生き物が通過できない?」
「モドキとゴブリンの定義次第でしょうけど、そんな感じなんでしょうね」
割と残酷な事をしている認識があるのだが、二人ともノーリアクションである。やった本人が言うのはなんだが、常識が違うとはこの事か。
「こちら側で《 マテリアライズ 》した場合は通過不可。通過した先で《 マテリアライズ 》はできるが、逆側から通過はできないと……だいたいルールは掴めたな。」
残弾があったので、< ヒメカンテンナマコ >も《 マテリアライズ 》して試してみたが、反対側で物質化できたものの通過できなかった。
ウチのダンジョンと似ているようで微妙に異なる仕様だ。この場合、この見えない壁は拠点から通路に出る箇所に相当するのだろうが、あっちは物も通さない。もし通すなら、ゴミや排泄物の問題であんなに苦労する必要はなかったから間違いない。
この場合、重視すべきなのは似ているけど同じではないって事か? やっぱり、何かしら参考にして作られた別物か、変な感じにバグっている。
「という事は、そっちでみんなのカードを《 マテリアライズ 》すれば活動できるって事?」
「多分な。問題は行き来できないから早々に補給切れを……起こさないな。物は通るし」
水や食料を手渡しすれば、普通に活動できそうだ。広けた場所があれば、臨時の拠点を造る事さえ可能だろう。
「まあ、分断はされますから、問題ないとは言えないですね。補給元であるガチャマシンがこちらにあるわけですし」
「実はそっち側ではいい物食べているんじゃないかって疑われそう」
「蒲公英ちゃんじゃないんだから……いや、でもないとは……ぐぬぬ」
だからと言って、手に入れた九十九姉妹のカードはこちら側で《 マテリアライズ 》するよう注意しましょう……って話でもない。俺以外の人手が欲しいのは間違いないし、あちら側で切羽詰まって《 マテリアライズ 》セざるを得ない状況になるかもしれない。
「地味に問題なのが、出口がこの先にあるとしたら、私たちは脱出できないって事ですよね」
……そう、その懸念もある。もちろん出口そのものどころか手掛かりすらない可能性はあるものの、あるとすればこの先って考えるのは自然だろう。
「先にカガチヤタローだけ脱出して、外側から再度救出してもらうとか」
「……あんま考えたくないな」
もちろん見捨てるつもりはないが、果たして成功するか。……難易度的に、桜の救出より難しそう。
そもそも、この先に脱出経路があるかどうかすら楽観的予測に過ぎないので、今そんな事を考えても仕方ないのだが。
さて、これらの情報を踏まえた上でどうするか。
下の階に蒲公英と向日葵を連れて行けないという事は、対モドキ……特に柚子モドキや、まず存在するだろう待雪モドキに対してほぼ確勝できるはずの戦力なしで……俺一人で探索する事を余儀なくされる。
蒲公英の評価を基準にするなら別のモドキを仕留められれば十分な戦力になり得るものの、俺の戦力だとそれすら厳しいと言わざるを得ない。モドキとはいえ、最弱の蒲公英相手ですらあのざまだったのだから。
運良く、向日葵のようにカード化した状態で転がっていればいいが、それに期待するのはさすがに楽観的過ぎるだろう。
「確認しておきたい。ここに柚子モドキが現れた場合、一人でも逃さずに仕留める事は可能か?」
「私はそのモドキを知らないのでなんとも言えませんが、蒲公英から聞いている限りでは」
「遭遇戦じゃなくアンブッシュ前提だよね。……もちろん確実じゃないけど、ほぼほぼ問題ない……かな。向日葵ちゃんでも大丈夫だろうけど、遭遇経験の差で確実性は下がると思う。まあ、二人で張ってても不測の事態はあるし、程度問題だけど」
一人で張り込ませるなら優先すべきは蒲公英。その間、向日葵を別行動させる事は一応可能と。
逆でもいいが、よほど長期化するのでない限りはその役割でいいかもしれない。
「なら、最悪モドキに襲われても、俺がここまで逃げて来れば仕留められそうだな」
「やっぱりカガチヤタローが釣って来た時の話か……。あんまり賛同できないけど、まあ……うん」
中途半端な戦力しかない俺を単独で向かわせる不安があるのは分かるが、俺一人しか通過できないって問題がある以上、こういったシミュレーションは必須だ。
とはいえ、ここまで逃げればいいって保証があるのはでかい。何より、向こう側で使える戦力が手に入る。もちろん、それを目的に釣りをする気はないが。
「質問です。そもそも攻略を急ぐ必要性はありますか? ここを脱出する手掛かりを見つけるには必要でしょうけど」
「まー、生活自体は安定しかけてるねー。これまでの世界よりいい物食べられてるし、他の子たちもとりあえず生きてはいるわけで……それなら多少長期的に見ても」
「……駄目だ」
ここに長く立ち止まってはいけない。元の地球でなくとも、どこか別の……せめて化外の王の腹の中でないと確信できる場所に移動すべきだ。
