第四十九話「向日葵」
今回の投稿は【第10回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第5巻出版(*■∀■*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたPsytoさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
俺が九十九向日葵について知っている事は少ない。
カードイラストのように、そういえば白いサマードレスを着た子がいたなとか、九十九世界の境界を最初に確認した報告者だったなとかそれくらいだ。
九十九姉妹の回収作戦時で顔を合わせたはずだし、ひょっとしたら何回かは言葉も交わした可能性はあるが、あまり印象に残っていない。九十九姉妹相手に言っても意味がない気はするが、顔を見たのだってこのイラストが初かもしれない。
九十九姉妹の大半に固定のイメージを持たない俺の中でも、妙に印象が薄い子というのが正直なところだ。
現代でも普通にあり得るとはいえ、奇天烈な格好をしたコスプレ集団の中でサマードレスとでかくて白い帽子なんて逆に目立つはずなのに。
「向日葵は侵入・諜報特化型です」
「…………え?」
カードからマテリアライズする前に情報を確認してみれば、返ってきたのはそんな花の回答だった。
言葉を失ったのは意味が分からなかったわけじゃなく、そうは見えないという意味だ。聞き間違いじゃないよな?
「というか、向日葵ちゃんは忍者ですね」
「この現代で忍者とか草生えるwww」
「確かに草ともいいますけど、なんですその反応」
絶対に伝わらないだろうという確信を持って発した言葉はやっぱり伝わらなかった。
どうでもいい事だがイメージに直結する問題なので、忍者と苦、Wと近代インターネットスラングの(笑)の関係を簡単に説明させてもらった。
二人とも『平行世界日本は複雑怪奇』と言いたそうな表情をしていたが、意味自体は伝わっただろう。
「結局、忍者っていうよりスパイ……えーと、間者って認識でOK?」
あんまり自信ないが、スパイって間者で大丈夫だよな?
「スパイはさすがに分かりますよ。忍者にどんなイメージを抱えているかは分かりませんが、多分大丈夫じゃないかと」
「というか、カガチヤタローが忍者に一体どんなイメージを持っているのか気になるんですけど」
「そんな事を言われても……困ったな」
おそらく世界一有名な金髪忍者の漫画あたりが用意できれば一発なんだが。
いや、遡るなら科学忍法を使う連中の話を……でもアレ、俺の名前と変に結びつけられそうでいい印象がないんだよな。火の鳥出してみろよとか、組体操得意なんだろとか、いつか言われるんじゃないかとビクビクしてるが実際に言われた経験はない。そもそも知っている人が同世代にいない。
「あまりに奇天烈過ぎて説明が難しい」
パッと浮かぶ忍者像は、どれもこれもトンチキで奇想天外だ。実際の忍者がどういうものか知っていても、容易に上書きされる程度にはインパクトが強い。
「私は聞くつもりなかったんですけど、加賀智さんがそうまで言うと気になります」
「あたしは逆に聞くのが怖くなってきたよ」
「どないせいっちゅーんじゃ」
というか、話を聞いている限り歴史的な分岐は朝鮮戦争かベトナム戦争あたりだろうから、戦後の娯楽文化もそこまでの差は生まれない気もするんだが。あ、いや、インターネットに相当するものが普及してないから、あったとしても触れていない可能性もあるわけか。うむむ……。
収集つかなくなりそうなので、忍者というワードから謎に始まってしまった話題を一旦ストップし、九十九向日葵の話題に移行する事にする。
「向日葵は潜入・調査に特化しているんです。集団に潜り込んで情報を収集して、必要なら破壊工作までやるのが得意でした」
「えーと、この格好で? 目立つだろ」
「この格好はこの子が好んで着ていて、他の誰とも被らないので定着したというか。作戦時には現場に合わせた別の格好になります」
おんなじ顔と声と髪とスタイルしてるから、個性を出すのに必至だな、九十九姉妹。
「でも、向日葵ちゃん、この格好でスタスタ乗り込んでいく事も多いですよ?」
「技術でカバーできる自信がある時はそうしてるみたいです」
「どういう技術やねん。幻術か何かか」
それなら、むしろ俺のイメージしているエセ忍者像に近い。
「幻術というか……超能力の一種で、存在感を薄く……いや溶け込ませる……いや、うーん。カテゴライズが難しいんですけど、そういう能力があるので」
