互いがついに、動き出す
ヘルズのその言葉に、一同の顔に緊張が走る。
それは、10億円という金額か、それとも狙いが暗殺組織だという所か。
「計画は既にこっちで立ててある。あとは行動するだけだ。―――――辞退する者は?」
ヘルズが不安げに聞くが、誰からの声も上がらない。
それが当たり前かのようにヘルズは頷くと、右手を掲げた。
「じゃあ、全員参加でいいな?」
「「「「おおおおおッ!」」」」
全員が賛同の声を上げ、部屋の中は再び喧騒に包まれる。
「最近デスクワークが増えて、身体が鈍ってたんだ。暗殺組織とは、これまた丁度いい」
「何を作ろうかしら。指が疼くわね」
「全員倒す。これ絶対」
「そうですね。折角の機会です、第三期暗殺者次席の力、ぜひご覧ください」
全員、戦う気満々のようだ。
これではまるで、ヤクザか暴力団のようだ。
そんな盛り上がった空気の中、ヘルズが一言。
「助かった~。ネトゲの課金代、無くなりかけてたんだよな」
――――――一瞬にして、部屋に沈黙が訪れる。
最初に言語を発したのは、姫香だった。
「はい?」
疑問詞を発した姫香に、ヘルズは恥ずかしげも無く答える。
「実はさ、この前ガチャのイベントがあってさ。どうしても欲しいキャラが居たから課金代の大半をつぎ込んじゃってさ。もうすぐ次のイベント来るから危なかったんだよなー」
「え、でも生きていくために必要な事だって―――――」
あれは生活費の事ではなかったのか。
「え? ネトゲとその課金代が無ければ生きていけないだろ。常識だろ?」
飄々と答えるヘルズに、姫香は頭が痛くなっていくのを感じた。
つまりこの男は、自分のネトゲの課金代を稼ぐためだけに、大勢の仲間を巻き込むと言うのだ。しかもそれが平々凡々な一般人ならとにかく、暗殺者やスパイなどをだ。
それは彼らにとって、侮辱に等しい行為なのではないだろうか?
「ヘルズ、テメエ・・・・」
「主席、ふざけないで・・・・」
「心底見損ないました、一度死んでください・・・・」
姫香の予想が的中したかのように、降谷がユラリと立ち上がる。それを皮切りに、チャルカやメイドも立ち上がる。唯一、二ノ宮だけはヘルズの性格を知っているからか、涼しい顔で事の顛末を窺っている。
「何だ三人とも。そんな怖い顔をして。闇の力にでも目覚めたのか?」
ヘルズの空気を読めないその一言に、ついに三人がブチ切れる。
「「「一回死ね――――――!」」」
姫香は部屋の敷金が絶対に戻ってこないだろうとあらぬ心配をしながら、その不毛な戦いを見送っていた。
「で、これより計画を発表する」
本格的に命の危機を感じて、割と本気を出して三人を秒殺したヘルズが、皆に言う。
「く、そ。ヘルズ・・・・・」
「主席、許さない・・・・」
「今回ばかりは流石にワタシも怒りました―――――」
床に倒れて息も絶え絶えの三人が口々に言うが、ヘルズは聞いていない。
「奴らは腐っても暗殺組織、アジトの情報操作は完璧だ。実際、二ノ宮が奴らの個人情報を盗み出そうとしても何も出なかった。このままじゃ金はおろか、奴らのアジトに忍び込む事すらままならない。そこで、だ」
ヘルズは一旦言葉を区切ると、ポケットから紙を取り出した。
「奴らを倒して、奴らの金の居場所を吐かせる。幸いな事に今から3日後、とある貴族令嬢のパーティーがある。計画によると『血まみれの指』はその会場に潜入し、標的を殺す。そこで俺達もこのパーティーに侵入し、奴らと接触、及び戦闘。そして最初に勝った奴が、奴らの金庫の在り処を吐かせる。大まかな計画はこんな感じだ」
そのあまりにも怪盗とは思えない発言に、姫香は絶句する。