それこそ、男吉田さんのいる狭間の世界だってここよりははるかにマシだろう。目前に大量に生息しているとはいえ、少なくとも腹の中ではない。
……どうする。どこまで伝えるべきだ。共有すべき情報ではあるが、こんな漠然とした理由で納得させられるか。
「まず、現実的な理由を挙げよう。ゴブリンが枯れる可能性がある。元……って言っていいのか分からんが、俺のダンジョンでは再配置までに結構なインターバルがあった。ここじゃ再配置される保証もない」
「あー、確かに。減ってる感じはするかも」
「他にも花のメンタル的な問題とかいろいろあるが……」
「お姉様は、なんだかんだで適応すると思いますが」
「…………」
……ありそうなのが怖い。あとは……まあいい。この二人限定ならまだ知っていたほうが優位に働く可能性が高そうだ。
「だが、そんな事よりも……俺はここがまだ化外の王の腹の中って疑ってる」
「化外の……?」
「報告にあったやつだっけ? カガチヤタローが柚子に言ってたとかなんとか」
「ああ。とりあえず、お前らには説明しておく事にする。花には……ちょっと黙っててくれ」
花に関してはいまいち精神的な強度を測りかねているところもあるが、ストレス的な意味であいつに負荷をかける理由も見当たらない。
というわけで、以前神様たちや柚子にしたよりも詳しい説明を二人にする。この手の話を茶化したり真正面から否定するような奴らではないが、思った以上に真剣に話を聞いてくれたのは僥倖だろう。
「……どうしても漠然した話になるが、留まるには怖過ぎるんだ。少なくとも俺はそう感じている」
「なるほど……加賀智さんと違って、私たちはその化外の王を認識していないから、どうしても意識に差が出ると」
「前の世界の最後にあった現象が、消化とかだったら確かに怖いかも」
あの危機感は絶対に伝わらない。目視しないと理解の端にさえ届かない。そういう領域だ。
あきらかに存在としての格が違う相手に個として認識されてしまった恐怖なんて、もっと伝える言葉が見つからない。理外の存在とはそういうものなのたろう。
比較でしかないが、アレが神様たちより格下とはとても思えない。アレはきっと神のような超常存在すら丸ごと飲み干すはずだ。
「化外の王についてはともかくとして、とりあえずの方針は理解しました。……問題は、それでどうするか」
「一旦戻る?」
「……いや、次の層の偵察はしたい」
一旦引くにしても、あまり意味があるとは言えない。花への事前説明で何か状況や方針が変わるとも思えないし。
「危険過ぎます」
「カガチヤタローだけじゃ危ないよ」
「それは承知の上だが、最低限どんな場所かは見ておきたい。でないと対策も立てられん」
普通に考えるなら、このフロアに近い環境が広がっているのだと思うが、そんな保証はない。
過酷な環境自体はウチのダンジョンでもあったわけだし、人間の生存性度外視の空間って事もあり得る。それを考えると、モドキはともかくゴブリンが行き来しているっぽいのが助かるな。最低限あいつらが生存可能な環境って事が分かるからだ。
ともかく、そういった情報を少しでも手に入れたい。理想は、こいつらを下の層に連れていく方法の確立。下の層でも階段の途中でも、そういう仕組みがあれば話も変わってくる。
楽観的と言われるかもしれないが、ウチのダンジョン……おそらく< 修練の門 >を元にここを構築している可能性がある以上、そういう仕組みがある可能性はゼロじゃない。
「本当に最低限だ。下の層の階段フロアを確認するだけに留める」
「下の層や階段途中でモドキに遭遇した場合はどうします?」
「もちろん、気配を感じた時点で逃げの一手だ。幸い、この階段は一直線だから、逃げるだけならある程度なんとかなる……はずだ」
営業マン時代の俺なら絶対に不可能だが、今の俺なら階段を全力疾走で駆け上がっても問題ない。多分、それでも短距離走並のタイムは出せるだろう。
……問題は想定している相手がそれどころじゃないって話なんだが。
「それで、私や蒲公英ちゃんがここで張って待ち構えたほうがいいってさっきの話に繋がるわけですか」
「そうだな。それで仕留められれば危険性も下がるし、人手も増える」
ぶっちゃけ、それが一番理想的かもしれないさえ思う。
今のところは想定でしかないが、下の層を探索する際はどちらか一人……多分蒲公英がここで待機してもらう事になると思う。
「一旦戻ったところで、この方針は変わらんぞ。多分、行って戻ってくるだけになるだけだ」
「……しょうがないですね」
「カガチヤタローは無茶するから心配だな」
「しなきゃいけない時しか無茶しない」
というかしたくない。今までの無茶だって、ほとんどがやらざるを得ない場面だからやっただけだし。
俺には英雄願望はないし主人公補正もない。そういうのは、どちらかと言えば花の役割だろう。
-2-