なるほど。蒲公英がテレポートできるように、別の超能力を持っている奴もいるって事か。
「蒲公英といい、そんな便利な力があるなら全員持たせたほうが良かったんじゃ? 待雪とか柚子とか、多分桜もそんな能力持ってないだろ」
「調整が困難なんです。概念的な意味合いしか読み取れない各種設定に、どんなパラメータを割り振ればどうなるのかの参考例がほぼないんで」
「一発勝負って事か。無駄にできないから冒険もできないわけだな」
ここまでの話を聞く限り、こいつら自体が最初の成功例だったはずだ。ホムンクルスを製造する謎施設を持ち主だって成功例がないと。
「一応、ホムンクルスに超能力を付与する研究自体はしていたみたいで、残ってた資料も参考にはしましたが、一切当てになりませんでした」
「あたしと向日葵ちゃん、設定パラメータ的にはまったく一緒ですしね」
「お前ら、ガチャの産物だったのか……」
「言い得て妙かも……」
急に親近感が湧いてきた。やってる事は偶然に頼ったランダム生成で、ガチャとまでは言わずとも、その根幹には日本の神々が挑戦している、ランダムから例外値を拾い上げる行為に近い。
「ええ……アレと一緒ですか?」
「安心しろ、本家のガチャマシンはもうちょっと派手だ。もっとギラギラしてるぞ」
「この際、派手かどうかは気にしてないんですけど」
「安心しろ、本家のガチャマシンはコモン以外も出る。もっとサツバツとしてるぞ」
「いやそれも……」
「なんて羨ましい……」
「お姉様っ!?」
そろそろガチャの呪いに取り憑かれた……あるいはコモンの絶望感に飲み込まれつつある花だが、俺としてもあんまりアレを本家と一緒にしたくはない。
なんというか、ワクワクがないのだ。出てくるものがランダムな時点で最低限の期待感は担保されていても、より上を望めないのは心理的に厳しいものがある。
内容に関わらず、上位のレアリティが排出された時に発生する多幸感、噴出するドーパミンこそ、ウチの神様が用意した依存の罠だというのに……。
いや、いくら使徒だからって神様のトンチキな計画に沿う必要はないんだが、とにかくアレは回しても楽しくないのだ。
花には一度ならずとも、ちゃんとしたガチャマシンを体験させてやらねばならない。コモンガチャ地獄に放り投げた俺が言うのもなんだが、そんな使命感すら感じる。
「さて、そんなコントみたいな現実逃避はこれくらいにして……< 九十九向日葵 >をマテリアライズするぞ。……一応聞くが、いいよな?」
「はい。やり方はいつものと一緒ですか?」
「ああ、何も変わらない」
手順もクソもない、ただ手に持って《 マテリアライズ 》するだけの簡単なお仕事だ。二度とやりたくないが、柚子モドキとの戦闘中ですらできたくらいである。
もちろん上手くいく保証はないが、それを払拭したり軽減する手段を俺たちは持たない。とりあえずやってみるしかないのだ。
あえて別の手段を挙げるならウインドウへのセットだが、そんな失敗しか期待できないモノに九十九姉妹を放り込むわけにもいかない。
「それじゃいくぞ」
どう足掻いても払拭できない不安を振り払い、< 九十九向日葵 >のカードを手に掲げる。
「《 マテリアライズ 》っ!!」
すでに必要ないほど熟練しているものの、万が一の不発を考慮してスキル名を叫ぶ。格好つけたかったわけではない。
――Action Skill《 マテリアライズ - < 九十九向日葵 > 》――
その直後、石刷りのガチャマシン部屋に出現する白い布地……とそれを纏う見慣れた背格好の少女。
そう、本当に何事もなく九十九向日葵はその場に出現したのだ。
「……あら?」
-2-
「お姉様に蒲公英……と加賀智様? 上手く行ったんです……ね?」
出現するなり、おそらく普通なら抱く反応を見せる向日葵。蒲公英にも聞いたが、あの転移の瞬間から、カウントダウンの直後からここに意識が飛んでいるのだとか。
だから、この反応は何もおかしな事はない。転移先として用意したにしては殺風景かつ色彩に貧しいこの部屋を見渡して疑問に思うのもそうだ。
少なくとも、出発前に神様たちが演じていた歓迎ムードとは一致しないのだから。
「えーと、コレが例のガチャとかいう……」
「別もんだぞ」
あまりに何事もなく上手くいって呆けていたところ、本物のガチャマシンを侮辱された気がしてつい素の反応をしてしまった。
おかしい、俺はこんなにガチャに執着していたというのか。薄々気付いていたが、これじゃまるで中毒者のソレ……。
