敵地に乗り込む前に、特訓! 特訓!
「仮装大会?」
オウム返しに聞く姫香に、ヘルズは頷く。
「そうだ。いくら偽のチケットがあるからと言っても、この格好じゃまずい。ニセ教師やユルはともかく、他の皆は社会的身分ではまだ学生だ。そんな学生が、夜遅くまでのパーティーに居たら目立ってしょうがない。だから、俺達はこのパーティーに変装して潜入する」
とかいいながら、本当はただコスプレ大会をやりたいだけなのではないか。
全員の懐疑の視線が、ヘルズに集中する。
「な、何だよ。別に俺は『とかなんかそれっぽい事言って強制的にコスプレ大会やろう』とか、思って無いからな!」
(思ってたんだ・・・・・)
もはや苦笑しか出てこない。
「まあ、そういう事だから各自服を用意しておくこと。あ、ユルは似合ってるからメイド服のままでもいいぞ」
ヘルズに言われ、ユルの顔が僅かに赤くなる。
「あ、ありがとうございます」
赤面したユルに気付かず、ヘルズが続ける。
「それじゃあ、次に集合する時は潜入場所で。さすがに、ここまで存在感の濃い連中だ。変装してても分かるだろ。作戦はその時口答で伝える。という訳で、潜入する時までは各自、自由行動って事で」
言うだけ言うと、ヘルズは立ち上がった。
「おい姫香、今からいつもの場所で特訓だ。悪いがもう、時間が無い」
何故か焦ったようなヘルズの声に、姫香は驚く。
しかし、あのヘルズの事だ。いつもはネトゲ廃人でどうしようもない引きこもりで常人には理解しがたい程の厨二病だが、これでも現役怪盗だ。きっと、今から練習しなければならない理由があるのだろう。
「あ、じゃあ私も行く」
唐突に二ノ宮が立ち上がり、姫香の腕を取った。
「じゃあ行こうか、姫香ちゃん」
「えい、やあ、はあ!」
掛け声と共に、姫香の木刀が振り下ろされる。
ヘルズはそれを片腕で防ぐと、もう片方の腕で姫香の喉元を狙った。姫香はのけ反ってこれを回避すると、再び木刀を一閃。タイミングよく蹴りだされたヘルズの足と交差し、火花を散らす。
「もう一本!」
「はい!」
ヘルズの上段蹴りをかがんで避け、木刀を横に薙ぐ。
「《空間断裂・空薙ぎ(からなぎ)》!」
三日前までは口に出すのも恥ずかしかった必殺技と共に、逆袈裟斬りがヘルズを狙う。その速度に、ヘルズは成す術もない。
――――――取った!
姫香がそう思った刹那、ヘルズの右腕が霞む。超絶的な速度で動いたヘルズの右腕は木刀を受け止め、
―――――破壊した。
「なっ・・・・」
姫香が驚いた瞬間、前方にヘルズが出現。慌てて木刀を構えるがそれも叶わず、胸を押されて地面に倒れる。
「詰めが甘い。それじゃあチャルカにすら勝てん」
ヘルズは冷たい声で言うと、構えを解いた。姫香を起き上がり、木刀を床に置く。
「だ、だって相手が木刀を破壊するだなんて、想像もつかなかったんです!」
姫香の言い訳を、ヘルズは一笑に付した。
「ほう、そうか。お前は実際の殺し合いの時に『武器を破壊されたのでちょっと待ってください』とでも言うつもりか? それで待ってくれる相手が居たら、ぜひお目にかかりたい物だな」
「ふうううう~」
紛れもない正論に、姫香は頬を膨らませる。
その、意外に可愛らしい姫香の動作に僅かに動揺しながらも、それを悟られないようにヘルズは肩をすくめる。
「ま、無理も無いか。そもそも、素人がプロと2時間ぶっ通しで戦えること自体が奇跡みたいなものか。休憩するぞ」
その言葉に、姫香は四肢の力を抜いた。大の字に床に倒れ込み、大きく息を吐く。
「ふう~」
「お疲れさま、姫香ちゃん」
二人の訓練の成り行きを見守っていた二ノ宮がねぎらいの言葉を掛ける。姫香の隣に座り込み、水の入ったペットボトルを渡してくる。
「はい、水」
「ありがとうございます」
姫香は起き上がるとペットボトルを受けとる。冷たい感触が心地よい。
姫香は水を一口飲むと、二ノ宮に聞いた。
「あの、ヘルズさんは何で作戦会議を打ち切ってまで私との訓練を優先させたのでしょうか?」
その、思って当然の素朴な疑問に、二ノ宮は首を傾げた。