階段の奥を確かめつつ、一段ずつ降りていく。段数を数える事も忘れない。最悪の場合、逃げ出すために必要な情報を少しでも確保しておきたい。
勾配は通常の階段程度で、急でも緩やかでもない。感覚的にはやはり、ウチのダンジョンのそれと酷似しているように感じる。
階段や壁、天井まで含めても材質的には上の階と同様で特筆すべき点は見当たらない。柚子の鎌でも壊せない可能性はあるから利用も視野に入るが、過信は禁物。
時々振り返ると、入口付近でこちら覗き込んでいる二人が見える。限度はあるだろうが、本当に一直線なのか。
しばらく進むとカードが落ちていた。……一枚ではなく、結構な頻度で。
拾ってみればやはり< コモン・チケット >だが、この中にカード化した九十九姉妹が含まれている可能性がある以上は無視できない。階段前フロアで< 九十九向日葵 >が落ちていたように、ここで誰かが殺されていてもおかしくはないのだ。少なくともゴブリンは殺されている。ついでに、いざって時に踏んで足を滑らせる可能性もあるから、普通に無視は悪手だろう。これで大量に落ちているなら嬉しいのだが、数段に一枚がせいぜいっていうのがまた地味に気力を萎えさせる。収拾効率だけ考えるなら上のフロアを探索したほうが遥かにマシだろう。
「…………」
一歩一歩、階段を降りる。
実を言うと上で言わなかった懸念が一つあった。それは、下の層に足を踏み入れた時点で降りてきた階段がなくなるかもしれないという事だ。
モドキやゴブリンが行き来している以上、可能性は低いと思ってはいるが、それでも元になったであろうダンジョンの仕様を無視できるはずがない。十分にあり得ると考えるべきだ。
その上であり得そうなのは、俺は戻れずモドキとゴブリンは壁を素通りするという可能性。こんなトンデモな予想でもある程度はあり得るんじゃないかというのが怖い。
階段に入れたのが俺だけという仕様が、どうしても懸念を呼び起こす。そのままでなくとも、修練の門の仕様がどこかで形を変えて適用されているんじゃないかと。
これはあの二人には言えなかった……いや、言わなかった。もしこの懸念が正解だったとしても、やる事に変わりがないからだ。下手に不安を煽るだけになってしまう。
もちろん境界を越える際に可能な限りテストをするつもりだが、最悪第二層に降りられない事だってあり得る。この行動は、そういう確認も兼ねたものでもあるのだ。
「……長いな」
階段が長い。入口から見える範囲だけでも長いのは分かっていたが、あきらかに知っている階段よりも長い。振り返ってもまだ入口の光は見えるが、そろそろ距離的に限界が近い。
それに、暗い。まだ足元が見えないほどじゃないが、そろそろ落ちているカードを見逃しそうだ。暗い分、前方からモドキが来ないかより警戒する必要がある。まっすぐなのに入口から奥が見えなかった理由がコレだ。単純に光が足りない。
ここまで長い想定をしていなかったから強行したが、こうして不安要素があるなら戻るのは普通にアリだ。課題が光源確保なら対策だって不可能じゃない。
一度戻って光源を確保すべきかと迷い始めた頃、ほぼ真っ暗な階段通路の先にぼんやりと光が見えた。タイミングがいいのか悪いのか。
ただ、光量が弱い。あきらかに上の層と同じ光ではない。というよりも……。
「光が漏れてるのか?」
直接差し込んでいるわけではなく、あくまで間接的な光だ。
それは、深夜のビルで消化器灯がぼんやり光っているのを物陰から見るのに似ている。赤くもないし光量も少ないが、雰囲気的に。こんな場所にそんなものはないだろうが、かと言って単純な常用の光源とも思えなかった。だって、ここから見たら目印程度にしかならんもの。月明かりだってもう少し明るい。
これまで以上に警戒しつつ階段を降る。そろそろ闇の中から奇襲をかけられたら対応できるか怪しい状況になってきた。
どちらかと言えば、この場で信用すべきは音だろう。向日葵のように無音歩行をされると厳しいが、ここまで出会ったモドキはそんな小細工をしてなかった。それでなくとも、所作による些細な音、空気の流れまで感じ取れればアンブッシュは避けられるはず。今の俺なら、モノマネ程度であれば可能なはずだ。
柚子の鎌の一閃だろうが、せめて一度は避けられるくらいに研ぎ澄ませ。
もう少し降りてみれば、ぼんやりとした光源の付近が踊り場であった事が分かる。
つまり、上から確認するのにも角度的にここが限界。そして、おそらく下からでも同じと思われる。
「……なんだ、これ」
極力発声を押さえていたのに思わず声が漏れる。
……そこにあったのは、階段の壁をくり抜いて造られた、部屋のような空間だった。ただ、奥にはまだ階段が続いている。
良く見れば、薄くぼんやりと光を放っているのは天井の一部だけで、階段から見えていたのはコレだろう。あまりに弱い光のため、部屋の輪郭すら把握できない。