「九十九向日葵、こうして話すのは初めてだが、伝えないといけない事がある」
「は、はい……な、なんでしょう?」
「救出作戦は失敗した」
「…………え?」
なんとなくぼんやりした印象のある向日葵の表情が固まった。
大変そうだから丸投げする気なのか、両脇にいた話と蒲公英は何も発しない。一応でもこの場の責任者のつもりではあるから仕方ない面はあるが、もうちょっとこう何かする気配くらいは見せろよ、お前ら。
「……なるほど」
そうして、長い長い説明タイムが始まった。初めてではないので慣れたものだが、状況が突飛過ぎてそもそもの説明難度が高いのが困る。
向日葵の飲み込みが悪いわけじゃない。むしろ彼女は不気味なくらいすんなりと受け入れでくれたが、花と蒲公英が何か口を挟む度に脱線するので軌道修正が大変なのだ。余裕のない緊急時ならともかく、ある程度余裕のある今なら仕方ないと、俺もある程度放置したが故の流れである。
俺は二人の……特に花の精神状況を疑っている。表面上はしっかりしているように見えるが、こんな状況でストレスが溜まらないわけもないのだ。それが、無軌道なおしゃべりで多少でも改善できるならという考えである。
なんせ、俺自身が自覚以上に追い詰められている。先ほどまで見ていた悪夢はまさにその産物だろう。
結局、想像以上に時間がかかったので、リハビリを兼ねた探索を見送らざるを得ない。というか、気分的にそんな状況ではなくなっている。
「と、大雑把だがこういうわけだ。おおよそは理解できたか?」
「はい。つまり、いつものお姉様案件という事ですね」
「そういう事になる」
「ちょっと加賀智さんっ!? 向日葵も何言ってんのっ!」
だって、お前の主人公補正を否定できないのと同じで、そこも否定できないもの。というか、根本的には同じところから来ている話だろうし。
もちろんそれを責める気はないが、冗談にするくらいならちょうどいいはずだ。
「しかし、何故お姉様と加賀智様はそのままでしたのに、私たちは謎のモドキとして徘徊する事になったのでしょう? カード化も不可解ですが」
「さっぱり分からん。ここまでだって、ほとんど場当たり的な対処しかできていないんだ」
解明なんて夢のまた夢。実際には解明しようとすら思っていない。それが必要なのかも怪しい。
当然、ホムンクルスがモドキになっている理由も原理も分からない。見知ったものに似ているこの場所やガチャマシン、ダンジョンについてもだ。
「ほとんど分からないのは、前の世界と同じですか」
「九十九世界か、確かに結局意味不明な世界ではあったが……」
「あの……今更ですけど、その呼び名恥ずかしいんですけど」
そんな事を今更言われても知らん。命名したのは神様だし。
あの世界にしても、分かっている事といえば九十九姉妹が歩き回って確認した各種事象と、俺が漠然と感じた存在位置くらいのものだ。
……そういえば、完全に意識がなかったから考えが及ばなかったが……ここはどこにあるんだ?
具体的な位置などどうでもいい。ただ、アレの内側にあるのか、外側なのか、それだけでいいから知りたい。
「……加賀智さん?」
「いや、大丈夫」
コレを口にしていいのか。脱出に向けて動き出していたあの時は口にしてしまっても問題はなかっただろうが、今は……。
……ここが、依然として化外の王の腹の中かもしれないなんて、負の材料以外の何ものでもない。
だが、もしそうなのだとしたら、状況は更に絶望的と言わざるを得ない。
思い浮かぶのは、九十九世界を脱出する直前。あの、急速に収縮を始めた東京についてだ。もし、アレと同じ事が置きたらどうすればいい。
何かしら対策を打ちたいが、何をどうすればいいのか皆目検討がつかない。俺たちにできる事なんて、ダンジョンの探索を進めつつ九十九姉妹を回収する事くらいで……。
大丈夫。大丈夫だ。最悪じゃない。上向いてはいる。何も分からない状態から、少しでも改善はしているのだ。
こうして拠点があり、コモンだけとはいえガチャが使え、チケットも回収可能。二人しかいなかった人手だって今は四人、難易度はともかく、ここから更に追加する方法だって分かっている。
「よし、とりあえず今何ができるのかの再確認をしたい。俺が倒れてたから、蒲公英についてもちゃんとは把握できてないしな」
「そういえばそうですね。あたしもカガチヤタローがどれくらいできるのか良く分かってませんし」
「戦闘だけじゃない。超能力に関してもだが、探索やここの防衛、生活基盤を整えるための能力についてもだ。その上で今後の方針策定と大雑把なスケジューリングをしたい」
