それぞれの思い
今回はお互いに思いを語ります。
刹那、ヘルズが動く。周囲に轟音をまき散らし、北見方に打ち掛かる。北見方はそれを2,3度捌き、呟く。
「《計算》」
瞬間、北見方の瞳に数式が映る。闘いの必勝法を計算し、脳内で反芻している。
「らあっ!」
ヘルズが人外の力を解放したまま、全力の上段蹴りを放つ。だがすでに、人外の速度と威力は『視て』いる。北見方の肘から爆炎が噴き出し、ヘルズの神速の蹴りを防御する。続くヘルズの二段蹴りを、北見方は難なく避ける。ヘルズが歯を食いしばる。
「《昇華残影・演武輝夜》!」
――――直後、ヘルズの視界が急激に遅くなる。北見方の挙動の1つ1つが手に取れるように読める。ヘルズはゆっくりと拳を引きながら、ねじりだすような拳打を打ち放つ。
「《甲破星囃》!」
音速にも迫る掌打に《昇華残影・演武輝夜》と人外の力が加わり、凄まじい推進力を生み出す。半円を描いて繰り出した掌打は北見方のクロスブロックをたやすく打ち破り、北見方を大きく吹き飛ばした。
瞬間、暴風にも匹敵する速度で、化け物が駆ける。音すらも置き去りにして北見方の懐に飛び込むと、顔面を激しく殴打する。北見方の鼻が折れ、血しぶきが宙に舞う。その上、さらに容赦なく蹴りの8連撃を見舞う。
「があああああッ!」
北見方が血を吐きながら、壁に激突する。同時、北見方の身体が爆発した。壁に激突した際、腰に付けていた火薬に衝撃が加わったのだろう。その上に、破壊した建物の欠片が落下してくる。いくら敵が改造人間であっても、生きている可能性は五分五分だ。もし仮に生きていたとしても、改造部位以外は火傷と打撲で動かないだろう。
ヘルズはそれを見ると地面に降り立つ。遅れてきた暴風が、ヘルズの黒髪を嬲っていく。
「お前、ふざけんじゃねえぞ」
ヘルズは―――――怒っていた。人外の瞳と普通の眼の両方で北見方を睨みながら、拳を握りしめる。
「生徒会長をなんだと思ってるんだ、この最低野郎! いいか、生徒会長っていうのはな、頂点なんだよ、頂点! 何十、何百という組織が倒されて、何人もの仲間がやられて、表向きのボスが倒されたときに『実は私が黒幕だったのだ』って出てくるのが生徒会長だろうが! なんでだよ⁉ まだ4人しか倒されてないだろ! まだ1つも組織は倒れてねえだろ⁉ なんで出てくんだよ! 黒幕の出番はまだ先だ! こんな詰まらねえ場面で出てきていいほど、生徒会長っていうのは安い役じゃねえ!」
怒りのままに、本能のままに、ヘルズは語る。そこには、嘘偽りなど一切ない。
完全たる、本気だ。
「だっておかしいじゃねえか⁉ 生徒会長っていうのは、生徒全員を洗脳したり黒服とかに恐喝させて票数を稼いでなんだかんだで生徒会長の座について、最終的に学校全体を掌握して手駒を増やしてくのが当然だろ⁉ なんで、単独で攻めてるんだよ⁉ 残りの500人はどうした⁉ 黒幕がこんな簡単に登場して、どんな需要があるんだよ⁉」
ヘルズが怒りのままに、ダン! と地面を踏みしめる。地面に亀裂が走り、地面に新たな割れ目が生み出された。
「ふざけんなよ! 生徒会長と風紀委員長と美化委員長が危険人物っていうのは決まってるんだよ! 風紀委員長は『風紀を乱す奴は排除する』とか言って学校の問題児を排除して、美化委員長は『美しくないものは必要ない』て言って生徒たちを脅かし、それらは全て生徒会長の計算通りで、生徒会長は一人ほくそ笑む! これが王道だろ! これが正解だろ! おい北見方、風紀委員長と美化委員長はどこ行った⁉ さっさと連れて来いよ! 多人数上等、強敵万歳だ! 何なら他校を巻き込んでもいいから、早く呼べよ!」
「・・・・怒ってたのって、まさかそれだったんですか」
地面に倒れていた北見方が起き上がり、ヘルズを睨む。その眼には憐れみ半分、殺意半分が浮かんでいた。バーテン服は所々が焼け落ち、改造部位、肉体問わず傷だらけだが、一応は無事なようだ。まあ大方《計算》を使って致命傷を逃れたのだろう、器用なことだ。
「ああそうだ。何か文句あるか?」
「いや、ありませんよ。ただ、非常に下らないなと思いまして」
北見方が肩をすくめる。顔の煤を腕で拭い、ヘルズに向き直る。
「では次は、僕の番と行きましょうか。何、ただの昔話ですよ」
「ぜひ聞こうか」
ヘルズは即答した。生徒会長の過去など、聞こうと思って聞けるものではない。
「では、ぜひご拝聴を。―――――ある所に、1人の少年が居ました。その少年はとても真面目で有効関係も広く、学力がそこそこであった事を除けば、非の打ち所のない少年でした。
―――――ある日、少年は交通事故に遭いました。一命は取り留めたものの、少年は頭に重大な怪我を負い、脳の機能の半分以上を失い、十分な日常生活を送れなくなりました」