部屋の端も暗くて見えないが、あまり広くはないだろう。感覚的にはせいぜい数畳間程度の……たとえるなら、俺のダンジョンでもあった……。
「中間地点なのか」
光源がほとんどないから自信は持てないが、なんとなく既視感がある。比べるべくもなくみすぼらしく、適当に造りましたといわんばかりだけど、いつもの中継地点と同じ雰囲気があるのだ。
ならば、ひょっとして転送装置のような何かがあるのかもと調べてみるが見つからない。少なくとも機能はしていなそうだ。
階段を降りるだけと考えていたから重視していなかったが、こうなると光源が欲しくなってくる。別に持って運べる類のものでなく設置が必要なものでもいいから、ちゃんとした光が欲しい。< LEDライト >や< 豆電球 >はあるんだが、それを光らせる手段がない。電池はあるから最低限銅線でもあればなんとかなる気はするんだが。
……いや、今まで必要ないから使っていなかっただけで、ライトなら普通に九十九姉妹が持ち込んだ資材の中にあったはずだ。
「一旦戻るか」
理由があるなら、戻る事に躊躇いはない。下の層はもちろん気になるが、ここも放置してはいけない気がするのだ。
再度、階段の下を覗いてみるが、まだまだ下までは長そうだ。ここより上と同じ造りなのか一直線っぽく、奥のほうに光が見える気もするが、距離すら分からない。推測するなら上と同じ距離になりそうなもんだが、あくまで推測だ。
「……よし、戻ろう」
口に出さないと踏ん切りがつかない気がしたので、ちゃんと言葉にする。
一応、《 マテリアライズ 》のテストだけして、無事物質化できる事だけを確認し、そのまま放置して逆走する事にした。
登りの階段は下りと比べてかなり気が楽だった。未知の場所へ赴くのと明確に安全圏と分かっている場所へ戻るのはプレッシャーが違う。見えないうしろを常に警戒しつつだが、それでも確実にゴールがある時点でまったく違う。
「ただいまっと」
ピアノ線に当たらないよう越えて、階段前フロアに足を踏み入れると一気に力が抜けた。思っていたより緊張していたらしい。
「おかえりなさい。ご無事で」
「ど、どうだった?」
「まだ下には到着してない。詳細については戻ってからにしよう」
-3-
「よし、ちゃんと点くな」
九十九世界が持ち込んだ資材の中から懐中電灯を見つけ、動作確認をする。
これだと片手が塞がってしまうので、できればライト付きのヘルメットが良かったのだが、さすがに持ち込んではいなかったらしい。
コモンガチャから出た< ヘルメット >か< ホッケーマスク >に括り付けてもいいが、安定するかは微妙なところだ。
……柚子モドキを想定する必要がなければ< ライオットシールド >に括り付けるんだがな。
良く見れば、それ以外にも使えそうなものは結構あった。バラせば銅線が取り出せそうなものもあるし、上手く接続すれば< LEDライト >などが使えるかもしれない。
というか、電池そのものや手回し式の充電器もあった。コンセント付きのものがあったら完璧だったんだが、さすがにないか。使うには工作必須だ。
懐中電灯に入っていたものもそうだが、どれくらい放電しているかが分からないのが心配だから、時間があれば人力充電してもいいだろう。
ただ、電池に関しては劣化が怖い。中の液体が漏れているものはないが、規格が合うならガチャ製のほうが安心できる。
「神様たちと相談して、確実に向こう……加賀智さんの世界にあるものの優先度は下げてました。その懐中電灯みたいに嵩張らないものは別ですけど」
「あー、うん、そうなるだろうな」
良く見れば、向こうで大量に放置されていた家電の類は少ない。冷蔵庫や洗濯機、エアコンなど大型家電の姿がないのはそのせいなのだろう。
段ボールに入れた状態のものなら整理し易いし、倉庫には結構空きスペースもあるのだが、神様たちは要らないし九十九姉妹たちも面倒だったという事なのかもしれない。というか、コンセントで使う物はほとんどない。あっても電池と併用できるものがほとんどだ。
その他で多いのは衣服類。布団はほとんどないが、タオルはかなり多い。嵩張るには嵩張るが、軽く持ち込み易い分量が増えたのだろう。花を含む九十九姉妹が女性である事も関係しているかもしれない。
あと、箪笥などもないようだ。神様たちと九十九姉妹の方針がだいたい分かるラインナップである。
なのに真っ先に積み込みそうな薬や医療品が少ないのは、単に残っていなかったのだろう。食料と同じである。
そんな中で一番ありがたいのは工具だ。それを見るまで思い付きもしなかったが、そのままでは使えないカードでも、物質化して分解すれば使える部品が確保できるかもしれない。
よく考えればこれまで質量弾として使った電柱などにも銅線は残っていたのだから、それを回収するという手もあるのだ。
……いろいろ頭巡らせているつもりだったが、盲点になっている事が多いな。