花、ガチャ回すしかできないとか思っている表情をしているが、人数が増えるとそんな事は言ってられないぞ。むしろ、お前が一番しんどい役回りになるかもしれない。
「……本当に人間ですか?」
戦闘力を確認するための立ち会いで、最近良くあるように向日葵にも呆れられるが、全然そんな気がしない。
お互いに徒手空拳での戦闘とはいえ、最弱が蒲公英という事は少なくともそれよりは上だろうと覚悟はしていた。
ところが、始まってみたら結構やり会える。思えば俺の身体能力に驚いていただけなのかもしれないが、それでもしばらくは問題なかったのだ。
……急に状況が変わったのはそれから。ふとした瞬間に落とされた。一度だけじゃない。何度も不意に意識を持っていかれる。
かろうじて意識が残った際に確信したが、この子は人体の急所部分への攻撃や意識を刈り取る技術が卓越しているのだ。
「手加減したとはいえ、ここまでやって立ち上がってくるのは自信をなくします」
「ふ、普通なら意識飛ばされたらそのまま殺されると思うが……」
「それはまあ、そうなんですが……」
手加減なしに戦う事になったら確実に死ぬな。なるほど、確かに蒲公英よりは上かもしれない。
身体能力だけなら姉妹の中でも下位なんだろうが、力に依らない戦闘技術に特化している。
「一瞬でも意識を飛ばせれば、私の能力を使って死角に入れます」
曰く、自身の存在を希薄化させる能力はさほど強いものではないらしいが、それを使いこなして上手く組み込んでいる。
諜報活動や探索といった任務なら余計に強力だ。
「今のところ重要なのは……柚子を相手にして勝てるか?」
「えーと、奇襲が決まれば?」
「想定はモドキだから正面からでも勝てますよ。あたしでも勝てると思うし」
「そうなんですか?」
「蒲公英の見立ては多分間違ってないな。モドキが意識を失うかって部分が曖昧だが、十分にいけると思う」
つまり、蒲公英と向日葵の二人はそれぞれ単独で行動させても問題ないわけだ。問題は俺なんだが……。
「あの……思うんですけど、加賀智さん探索に出る必要あります?」
「…………」
花の言ったその言葉は俺も考え、口に出すのが憚れて飲み込んだものだ。
「蒲公英、柚子モドキは今一階にいないって認識でいいか?」
「階段前フロアのあの様子なら、多分? 今は状況変わってるかもしれないでずけど」
それなら、蒲公英か向日葵のどちらかを階段付近で警戒させつつ、俺は他の場所でゴブリンしばきつつチケット回収っていうのが無難な形か。
情けない話だが、戦力としては確実に二人のほうが上で、俺一人じゃどうにもならない相手が存在する以上、その形に収束してしまう。
大人なのに情けないとか、指示出しだけして安全なところに引き籠もる気かとか、いろいろなものを削られそうな立場ではあるが……。
「……まあ、そうだよな」
そもそも、花はそういう立場だったのだ。俺がそう押し付けたのだから、いざ俺が追いやられても文句は言えない。
人数的にカード回収は続ける必要があるだろうが、それすら人数が更に増えれば不要だ。
ゴブリンが清い混んでくる可能性もあるのだから、ここに最終防衛ラインを残すという意味でも理には叶っている。
「とりあえず、実行部隊の異論がなければ探索そのものを任せる形でフェードアウトするのが無難かもな」
「そ、そうですよ、危ないですしっ!」
「カガチヤタローがいくら人間離れしてても、せいぜいアドバンスドくらいっていうんじゃ、柚子モドキがうろついてるところに出したくないです」
「出るなら全力で守りますけど、不安はありますよね」
俺の安いプライドはボロボロだが、基本的にはそれがいい。俺の力が足りず、それ以上の形を提示できない以上はこれがベストなはずだ。
抱いてしまった懸念や不安、焦燥感はあるものの、俺一人がどうこうして加速する気もしない。なら、そうするのが正しい。
ただ、どうしても本当にそれいいのかという疑問が残る。俺のプライドや効率、役割分担に依るものだけでなく、何か別のところで前に出る必要があるんじゃないかと。
その後、情報交換や認識の擦り合わせ、各々が使う物資の確認や今後の管理体制の検討などいろいろ進めていく。
今日……と言っていいのか分からないが、とりあえず一旦睡眠に入って意識をリセットしてからダンジョンに向かう事決まった。
「その前に、あのガチャってやつがどんなものなのか確認したいんですけど」
「ああ、向日葵はまだ見てなかったな。と言っても、チケット入れてボタンを押したらランダムにカードが出てくるだけなんだが」