北見方はそこで一旦言葉を切ると、ヘルズの方を見た。同情して欲しいようだ、ヘルズが首を縦に振ると、北見方は話を続けた。
「何とか意識を取り戻したものの、少年に待っていたのは地獄のような日常でした。他人が話す言葉は全て異国の言葉のように聞こえ、まともな読み書きすら出来ず、挙句歩行さえ困難になりました。
そんなある日の事です。僕の元に、不思議な老人が訪ねて来ました。そして僕に――――脳の機能を失った僕に、普通の日本語で喋りかけてきたのです。
『その頭では長くは生きられない。せいぜい持って5,6年と言ったところだろう。だが、それを回避する方法が1つだけある。我が輩に、命を預けてみないか? そうすれば、お前はまだ助かるかもしれない』と」
師匠だ、とヘルズは思う。言語機能を失った患者にそんな真似ができるのは師匠だけだし、何より、重症を負った患者を改造人間に仕立てるのは、師匠の十八番だ。
「他に生きるための選択肢がなかった僕は、その老人の提案に乗りました。そして幾度とない改造を受けてこの《計算》を手に入れました。そこからは、人生が180度変わりましたよ。勉強は全教科満点、運動は元々良かった運動神経に《計算》を駆使することで更に多彩な動きができました。美術は絵画を一瞬見てそれを記憶、脳内で再現して模写すればいいだけですし、音楽はプロの人の喉の開き方や楽器の指使いを見て再現できます。また友人や先生の挙動を見て次の行動を『予測』することで、常に一歩前に立てます。おかげで内申点はオールパーフェクト、『気の利く人』という事で皆からも一目おかれ、友人関係も広く深くなりました。―――こう見えても僕、結構モテるんですよ? まあ、貴方ほどではありませんが」
自嘲気味に、北見方は肩をすくめる。雲泥の差、というほどではないが、北見方とヘルズの顔面偏差値には、かなりの差がある(ヘルズ本人は気が付いていないが)。その事に、仕方ないと思いながらもやはり引け目を感じてしまうのだろう。
「そして全てが上手く言ったある日――――事件が起こりました。少年の家族が、何者かによって誘拐されてしまったのです。少年は残された証拠を《計算》を駆使しながら何とか家族の行方を捜しましたが――――見つけた時には彼らはもう、息絶えていました」
北見方はグッ、と拳を握りしめた。
「その時少年は決心しました。自分の家族を殺した人間に、復讐をしようと。手始めに、仲間を募りました。人数は4人。自分の能力が『眼』を介して使う能力であるところから、メンバーは、『視覚』を除いた四感を使った機械人間のみを募りました。そしてそれぞれにあった偽名を付けて、組織を結成しました。組織名の由来は、少年の両親を殺した奴を殺した時に、指先にのみ血が付着したところから、そう名付けました」
北見方が淡々と語る。ヘルズはそれを、黙って聞いている。
「そして両親の仇も討ち、少年―――――いえ、青年たちの標的は『犯罪者』へと変わりました。昔、善良な暮らしをしていた青年の幸福を奪ったのは、犯罪者だったからです。そこで、彼らは暗殺集団となって、密かに町を守るために暗躍し始めたのです」
北見方が、遠い眼をする。
「あの頃は、とても充実した日々でした。皆と協力して仕事をこなし、皆で笑い、時に泣いて、皆で戦ったあの日の事は、忘れませんよ」
北見方はそこまで言うと、殺意の籠った眼差しでヘルズを睨む。
そこには、殺意一択。相手に謝罪の予知すら与えない、そんな意味の瞳があった。
そもそも、分かってはいるのだ。
こんな演説をしたところで、死んだ仲間たちは帰ってこないことに。死は死。それが大きかろうが小さかろうが、死んだ人間は生き返らない。
だが―――――そう割り切ってしまう事は、できなかった。物理的に仲間は死んでも、自分の心の中で生きている。それを伝えたい、相手に分かってほしい、理解してほしい。
だから、言葉を弄す。相手に訴え、ぶつける。
それこそが―――それが、脳と四肢を機械化し、半分人間をやめた存在である、北見方修吾という青年の、唯一残った人としての部分ではないだろうか。
「けど、そんな青年の『日常』を、貴方が壊したんだ。死んで償ってくださいね」
北見方の怒りを、ヘルズは一笑に付す。
「ああそうかよ、じゃあ全力でかかって来いよ!」
瞬間――――北見方が動く。両足の火薬を爆発させ、超高速でヘルズに打ち掛かる。
「はあああああッ!」
超高速の突きを前に、ヘルズは嗤う。
「くくっ」
そして――――言った。
「なあ、《反逆者に付けられし栄光》って知ってるか?」
次回は9月8日更新予定です。