「加賀智さんって、そういう工作は得意なんですか?」
「全然。だがまあ、見様見真似でも試行錯誤しつつなら……」
日曜大工レベルでないにしても、一通り工具の使い方は心得ているし、PCなら組んだ事はある。失敗前提で何回かやればなんとかなるだろう。
「知見がないなら、向日葵に任せたほうがいいかもしれません」
「はい、工作なら私が」
「あー、潜入工作に使うって事か。得意なのか」
「有り合わせの材料で爆弾作るのが得意でした」
いきなり不安になる言葉が飛び出してきたが、確かに俺よりは向日葵に任せたほうがいいだろう。いや、こんな状況なわけだし、作れるなら別に爆弾作ってもいいのだ。別にテロリスト予備軍と怯える必要はない。
……俺が使徒になった原因を考えるとトラウマになりそうなものだが、幸いな事に苦手意識はないし。
「ちなみに、最高傑作は蒲公英ちゃんと共同で作った、サイコキネシスなしだと確実に解体不可なドラム缶爆弾です」
……恐ろしいモノ作ってんだな。爆弾解体班泣かせだ。
「ひょっとして、トラップの類も得意?」
「はい。カード回収とどちらを優先するかの問題もありますが、時間さえあれば」
心強いが、確かに現状の優先度については難儀なところだ。ここじゃトラップを作っても有効に使えるかは怪しい。
フロアの広さに比べてモドキは数が少ないし、ゴブリン相手にトラップが必要かと言われると微妙だし。それなら、ランダム性があろうがチケット回収したほうが役に立ちそう。
……こうして考えると、滅茶苦茶ダンジョン向きな能力してるんだな、向日葵。
あらゆる場面を想定するなら姉妹それぞれで評価ポイントが異なるんだろうが、俺の立場と重ねて見た場合、最も有能なのは彼女かもしれない。
「向日葵、あとで指南頼む」
「構いませんが、どういったものの指南を?」
「即効性のあるもの。コツを知ればすぐに影響が出るようなものがいい」
「なるほど。分かりました」
今必要なのは手っ取り早く身に着けられる技術だけ。
この手の技術を舐めているわけじゃないし、継続した修練を厭うわけでもない。ただ、今はそういう状況なだけだ。
そんな都合のいいものなんてないって言われたら仕方ないが、多少なりともあるはずだ。
結果として、コツを教えてもらうだけでもかなりの違いがある事が分かった。歩き方、体重移動、重心の位置、意識の仕方が変わるだけで別物に変わる。
それらはいつか待雪に習ったものとはまるで系統が異なるもの。軍用ですらなく、潜入工作員かテロリストか、あるいは暗殺者用のそれだった。普通に怖い。
「加賀智様は、基本的な身体能力が常人とは違うようなので」
どうやら、ここまで我流でやってきた事に意味はあったらしい。少なくとも無駄ではなく、俺の基盤となっていたと。
実践できるかどうかは分からないが、一人でも修練を重ねれば形になりそうなものもいくつか教えてもらった。
「その点、お姉様はいくら教えても……」
「う、うるさいなー」
興味があったのか、同じように指南を受けていた花の評価はさんざんだった。
俺から見て、一般的な女子高校生よりは遥かに体力がある気はするが、根本的にアスリートのそれではない。多少体力のある運動部女子って感じだ。腕力に至っては一般人と大差ない。尚、基準はウチの姉だ。
この分だとウチの世界の九十九花は推して知るべしだな。引き籠もりらしいし。
-4-
「ある程度地図埋めてきたよ。回収できたチケット枚数は微妙だけど」
俺が指南を受ける間、時間を決めて周囲の探索に出ていた蒲公英が帰還。さっそく花がガチャを回し始めるが、枚数的に即戦力になるものが出るような気はしない。
「今後はこのフロアのマップを完成させたい。できるだけ未踏破領域を探索しつつ、その場で簡単な地図を作成、戻ってきたら花に製図してもらうって形になるかな」
「モドキの待ち伏せ役で階段前にあたしが張り付くから、向日葵ちゃんが探索役?」
「そういう形になりそうだな。最初に下のフロアを確認する際は、二人とも階段前フロアに待機してもらうが」
下のフロアや中継地点に何があるかで変わってくるが、今後の体制はそんな感じになると思う。花の作業が多少増えるが、本人は気にしていなそうだ。
「製図は了解しました。……で、ガチャ回し終わりましたけど……」
花の表情を見る限り、ガチャの排出は芳しくないようだ。
< テニスボール >
< 業務用LANケーブル(300M) >
< エアダスター >
< 使い古した便座カバー >
< 南アルプスの湧き水 >
< 幼児用マグカップ >
< 製麺機 >
< 特盛用どんぶり >
< 金盥 >
< JKの腋臭 >
< ラグビー部部室 >
< 黄ばんだガーゼ >
< 黒胡椒 >
< ひきわり納豆 >
< 梅酢 >
< 携帯ラジオ >
< イヤーマフ >
< 超巨大南瓜 >
び、微妙な……。数が少ないのもあるが、これはと思うものがない。