「さっき向日葵ちゃんと一緒に拾ってきたチケットが、まだそのままですけど」
「じゃあ、それ試してみ?」
俺としては蒲公英がそのまま使うか、向日葵が受け取って使うと思っていたんだが、何故か無言の重圧を放った花が奪い……受け取り、ガチャを回す事になった。
……思った以上に自分の役割として固執してて俺困惑。何もないよりはいいが、ここを脱出したあとはケアしないといかんかもしれん。
それはそれとして、とりあえず渡された五枚のチケットから排出されたカードは、当然コモンカード――
< 柵 >
< 腕時計の秒針 >
< アイアンインゴット >
< ミュータント肉 >
――と、一つばかり気になるものが出てきたのはともかくとして、最後にとんでもない爆弾が投下された。
< 極上カツ煮定食 >
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰もがそのカードを前に無言で固まっていた。
「……ご、< 極上カツ煮定食 >、だと」
あまりに強烈な文字面。あまりに強烈なイラスト。カードを持つ手が震える。
コモンしか出てこないガチャでこんなものが排出されていいのかと思いもしたが、ルール的には確かにあり得るのだ。
なんせ、現代日本においてカツ煮定食など何処にでも……というにはちょっと珍しいが、メニューとして普通にあるものだからだ。そこに極上と付くにしても大抵はメニュー上での格を示す程度のものでしかない。極上だし、値段にするならカツ系のチェーン店でだいたい二千五百円くらいだろうか。いや、三千円くらいかもしれない。
いやいや、このイラストから感じる高級感から推測するなら、ガチの高級店という可能性もある。とはいえ、さすがに一万円越えという事はないだろう。一般庶民が入らない超高級店だろうが、カツ煮でそんな値段になるとは思えない。存在するのかも分からない。
つまり、コレは現代日本で普通に流通しているものであり、俺の知るガチャのルール上、コモンでも十分排出されるのだ。
実際、値段あたりで考えると、それより高いものなんていくらでも出てる。それこそ、このコモンだけしか出ない劣化ガチャでもだ。
「実は食品サンプルとかそういうオチ……もないな。多分本物だ」
なんなら湯気まで映っている。俺の眼もこれが本物と判定している。いや、それ自体は何も問題ない。普通に美味そうな定食でしかない。
……問題は、これをどう処理するかだ。
「良く分かんないですけど、絶対美味しいやつですよね?」
「俺自身は似たようなモノを食った経験はそれなりにある。というか、日本で普通に金出せば食えるものではある」
だから、どうしても……こいつらを押し退けて独り占めしたいほどではない。あまりに格好悪過ぎるからだ。さすがにそれくらいの見栄を張る余裕はあった。
しかし、それはそれとして、パック御飯ですら泣く連中が手を出していい代物ではない。確実に価値観が壊れるだろう。
「私の提案で出したものですし、ここはこの九十九向日葵が……」
「いやいや、あたし、あたしが拾ってきたチケットですってば、向日葵ちゃんっ!? 眼が血走ってるっ!」
「だって、以前のパック御飯の時も新米おにぎりの時もご同伴に預かれなかったし」
「おにぎりはそのあと食べたでしょっ!? というか、あの時カガチヤタローのせいで大変だったんだからっ!?」
「俺のせい?」
醜い争いはしばらく静観する気だったのだが、俺の名前を出されては口を挟まずにいられない。
「って、あっ!? いや、その……今は関係ないですっ! 蒸し返すなーーっ!」
「蒸し返したのお前だろうに。まあいいけど」
「ホッ……」
あからさまにホッとした態度が気になって仕方ないものの、とりあえずスルーする事にした。
確かに報告は受けているのだ。なんだっけ? トイレがなんとか……食い過ぎで腹壊したにしても変な気が。
「じゃ、じゃあお姉様っ! お姉様の采配でどうか!」
「えーと、とりあえず蒲公英にはこの< ミュータント肉 >をあげるから……」
「いやーっ!! というか、なんでそんなのが出てくるんですかっ!? そもそも、倉庫にたくさんあるしっ!」
それも不可解ではあるんだよな。九十九世界から持ち込んで死蔵しているミュータント肉と同じものかどうか確認する必要がある。
もし同じならどういう経路で情報を拾ったのか。元々存在している異世界からの収集能力の結果とするには、あまりにピンポイント過ぎるからだ。
「じゃあ、やっぱりここまでガチャの恩恵に与っていない私が頂くという事で……」