「心当たりはあるけど、姫香ちゃんに話してもいいのかな。まあいっか」
どうやら、首を傾げたのは分からないからではないようだ。
二ノ宮は相変わらず菩薩のような微笑みで姫香を見ると、その頬に触れた。
「ねえ姫香ちゃん。『人類最強化プロジェクト』って知ってる?」
姫香は首を振る。そんな名前、聞いた事も無い。
「ヘルズ達の師匠、『最強の犯罪者』の研究でね。とてつもなく非合法な実験の数々だったらしいわ。何でも無差別に攫って来た人間たちのDNAを合成したりとか、あえて悪性のウイルスを複数投与したりとか。ああ、全身の細胞をいじったのもあったわね」
姫香は吐き気がして来た。―――なんだ、その非人道的な実験は。
「その中の一つに『人体機械融合実験』という物があったわ。詳しい内容は省くけど、簡単に言えば人間の身体の一部を機械化して、物体の威力そのものを上げようって計画ね」
二ノ宮は淡々と続ける。
「この実験は10年前から存在し、今でも続いてるわ。そして、今では裏家業中に出回っている実験の一つでもある。――――貴方は気が付いてないかもしれないけれど、チャルカちゃんも改造人間よ」
「そ、そうなんですか⁉」
「そうよ。そしてこの実験は、毎年多くの被験者を出している。その成功率は約80%。これはどういう意味か分かるかしら、姫香ちゃん」
分からないわけがない。
「つまり、10人中8人がその実験に成功して、世間に出ている――――」
「そういう事。そして改造人間はどの個体もかなりの強さを持っているわ。その内、世界を征服出来る位にはね。強い個体なら、あのヘルズですら手も足も出ずに終わるわ。―――――そして、ここが重要」
二ノ宮が、指を一本立てる。
「聞いた話によると、今回私達が戦う『血まみれの指』は、その全員が改造人間らしいわよ」
気が遠くなるかのようだった。
非人道的な実験を覚悟の上で自らを強化した『改造人間』に対して、どう戦えばいいと言うのだ。
その『覚悟』も、『力』も、どちらも常人が抗えるものではない。
「ど、どうして、そんな実験が続いて―――警察だって馬鹿じゃないんだし――――」
驚きの連続で、呂律が回らなくなる。
その時、後ろから声を掛けられた。
「『力が無くては、何もできない。物事を最終的に制すのは、力が全てだ』」
その言葉に姫香が振り向くと、そこには呆れた目をしたヘルズが立っていた。
「師匠の理念だ。そういう考えをしてたから、違法な実験にも平然と触れられたんだろうな。
だが、正論だ。力が無ければ何も守れないし、力が無ければ物事は語れない。
姫香、お前さっき『警察は馬鹿じゃない』って言ったよな? もしそれが本当なら、どうしてニセ教師や俺は捕まってないんだろうな?」
心底呆れたように、現役犯罪者が言う。
「『最強の犯罪者』がどうして平然とのさばってられるか知ってるか? 答えは簡単、師匠に『力』があるからだ。全ての国を相手にしても負けないから、『最強の犯罪者』は未だに捕まってないんだ。つまり、力なんだよ。この世界を牛耳ってるのは。だから、10年経った今でもこの実験の被験者は後を絶たないんだ」
「話を戻すわよ」
馬鹿にするように嘯くヘルズを遮り、二ノ宮が続ける。
「さっきから言ってる通り、常人が改造人間と戦えば確実に負ける。死ぬ可能性だって充分にある。ヘルズは一秒でも長く姫香ちゃんを鍛える事で、姫香ちゃんが改造人間と戦って死ぬ可能性を1%でも減らしているのよ」
「おい二ノ宮、その言い方やめろ。もっと卑屈に言えよ。それだと俺が正義の味方みたいで虫唾が走る」
ヘルズが苦虫を噛み潰したような表情で言う。
その時、入り口の扉が開いて中から一人の青年が入って来た。
「すまない、待たせてしまったね」
その青年の顔には、見覚えがある。
姫香達の通う学校の制服に、生徒会のみが付けられる校章。
それはーーーーー
「生徒会長⁉」
「そう、コイツはうちの高校の生徒会長、北見方秀梧。そして――――」
ヘルズは生徒会長の肩に腕を回し、ニヤリと笑う。
「俺の正体を知っている奴の一人だ」
次回は7月4日更新予定です。