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、あまりにも怪盗らしくないのでは・・・・・」
姫香が咎めるように聞くと、ヘルズがじとり、と睨みつけて来た。
「知るか。そんな事よりネトゲの課金代の方が大切だ」
その瞳に射竦められ、姫香は縮こまった。
威圧してしまった事に反省したのか、わずかに殊勝な態度になって、ヘルズが言う。
「ま、確かに姫香の言う事も一理ある。だから吐かせる方はニセ教師かユルに任せる。二人とも、『拷問』のやり方は知っているだろう?」
ヘルズの恐ろしい質問に、降谷は荒い息を吐きながらも答える。
「当然だ。スパイ舐めるなよ」
その、まるで熟練の拷問官のような発言に、姫香はぞっとする。
実際、そうなのかもしれない。降谷の本職はスパイ。すなわち、情報操作を得意とする職業だ。その過程で拷問の1回や2回、あってもおかしくはない。
だが、やはり許容できない。もし姫香が降谷の立場であっても、決して出来ないだろう。最悪、あまりの恐怖に逆に自分を殺してしまうかもしれない。そのくらい許容できなかった。
何故なら、知っているからだ。
徐々に感じていく痛みという物を。その苦痛を。
過去に虐待を受けていた姫香には、その気持ちがよくわかる。拷問と虐待は肉体面では違うが、精神面では同じだ。どちらも一歩間違えば狂いそうな孤独感と、肉体の痛みから来る激しい自己嫌悪に、神経を蝕まれる。
そんな姫香の心境を顔から読み取ったのか、二ノ宮が口を開く。
「二人とも、姫香ちゃんの前でその話はやめなさい」
「・・・・すまない」
「すまん。ちょっと調子に乗り過ぎた」
二ノ宮の一括に、降谷とヘルズが謝罪の言葉を口にする。姫香は無理矢理苦笑いを作ると、ヘルズに聞いた。
「別に大丈夫ですよ。―――――それより、そのパーティーにはどうやって侵入するんですか?」
姫香の問いに、ヘルズは不敵な笑みを作った。
「フッ、その点はぬかりない。二ノ宮にニセのチケットを作らせた。後は侵入するだけだ。そして今回は―――――」
そこで何故か言葉を止め、目を輝かせる。
「仮装大会だ!」
「―――――あの天下の大怪盗、ヘルズが僕達に予告状を出して来たという情報は本当かい、『触覚』」
バーのカウンターに腰かけ、青年がバーテン服の男に尋ねる。
「ああ、間違いない。現に、ご丁寧にヘルズのサインまで書いてある。色紙と予告状を勘違いしてるんじゃないか、コイツ」
「まあいいんじゃないかな。それはそれで面白いし」
青年が言うと、バーテン服の男が「やれやれ」と首を振った。
「こんな奴がボスだなんて、到底信じられないな」
「あ、その意見同意」
「・・・・俺も同意」
奥の席から、2名の賛同が返ってくる。青年は苦笑を禁じ得ない。
「そんなに僕はボスに向いていないかい?」
「うん。向いてないね」
青年の質問に、小学生くらいの少年が答える。ストレートな物言いが、返って痛い。
「そんな事よりこの予告状、どうするんだ? 警察にでも提出するか?」
バーテン服の男が青年に問いかける。青年は「うーん」と顎に手を置き考えると、バーテン服の男に言った。
「そうだね。警察に出してもらえるかな。どうやら噂によると、ヘルズすらも勝てない最強の刑事がいるらしい。余裕があればその人とも戦ってみたいな」
「そうかよ。元気な事で、何よりだ」
バーテン服の男は吐き捨てるように言うと、予告状を持ってバーから出て行った。
男が出て行くと、青年は愉快そうに笑った。
「さあ、楽しいゲームの始まりだよ、ヘルズ君」
次回は7月2日更新予定です。