「なんでじゃー。そこは、あんたのカードを見つけてきたあたしのご褒美でしょ!」
「貢献度で考えると、私はもらえるチャンスが皆無なんだけど」
「急に騒がしくなったな」
ちょうど女三人だから姦しいと言えばいいのか。実際の声量や内容よりも、全員が同じ声で喋っている事で能がバグるのが問題だ。
「えーと、どうしましょう? 加賀智さん」
「ちなみに、この中でコレを食いたいやつは?」
無言で俺以外の全員が手を上げた。この空気なら俺を上げていいんじゃないかとも思ったが自重する。
「じゃあ、どうしても、なにがなんでも食べたい、譲れないって奴は?」
……誰も手を下げねえ。こう言ったら花くらいは下げる気がしたのに。これが美食の魔力……。
「……しょうがない。じゃあ、今後の体制も考慮して俺の特権を行使」
「え、カガチヤタローが食べるんですかっ! そんな……ご再考を」
「そうじゃねーよ……はい」
俺はカードをそのまま花に手渡す。
「はい?」
「君が管理しろ。姉妹のご褒美として、働きに合わせて渡す相手を選べ。もちろん、自分でもいいぞ」
「え……ええ……そんな事」
「割と重要だ。今後も、あきらかにご褒美になりそうなカードは君が管理して必要に応じて配布しろ。マテリアライズするのは俺だが、基本的によほどの事がない限り口は挟まない。……それなら、納得セざるを得ないはずだ。今後増えるだろう姉妹もな」
「……分かりました。……加賀智さん厳しいなあ」
「こんな場面じゃなきゃなー」
状況的に成長を、体制構築を重視せざるを得ない。
「でも、このルールだと私がご褒美をもらえる余地がまずないような」
「無視できる度量があるなら気にしなくてもいいが、飲み込める余裕があるなら飲み込め。お姉様なんだからさ」
「……あー、はい。そうですね」
そこ後、悲壮な覚悟でカードを蒲公英に手渡し、実はそのカードが< ミュータント肉 >だったという衝撃展開はあったものの、結局は誰も文句の言えない功労賞として蒲公英が< 極上カツ煮定食 >を受けとる事となった。
「むほーーーーーっ!?」
やたら美味そうな匂いのカツ煮定食を前に、女の子が見せてはいけない顔で昇天しかけた蒲公英だが、しばらくするとすべてを噛みしめるように静かになっていく。その表情は何を思っているのか想像はつくものの、正解は分からない。
「あ、あの、蒲公英ちゃん、一口だけとか……」
そこで、ある意味空気を読まず、あるいは匂いで我慢し切れなかったのか向日葵がそんな事を言い出した。
「…………」
「だ、だめ? 同期のよしみとか……」
「……いいですよ、しょうがないなー向日葵ちゃんもー」
「え、ほ、本当にっ!?」
なんだろう。絵面だけ切り取れば微笑ましい姉妹のやり取りにしか見えないのに、空恐ろしいものを感じるのは。
「あの、加賀智さん……アレ罠ですよね?」
「多分な」
以前、パック御飯を口にした経験を持つ花だからこそ辿り着く答えだ。
「美味っ!? 何コレっ!? え、ちょ……も、もう一口だけ!」
「もうないですよ」
未知の美味に能を掻き回された向日葵の眼の前には、完膚までに、汁の一滴すら残さぬレベルで完食された定食皿。
「お……ぉおおおおおおーーーーっ!」
当然の如く泣き崩れる向日葵。
知らなければ良かったのだ。未知であれば関心だけで済んだ。そこに踏み込んでしまったから、悪い姉妹にいたずらされるのだ。
-3-
「な、なんて……事。加賀智様はあんな美食を常日頃から……平行世界恐るべし」
「第五次まで世界大戦やってる世界とは比べるべくもないだろうが、さすがに日常的に食うものではないぞ」
メジャーではあるけど、同じカツでもカツ丼ほど看板背負ってないし、普通に飽きるだろう。値段も多分、常食するには高いし。
「いや、マジですげー。あたし、何があっても頑張れる気がします! 次のご褒美も手に入れる!」
「おのれ蒲公英……っ!」
みんながみんなこんなシンプルじゃないものの、モチベーションに繋がる手段としては十分だろう。
「加賀智さんはこうやって人を操る仕事を……」
「んなわけあるかい。ただの元営業マンやぞ」
世の中にはもっと悪い奴はたくさんいるのだ。それを垣間見れただけでも勉強になっただろう。
「まあ、ボーナスっぽいもの以外は普通に配布するから、向日葵も前よりいいものは食えると思うぞ」
「で、でも、アレが極上の味なんですよね?」
「それをお前の舌に教え込むための蒲公英の罠だから、騙されたほうが悪い」
「くっ……」
というわけで、ガチャの続きだ。せっかくだしと、蒲公英が回収した分で回していないチケットを使う事にした。
