相変わらずの駄目人間
ルールとは自分を縛る枷でしかない。
ーーー《深淵に眠る漆黒の経典》より一部抜粋。
目覚ましの音で、花桐姫香は目を覚ました。
「う、うん・・・」
大きく伸びをしながら時計を見る。時刻は6時30分。睡眠時間8時間の、規則的な生活だ。
「よし」
朝起きたら、まず30分ほど勉強。昨日の授業の復習と今日の授業の予習を行う。やはり、朝の勉強は頭がよく働く。
勉強を終えると、姫香は制服に着替えた。そして鞄を持って靴を履き替え、外に出る。軽くジョギングをしながら、目的地へと向かう。
そこは、普通のアパートだ。だが姫香にはそれが、悪魔の洋館に思えた。
「お邪魔します」
合鍵で鍵を開けながら、姫香は魔窟へと足を踏み入れる。壁に立て掛けてあった木刀を手に取り、慎重に前へと進む。
そしてリビングに、それは居た。
体長約180cm(多分)、体重60kg(予想)、平均睡眠時間およそ2時間の、この魔窟の王だ。
気配を殺して、姫香は静かに背後に立つ。そして、手に持った木刀を勢いよく振り下ろす。
「おっと」
しかしその木刀は、頭に振り下ろされる直前で止められる。その男ーーー黒明弐夜が、手で受け止めたのだ。
「ったく、いつもながら危ねえな」
「今日は起きてたんですね」
木刀を床に起きながら、姫香は関心したように言う。いつもなら寝ているこの男に木刀を振り下ろして、寸前で起きて回避されるのが恒例だったので、今日の反応は少し意外だった。
「で、今日も徹夜でネットゲームですか・・・・ん?」
ふと見ると、弐夜の足元にはパソコンもタブレットもカップラーメンもなく、一冊の黒いノートが置かれていた。
「何ですか、これ?」
普段授業を受けていないこの駄目人間が、ノートなど使って何をしているのだろうか。姫香が疑問に思っていると、弐夜が不敵な笑みをしながらノートを手に取った。
「フッ。まさかこの忌まわしき経典の存在に気付いてしまうとはな。貴様もなかなかやるではないか」
「いや、それ普通に床に置いてありましたからね」
よく見ると、ノートの上の方に何か書いてある。
『深淵に眠る漆黒の経典』
・・・厨二病のノートだった。
「フッ、これこそが我が禁断の書、深淵に眠る漆黒の経典! 中にはこの世の真理と我が真名、我が統べる必殺技が記されている!」
弐夜がノートを姫香に渡してくる。見ろと言うことだろうか。普通、恥ずかしがって見せないものではないだろうか。
「じゃあ、少し拝見しますね」
まあ、少しは見るのも悪くない。姫香はノートを開いた。
《狂宴に嗤う宴の王》
・・・最初から反応に困る二つ名を見せられ、姫香は絶句した。
「ああ、その二つ名はかつて俺が犯罪者集団『そろそろ・遊ぶ・おじさん達』略してSAOと戦った時に開眼した名前だ」
「略し方を変えてください!」
二つ名を聞いてもツッコミ切れないと判断した姫香は、必殺技の項目を開く。そこにはお馴染みの《絶滅迅雷》や、《死角残樹》などもあった。姫香は自分の知らない必殺技がないか探す。
《百鬼夜行の戦乱》
「ああ、それは敵対集団『俺の妹を教祖にして宗教作ったら信者数が一万人を越えたんだが』略して『俺妹』と戦った時に覚醒した必殺技だ」
「だから略し方を変えてください!」
姫香は溜め息を吐いてノートを閉じる。これ以上、パクりの連続を見ていられない。
「まあ、ざっとこんなモンだ。なかなかよかったろ」
「そうですね・・・・」
もはや、返す言葉もない。
「じゃ、じゃあ取り合えず朝食作っちゃいますね」
そう言って話を切り上げる。これ以上、厨二病の話に付き合っていられない。
キッチンに立ち、弐夜と自分、二人分の朝食を作り始める。自分の家で朝食を食べなかったのもこれが理由だ。どうせ二人分の朝食を作るのなら、一気に作ってしまった方がいい。