「即効性はないが、水だけでも当たりなんだろうな」
「……あたしのご褒美候補がない」
「あんなのそう簡単に出てたまるか」
あと、お前のものと決まったわけでもない。見てみろ、お前の後ろにいる向日葵は笑顔だが、妙なオーラを放っているぞ。
「< ラグビー部部室 >は実弾として使えそうだな。あと牽制用に< テニスボール >とか……< 製麺機 >も弾にするか」
なんのイラストもない< JKの腋臭 >は果たして牽制に使えるのだろうか。というか、あいつら匂い感じてるのか?
そもそも、JKは女子高生でいいんだよな。略称な時点で妙な不安を覚えるぞ。JKがおっさんのイニシャルですとか、普通にありそうだし。
いや、牽制用として使うなら、むしろワキガのおっさんの腋臭のほうがいいのか。……それなら、別にワキガの女子高生でも同じか。うーむ、あんまり悩むような事でもない気がする。
「< 超巨大南瓜 >はどうする?」
「え、食べ物じゃないんですか? 大きくていいなと思ってたんですけど」
「不味そう……なのはいいが、消費できるかなって。《 マテリアライズ 》の弾にする手もあるが」
一度《 マテリアライズ 》したら元に戻せない。つまり弾には使えない。
あと、でかいかぼちゃって家畜の餌にしかならないような味じゃなかったっけ? これが何の種なのか分からないから、普通の食用かぼちゃをでかくしただけかもしれんが。
「イラストだとでかさが分からないから不安っていうのもある。ここの大半がかぼちゃで埋まったら悲惨だろ」
「ま、また難儀な……」
「あと、皮切るのが大変そう」
「かぼちゃって硬いんですか?」
横からかぼちゃを知らないらしい向日葵が口を挟んできたが、花はともかく蒲公英も良く知らないらしい。これが第五次世界大戦世界出身者か。
おそらくだが恐ろしく硬い皮でもホムンクルス基準ならなんとかなる気はする。絵面的には発掘作業みたいになるだろう。
というわけで、試しに拠点から出てダンジョン内で《 マテリアライズ 》。懸念していたほどではなかったが、拠点で出したら間違いなく邪魔なので、これで正解だったろう。
「つ、通路が塞がった」
「ある意味、拠点防衛に使えたな。ゴブリンじゃ歯が立たないだろうし」
花や蒲公英は慣れたものだが、巨大かぼちゃを見上げた向日葵は口を開いて呆然としていた。いや、残り二人もかぼちゃのでかさには驚いているが。
拠点側に穴を開けて、使う分はくり抜いていくって形になりそうだ。しばらくこのまま置いておいて保存食にしてもいいだろう。
「カガチヤタローは直接戦闘力が中途半端なだけで、これが怖いよね。意味分かんない」
「確かに、こんな巨大質量がいきなり目の前に出現したら怖いですね」
「いや、飛ばしてたよ」
「……それは怖い」
小屋サイズとはいえ、ラグビー部の部室が飛んてきたら、普通に強力だろう。それも予備動作はカードを飛ばすだけである。なんなら遠隔で頭の上にも落とせるから便利だぞ。
「そういえば加賀智様、この< 業務用LANケーブル(300M) >、ロープとして使えませんか?」
「そりゃ、そんだけ長ければロープの代用品にはなるだろうが。何に使うんだ?」
「使うのは加賀智様です」
[ 階段前フロア ]
「……まあ、ないよりマシか」
俺たちは再度階段前フロアまで移動し、《 マテリアライズ 》した< 業務用LANケーブル(300M) >を腰に巻き付ける。
「邪魔じゃないですか?」
「邪魔だが、やっておいたほうがいいからな」
命綱の代用品に見えるコレは、どちらかと言えば連絡用だ。
これを巻き付けたまま階段を下り、ここに残った蒲公英が定期的に軽く引っ張る。千切れた場合は要警戒の合図である。
一応、俺のほうから強く引っ張る事で合図も可能だが、どちらにしても警戒以外の対処はできないから気休めのようなものに過ぎない。
もっと強度があれば本来の命綱的な役割も期待できるが、さすがにLANケーブルでは無理があるだろう。シールド付きでもないみたいだし。
あるいは、双方にPCがあれば、これを接続して普通に連絡できそうだが、それはないものねだりである。
「カガチヤタローが戻って来なかったら、あたしたちほとんど詰みだけどね」
一応、最悪の場合に備えて、水や食料、その他必要そうなものは《 マテリアライズ 》を済ませておいた。
しばらくの間は生存可能な物資量にはなったが、結局のところあとに続かないのは分かり切っている。
あえて言うなら、このフロアに何か発見があれば改善するかもしれないといったところか。
「死ぬ気はないが、仕様的な問題はどうしようもないからな。それより、モドキ釣っちゃった場合は頼むぞ」
「はーい。任された」
「了解です」
そうして、俺は再び階段へと歩を進めた。中継地点までの道を体験しているから、多少恐怖は和らいでいるが、階段の向こう側から何が出てくるか分からない以上、やはり怖い。