回すのは花だが、なんとなく全員でそれを見守る事になった。
◆ノーマル
< 平面地球儀 >
< 割れた洗面器 >
< トイレブラシ >
< 塩胡椒 >
< 味噌田楽 >
< バスケットボール >
< 体温計 >
< シガレットチョコ >
< 牛乳を拭いた雑巾 >
< まな板 >
< 温州蜜柑 >
< マスクメロン >
< 焼酎 >
< ジンジャーエール >
< 緑茶(砂糖入り) >
< おでんセット(関東風) >
< つみれ >
< お徳用ちくわぶ >
< 天むす(かき揚げ) >
< 梅干し >
< 障子紙 >
< ヘアブラシ(髪付き) >
< 拘束具 >
< カブトムシの右前足 >
< 食用鹿肉 >
< 折れた猪の牙 >
< たんぽぽの綿毛 >
< 学習帳 >
< 業務用コピー用紙 >
< 千切れたネットワークケーブル >
< 悲劇のサンダル >
< オケラ >
< オクラ >
< 般若面 >
< 靴ベラ >
< 監視映像 >
< とある未解決事件の真実 >
< 枯れ雑草 >
< ミックスし過ぎたジュース >
< ウインナー >
< 売れ残ったバームクーヘン >
< UFOの動かぬ証拠 >
< アルミホイル帽 >
< USBメモリ(容量偽装) >
< あんパン >
< あんまん >
< クソゲー福袋(2010年) >
< プロ野球珍プレー集 >
< 存在しないはずの卒業アルバム >
< 穴のない五円玉 >
< アーケード基盤:インベーダーゲーム >
< 玉の出ないピンボール台 >
< ビリヤードボール >
< 石灰岩 >
< 氷柱 >
< 炎上した自動車 >
< 欠けた土偶 >
< 薪 >
< 鼻輪 >
< 単三マンガン電池 >
< フラフープ >
< 線路の上の置き石 >
< 本場のフィッシュ&チップス >
< 誘拐犯の告解 >
< 折れた杖 >
< ドアストッパー >
< 崩壊した歩道橋 >
< ビルの残骸 >
< アスベスト >
< 毒入りシチュー >
< 無免許調理師の履歴書 >
< 鉄球 >
< 不発弾 >
< 蛍石 >
< 復讐日記 >
< NTR計画書 >
< アーケードゲーム筐体 >
< 持ち去られた看板 >
< 盗まれたサドル >
< ピンマイク >
< 壊れた監視カメラ >
< 藁束 >
< 洗顔料 >
< 漂白剤(詰替え用) >
< ヘアゴム >
< 仮面夫婦のアルバム >
< 鎖骨 >
< 海苔 >
< 胡瓜の一本漬け >
< 茄子の浅漬け >
< 空の賽銭箱 >
< ドーナツ >
< 信玄餅 >
< 爪楊枝 >
< 燃え滓 >
< おっさんの脛毛を抜く権利 >
< 毛布 >
< 捨てられた結婚指輪 >
< ライブの整理券 >
< バイオリンケース >
< 輪ゴムセット >
< 無地の麻雀牌 >
< 罅割れた水鉄砲 >
< 破棄された鶴橋 >
< 使い古しのボクサーパンツ >
< 豆電球 >
< 苦情対応マニュアル >
< 燻製卵 >
◆イクイップ
< 靴下 >
< 猫耳 >
< 着脱自在肉球 >
< ウッドブーメラン >
< スケートシューズ >
< ナイフ(使用済) >
< ランドセル >
< 巾着袋 >
◆スキル
< バットコントロール >
◆ベース
< 道場の床板 >
「思ったより悪くないな……」
あからさまにボーナスとして使えそうなものはないが、それでも結構有用なものが多い。特に食料が多いのがいい。
戦闘用・探索用に使えそうなものは少ないが、それも使い方次第だと知っている。ただ、戦力に直結していないというだけだ。
食料になりそうなものは別に分けて、必要に応じて管理。それ以外も、特別欲しいものがあれば申告制で配布する事にする。
あと、< 線路の上の置き石 >はマテリアライズしておいた。いや、多分意味ないだろうけど一応ね。
「あとは向日葵の武器だが、当面は何か見つくろって……」
「仕込み武器はありますけど、ゴブリンとやらに使うための武器は欲しいですね……このナイフとかもらっていいですか?」
「……使用済らしいが」
「え? あ、まあ多少切れ味は落ちてても大丈夫ですよ」
そういう事ではないのだが、生きてきた環境故に使用済で血塗れな点は考慮に値しないらしい。
良く見れば花も蒲公英もノーリアクションである。……やっぱり生きてる世界が違うんだな、この子たち。
-4-
その後もいろいろ細々とした事はあったものの、そのまま就寝。本来であればスケジュール調整して交代制にすべきだろうが、今日ばかりは全員寝る事にした。一応だが、拠点の入口にもトラップは仕掛けてあるので、ゴブリンくらいならなんとでもなるだろうと。
