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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
根暗な少年の怠惰な青春黙示録
104/302

いじめとは、自分を守るために行う行為である。

 その男は、一人寂しくカツ丼を食べていた。


「おのれヘルズめ、またやってくれたな」


 男の名は松林尚人。『ヘルズ対策課』のトップにして、ヘルズを捕まえることに人生を費やしている26歳独身の刑事だ。


 嫌いな食べ物はフライパンで、好きでも嫌いでも無いものはレンゲ、最近の趣味は『山に入って熊と相撲を取ること』という、色んな意味で凄まじい刑事だ。


「ヘルズが速水財閥のパーティーで問題を起こしてから、もう2週間も経っているのに、何の進展もないとは。まったく、ヘルズはいったいどこに居るんだか」


 松林がそう言って、カツ丼の最後の一口を食べた時、


「大変です! 警部!」


 部下が慌てた様子で駆け込んできた。


「どうした?」


 松林が聞くと、部下は息も絶え絶えに言う。


「た、たった今電話が来て、ヘルズの正体が分かったと言う電話があってーーー」


「何? それは本当か⁉」


 1年以上追っているのにその正体が掴めなかったヘルズの正体が、今明かされるというのか。


「電話によると、なんとヘルズは学生だそうです。昨夜、金に困ったのかいつもの変装をして学校にあった修学旅行の費用を盗んだ所を通報者に見られ、正体が判明した模様です」


 部下の言葉に、松林は納得した表情を見せる。


「学生か。ならあの運動神経も頷けるな」


 人間、年を取ると体の動きが鈍くなる。かくいう松林も、18歳の頃と比べると、かなり身体能力が落ちたと感じている。


「ですがそこの教師が相当の怠け者らしく、修学旅行費を盗んだ犯人探しを行わないそうです。そこで我々が明日出向いて修学旅行費を盗んだ犯人を探し、ヘルズを見つけ出すというのが一番得策に思われます。たかが1つの学校の金銭トラブルに警察が出向くのもいささか大袈裟かもしれませんが、これもヘルズを捕まえるため。多少の事には目を瞑りましょう」


 成る程。確かに名案だ。


 この時、2人は『金を盗んだヘルズが、その金を律儀に学校に置いておくはずがない』という事実をすっかり忘れていた。


 というか、ヘルズが金欠という理由で、修学旅行費という、ちまちました金額を盗むわけがない。これも、ちょっと考えれば分かることだ。だが2人は、ヘルズへの手掛かりが見つかったという事実に浮かれて、その事実に全く気が付いていなかった。

 


「明日が楽しみですね、警部」


「ああ、全くだな」





 いつものように大あくびを噛み殺しながら学校に行くと、そこには数台のパトカーが止まっていた。


「・・・・事件でもあったのかね」


 まあいい。少なくとも俺には関係ない。


 俺はパトカーを無視して教室に向かった。



「えー、皆、今朝登校する時に見た人も多いとは思うが、今日は警察の方が来ている。何でも、盗まれた修学旅行費の居場所を探しているらしい」


 その言葉に、クラス中にどよめきが広がった。まあ当然だ。いくら取り繕っても、世間一般から見ればここは国の金で運営している、一高等学校に過ぎない。そんな事のトラブルに、わざわざ警察が出てくるのは、大袈裟というものだろう。


「まあ金銭的な問題でもあるしな。悪いが全員、ホームルームが終わったら荷物検査をしてくれ。まあ無いとは思うんだが、調べるに越したことはないからな。やらなきゃ警察に疑われるから、ちゃんとやれよー」