あと、途中のカードが回収済みなのも地味に楽だ。もし増えていたら見落としの他に、ここまで誰かが来た可能性が出てくるから、やはり注意深く観察する必要はあるが。
ライトは複数持ってきたが、使うのは極短時間だ。中間地点まではなんとかなりそうというのもあるが、光を照射して誰かに気付かれる可能性を考慮しての対応である。
「ふむ」
というわけで、特に何事もなく中間地点に到着。途中でカードを拾う必要がなかったのが大きい。
念のため、下への階段にライトを向けて見るが、カードが散らばっているだけで特に人影はない。
そして、肝心の中継地点フロアの調査だが……。
「円状だったのか……」
ライトで照らしてみれば、広さはだいたい想像通り。しかし、形状があきらかに異質な円状。ここまでの構造は通路だろうが部屋だろうが直角構造だったから、曲線にはどうしても違和感を覚えてしまう。
そしてそれは、俺にとって見覚えのある場所。修練の門で十層単位で用意された大型の中間地点と同じものという事だ。
「まさか……ここはレプリカじゃなくて」
上の層を含めて、修練の門……いや、俺のダンジョンそのものだというのか。
それを認識した瞬間、ここまでに感じていた無数の推測が確信に変わる。
詳しく説明されたわけではないが、が……ウインドウのシステムや拠点、そして修練の門などのダンジョンは俺そのもの……内面世界を映し出したもののはずだ。
使徒という存在である事を利用して外部からアレコレ弄くり回し、ランダム性を以て創り上げたのが俺の良く知るダンジョン。
……改めて考えてみると、使徒とはいええらい事されてんなと思わなくはないが、おそらく今こうして生きていられるのはその結果なのだ。
俺の事だからはっきりと分かる。なんとなくだが、上のフロアのどこかには睾丸破壊のディディー復活の儀が行われた隠し部屋さえあるかもしれない。
この中継地点自体に見るものはない。しかし、得るものは果てしなく大きかった。この確信こそがリターンだ。
「……となると、あの下には何がある?」
気になってくるのはそれだ。普通に考えるなら第二層なんだろうが、ここが十層ごとの中継地点であるなら普通であるはずがない。
まさか第十一層ではないだろうし、第二十層って気もしない。ひょっとしたら、まったく別の何かかもしれない。
「進むしかないな」
得たものは大きいが、それは今望んでいるものには直結しない。それが分かったところで状況は好転しないし、脱出にも近付かない。なら、進まないといけない。元より、それが目的だったのだから。
今、俺の足を鈍らせているのは、確信を得た事によって生まれた新たな推測。あの先が、俺の世界でない可能性だ。
そうだ、きっと俺は……俺たちは守られていた。自分の精神世界に、使徒が持つ特殊な能力に。そうしなければ危険だったから。
ならば、何から守られていたのか。その危険とは何か。……そんな事は改めて言うまでもない。……化外の王だ。
奴は俺を認識した。だからと言って、あいつが特別何かしたとは思えない。そもそもそういう存在ではない。ただ、そこに居るだけで危険なのだから。
きっと、九十九姉妹の脱出に失敗し、化外の王に飲み込まれる前に無意識で展開した俺の内面世界がここなのだろう。どうやったのかなんて分からないが、そんな気がする。
……なら、あのガチャはなんだ? ガチャマシン自体は分かる。ガチャの神の使徒なんだから、そりゃあるだろうって感じだ。問題は何故コモンしか出ない、出来損ないのようなガチャマシンと化しているか。
ウインドウのシステムにしてもそうだ。セットしたカードが固定されるのは、拠点外であればどこでも適用されるルールだから別におかしくはない。緊急事態に展開した内面世界が不完全と言われれば、そりゃそうだろう。
だが、セットしたカードが消滅するのは何故だ。コモンはセットできるのに、それ以上のレアリティが排除される理由は? それとも、コモンである事に意味があるのか。
……特別な価値を持つ者を許さないとでも? だとして、それは誰の意思だというのか。
そんな事を考えつつ階段を下っていたが、少々迂闊だった。思考に邪魔されて、注意力が散漫になっている。襲撃を受けなかったから良かったが、下手すりゃ死んでた。
無意識化でも拾っていたらしい< コモン・チケット >の束を見て、ひょっとして俺って病気なんじゃと思わなくないが、今は目を逸らす事にする。
だんだんと明るくなってきた。出口からは確かに光が入り込んでいる。ダンジョンの光源よりは暗いから、第一層とは違う環境なのは間違いないだろう。
「……ん?」
その時、ふと気付いた。降りる際に手をついていた壁がザラつく事に。見れば、掌に砂のようなものが張り付いている。
壁だけじゃない。良く見れば、足元も砂のような感触が……。ただ単に砂が入り込んでいるわけじゃない。……これは、崩れているのか?