結局、そのゴブリンの訪問もなく翌日。
蒲公英に階段近くを見張りつつ動けるよう単独行動してもらい、俺は向日葵の探索技術と実際の戦闘を確認すべく、別のエリアの探索へと向かった。
今後は俺が対応するポジションになるのかなと思いつつ、定期的に拠点に戻り、安全の確保を確認する。拠点もそうだが、花の存在がある以上絶対に無視できない。
「……すごいな、向日葵」
「本職なので」
向日葵の探索行動の技術は思った以上に高度だった。ある程度でも経験を積んで、慣れた俺だからこそ納得できる技術が極めて高度に完成されている。
警戒、歩法、偵察、所作や体重移動、おそらくは状況判断能力まで。比較するなら待雪や桜なのだろうが、ちょっと情報が足りない。
……とはいえ、本職と言っている以上、彼女らよりも上なのだろう。
「加賀智様は多分私に近いと思うんですよね」
「俺が?」
「はい。私が見せた技術のほとんどは知識と経験で修得できるものです。どうです? できると思いませんでした?」
「…………」
正直、思った。
待雪の格闘技術を見た時は、やってる事は理解できるがどうすればできるのかが分からん状態だったが、これに関しては道順が辿れそう……な気がする。錯覚かもしれないが、それでも本人が言っているように無理難題というほどではないだろう。おそらく人間でもそれなりに修得できる技術なのだ。
「時間が空いた時でいいから教えてもらってもいいか?」
「いいですよー」
軽いノリで言っているが、コレ多分軍隊とかに習う技術なんだよな。さっきから、無音でゴブリン仕留め続けている姿なんて暗殺者のソレだし。
「とりあえず、ある程度は把握できた。基本的にはモドキを警戒しながらゴブリンを倒し、カードを回収というルーチンになる」
「はい。大丈夫です」
「しばらくは俺たち三人で別のエリアを周りながらカードを貯めつつ、ガチャの排出に期待する事になるが……」
「問題はモドキと、階段の先に進むタイミングですね」
「……俺としちゃ、お前ら二人なら一度偵察に出てもらってもいい気はするんだが」
ガチャの出目で悩んでいたのだって戦力的な問題が大きく、彼が単独で先に進む事を前提にしたからでしかない。
食料や水の問題もあるが、それらはある程度解決しているし、蒲公英と向日葵という戦力がある以上はほとんどの問題はクリアしている。
もちろん油断はすべきじゃないが、早々に階段を降りるのも手だ。胸の中の懸念が無視できない。
「なら一旦蒲公英と合流して……」
「カガチヤタローっ!」
と、これからの話をするタイミングを狙ったように蒲公英が現れた。一切警戒の色が見えないが、まあ蒲公英ならどうとでもするのだろう。
「ちょうど良かった。今からお前と合流して階段の先を……」
「こっちもその事なんですけどね。ちょっと確認してもらいたいものが……」
……なんだ? なんかのトラブルか? 柚子モドキが出てきたのならこんな反応じゃないだろうし、また姉妹のカードを見つけたようにも見えない。
しかし、緊急性は感じられない。
できれば確認したいところだったが、そこまで遠くもなかったので、そのまま階段のフロアへと移動する事にした。
「ここが例の階段……汚いですね」
「物が多いのも、粉バラ撒いてるのもそのままだ。……別段、変化はない……よな?」
「フロアはどうでも良くて、問題は階段です」
蒲公英はそう言うとスタスタ階段前まで歩いていく。足跡が残ってしまうが、そこはあとでどうにでもなるかとそのあとを追う。
なんとなく足跡に合わせて移動してしまうのは人の性なのか。
「カガチヤタロー、その先に進めます? 一段だけでいいです」
「ん? 確かに降りた事はなかったが……」
まさかと思い、ピアノ線に気をつけて見を乗り出す……が、別段不思議なところはない。一段降りるだけでも結構緊張するな。
「なんだ、何が問題なんだ?」
「カガチヤタローは入れるんですね。……問題はコレです」
蒲公英が階段前フロアが腕を突き出すと、途中でその動きが止まった。階段の入口にある枠から少しだけ奥に入った部分だ。
良く見れば、広けた掌を中心に透明な壁のような……障壁が見てとれた。……向日葵がやっても同じ反応だった。
俺が戻る事はできるし、再度降りようとしても問題はない。……つまり、コレは。
「あたしたちはこの先に進めないかもしれません」
珍しくリクエスト多かったので、しばらく続きます。(*´∀`*)