「おっ、イベント発生してる。よし、7時間くらいやり込むか」
後ろの弐夜の残念な声が聞こえてくる。今日は普通に学校だ。今日もまた、引きこもるつもりだろう。
姫香は、大きく溜め息を吐いた。
「何でこんな人が、怪盗やってるんだろう・・・・」
ネトゲ廃人、厨二病、引きこもり。姫香が居なければ三食全てカップラーメンやカロリーメイトで済ませ、持っている金の9.9割をネトゲの課金に費やす駄目人間。
そんな黒明弐夜には、もう1つの顔がある。
大胆不敵、神出鬼没。巧みな手際で悪徳組織から次々と金を盗む、世間を騒がせる天才怪盗、ヘルズ。
それが、この男のもう1つの顔だ。
『防犯装置が日々進化してる今のご時世で怪盗とか居るわけないだろww』という人間も、居るかもしれない。だが、怪盗は確かに居るのだ。
・・・毎日をネトゲに費やし、いつ栄養失調で倒れてもおかしくないような食生活を送り、自分の我が儘を貫き通して意地でも部屋から出たがらないようなクズ人間だが、それでも弐夜は怪盗だ。
「はい、出来ました」
痛む頭を押さえながら、姫香は料理を作り上げる。なんだか目の前の男が別人に見えてきた。こいつ本当にヘルズなんだろうか。
「お、いつもすまないな」
弐夜ことヘルズが礼を言いながら席につく。そして、2人は軽く雑談をしながら朝食を食べた。
「ご馳走さま」
「お粗末様です」
食器洗いも姫香の担当だ。というより、この家の家事は全て姫香が行っている。ヘルズに任せればろくなことにならない。
「今日はちゃんと、学校に行ってくださいね」
最後の食器を洗い終えたところで、姫香は言う。先週は1回も学校に行っていなかっただけに、今週こそは学校に行ってもらう。
しかも先週に至っては、理由が意味不明だ。あまりにも意味不明だったので、わざわざ記録を付けておいた。
『欠席の理由
月曜日・・・・よだかの星からパポラ星人が遊びに来るから欠席
火曜日・・・・なんか右腕が疼くから欠席
水曜日・・・・秘密結社『ダークリユニオン』を殲滅しに行くので、欠席
木曜日・・・・ネトゲのイベントがあったような気がするので、欠席
金曜日・・・・『ハラハラ動画』の弾幕コメントを打つので忙しいから、欠席』
冗談ではない、この男は本気で上記の理由で休んだのだ。
というか、パポラ星人ってなんだ。
「安心しろ。今日はちゃんと学校に行くから」
「本当ですか?」
「ああ。次の盗みについてニセ教師と相談したいしな。それに、もう1人の仲間とも話しておきたいし」
その言葉に、姫香は驚く。
「仲間? もう1人仲間が居るんですか?」
「そうか。お前は会ったことないから知らないのか。まあ仲間と言っても、一度も共闘した事ないから、仲間と呼べるかは微妙だけどな」
一度でも共闘した事がなければ、仲間と認めないのかこの男は。
ついツッコミを入れたくなってしまうのを我慢して、姫香は部屋の掃除をする。床に散乱しているゴミを拾い、可燃ゴミの中に入っていた教科書を出し、保護者宛てのプリントにサインを書かせる。これだけでもかなり時間が掛かる。時計を見ると、8時ちょうどだった。
「そろそろ出ましょう、弐夜先輩」
姫香は保護者宛てのプリントと格闘しているヘルズに声をかける。本当は色々疑われないために時間をずらして行きたいのだが、周囲に付き合っていると誤解されてしまったので、今更どうこうしようと遅いだろう。
「そういえば、学校系の事の時はお前、俺の事を『弐夜先輩』って呼ぶんだっけ」
ヘルズが思い出したように言う。そして、不燃ゴミの袋の中に捨ててあった鞄を手に取る。
「じゃあ行くか。面倒だけど」
「・・・・そうですね」
次回は10月25日更新予定です。
ようやくヘルズの厨二病ノートが出たので、前書きに書くことがなくなったら、基本的に書いていこうと思います。