少し力を入れれば、壁の素材はボロボロと崩れていく。もちろん、穴が空くほどではないが、少なくとも表面はボロボロだ。……床も似たようなものだ。
確認してみれば、十段と戻らぬ内に元の頑丈な壁になっている。……境界がはっきりしてるな。
「…………」
困惑。ダンジョンの壁は相当に頑丈だ。ここまでどれだけ環境が違っても、壊せる気がしない代物だった。
落とし穴、マッシが隠れていた土壁、鉱山の採掘箇所などの例外はあるものの、根本的な部分では壊れないという認識で良かったはずだ。
特に、階段のような、ランダムの塊の中で共通して存在する箇所に例外は考え難い。
これは、この先にあるフロアの影響を受けた結果なのか。
……侵食し、劣化する何かがそこに在るのか。
階段の終わりが近い。生温い、ダンジョンのそれとも違った空気を感じる。
戻れなくなる危険を考慮して、まずは物だけ境界を越えて行き来させてみようとか、そこそこ巨大な構造物を跨るように配置してみるとか、そういうテストはいろいろ考えていた。
しかし、そのどれもが無意味と知る。
「……なんだ、これ」
想定していた階段の終わり……次のフロアとの接続がそもそも存在しなかった。階段の終点はボロボロに崩れ、どこからが出口か判別できなくなっている。
もちろん、何もないわけじゃない。ただし、ダンジョンではないというだけ。
困惑しつつ、そこへと降り立った。今にも崩れそうなくらい劣化した、靴を通しても分かる砂のような感触。
そこに第二層は存在しなかった。完全に想定とは別ものの、用意していた対策を無にする空間。
そこはコンクリートだ。そして、ダンジョンのような閉じた空間ではなく、屋外のような開けた空間。……いや、屋外そのものだろう。
そこはビルの屋上だった。極めて人工的な、馴染み深くもある環境。
そこは無数の建物が乱立する都会の様相があった。ここから見えるだけでも、大都会と呼んで差し支えない景色。
そこは光がなかった。見える建物のすべてに光は見当たらず、死んだ街だった。なのに、遠くまで視界が確保できる光景に既視感がある。
そこは空がなかった。見上げれば、星さえもない漆黒の空間。良く見ればその闇は歪み、蠢いている事が分かる。
それを見て、俺の内側から恐怖が湧き上がった。既知の、それでいて理解不能な根源的恐怖を。
向日葵の助言も虚しく、落ち着きを取り戻せない。さっき聞いたばかりのコツさえ思い出せない。心拍数が上がりっぱなしで、心臓が破裂しそうだ。
幸い、気配は皆無、ここにはモドキもゴブリンもいない。不幸中の幸いとはこの事だろう。ただ、こんな精神状態では、その感覚すら自信が持てない。
あまりの事に戦慄しつつ、ゆっくりとあたりを見渡せば、ビルの屋上には不釣り合いなプレハブ小屋と、壊れて放置された非常用トイレ。隣のビルには、普通ならどうやって設置したのか混乱するだろう球状の巨大施設。
「……九十九世界」
九十九姉妹救出作戦は失敗した。ただし、それは世界を越えた先で何かに引っ掛かったとか、そういう状態だと思い込んでいた。
なんて事はない。俺たちは、九十九世界からすら脱出できていなかったのだ。
今回はリクエスト多かったので、あと一回続きます。(*´∀`*)