 そう言う担任の顔には、安堵の色があった。やっぱり、問題が解決できるのは嬉しいらしい。


 ホームルームが終わると、生徒達が愚痴りながらも、自分のロッカーや鞄の中を調べていく。俺もロッカーを調べる。当然、ある訳がない。


「そもそも盗んだ金を律儀に学校に置いておく馬鹿が居るのか普通? そんな事をする奴なんてーーー」


 その時、隣から声が聞こえた。


「あ、あ、あ・・・・」


 見ると、俺の次の出席番号の小渕こぶちとか言う奴が、自分のロッカーを除き混んで顔を真っ青にしている。・・・どうしたんだ、こいつ。


「な、何で、これがここにーーー」


 小渕が震える手で、ロッカーから何かを取り出す。その手に握られていたのはーーーーーー


 修学旅行費を入れた、封筒の束だった。


「お前、それ・・・・」


「お、俺じゃない!」


 俺が聞こうとすると、小渕は焦った大声で叫んだ。その声に、クラス中の視線が小渕に集まる。そしてその視線が、小渕の持っている封筒に注がれる。


「お、俺じゃない! 誰かに嵌められたんだ! なあ信じてくれ、なあ!」


 小渕が手に封筒を持って叫ぶが、皆の冷ややかな視線は変わらない。皆、この状況で何を言っていいのか分からないのだろう。


「あ、あ、あ・・・」


 その視線の嵐に耐えきれず、小渕はフラフラと立ち上がる。そして、廊下に向かって走り出した。俺は、教室のドアからこっそり様子を伺う。


「あ、おい小渕! 廊下を走っちゃーーー」


 小渕を注意しようとした学年主任が、小渕が持っている封筒を見て黙る。

 

「違うんだ! 違うんだー!」


 封筒を持ったまま、小渕が走る。叫びながら走る小渕を、松林警部とその部下が見つける。


「警部! あれがきっと例の封筒、という事は奴がヘルズです!」


「でかした! 取り押さえるぞ!」


 言うが早いか松林警部は目にも止まらぬスピードで走ると、背後から小渕にタックルを食らわせた。小渕が床に顔を打ち付ける。だがそんな事お構い無しに松林警部は小渕の腕の関節を決めると、高らかに叫んだ。


「ついに捕まえたぞ! 我々の勝ちだ!」


「違うんだ、違うんだーー!」


 松林警部→ヘルズを捕まえたと思っている。


 小渕→修学旅行費を盗んだ濡れ衣で、警察に捕まったと思っている。


 ・・・・すれ違いコントを見ているような気分だった。






『小渕が修学旅行費を盗んだ』


 この情報は、半日もしないうちに学校全体に拡散される事となった。松林警部が小渕を本気でヘルズだと思い込んでいたため、事情聴取が異様に長かったのもその情報の信憑性を高めた。


「修学旅行費盗んだ犯人、小渕だってよ」


「マジかよ。あいつ最低だな。なんでそんな事したんだろうな」


「さあ? 金にでも困ってたんじゃね?」


 色々な噂が流れ、授業中も議論が絶えず、なんだかんだあって放課後。


「今日も長かったな」


 俺はそう呟くと、隣の教室に向かった。イーデアリスを迎えにいくためだ。まあ、今行くのは野暮かもしれないが、一応行った方がいいだろう。俺は、隣の教室に出向く。


「おいイーデアリス、帰るぞーーー」


 と、そこには。


「アハハ、ウケる」


「レイチェルって結構面白いじゃん」


「ほんとそれな」


 イーデアリスと楽しそうに歓談する、良子の取り巻きの姿があった。だがイーデアリスは時折困惑したように、周りに視線を泳がせている。


「あ、倉根くん」


 見慣れた顔を見つけ、イーデアリスがホッと安堵の息を漏らす。そして、席を立ち上がり、元・取り巻き達に言う。


「それじゃあ私は帰るわ。皆、また明日」


「うん、じゃあねレイチェルちゃん!」


「今度美味しいパンケーキ食べに行こうねー」


 昨日までとは正反対だな。


 俺は素直にそう思った。そして、なんとなく教室内を見回してみる。


 ・・・やっぱりそうか。


 笹原良子は、包帯をぐるぐる巻きにして、席に座っていた。その机の周りに集まる人間はーーーもう一人もいない。


「何してるの倉根くん。早く行きましょう」


 不意にイーデアリスに声を掛けられ、俺は我に返る。「そうだな」と適当に返事をして、イーデアリスと一緒に教室を後にする。


 俺達はしばらく無言で歩き続けた。やがて、イーデアリスが口を開く。


「さっき、私をいじめていた人の取り巻き達が来て、私に馴れ馴れしく話しかけてきたわ。『今さら何を』と思ったけれど、一応話に乗ってあげたわ。ーーー貴方、彼女達に何かしたの?」


 だからあんなに困惑していたのか。


「俺は何も。きっと自分の立場を守ろうとしたんだろ」


「どういう事?」


 イーデアリスが眉をひそめる。俺は頭を掻いた。説明とか、本当に面倒くさい。


「あいつらーーー笹原良子たちは、お前を『修学旅行費を盗んだ悪人』として、いじめてたわけだ。『悪い奴を皆でやっつけている』とあいつらが認識していたから、あいつらはいじめに対して罪の意識を感じなかった」


 まあ暴力はまずいと思ってたみたいだけどな、と俺はつけ加える。


「だがいざ蓋を開けてみれば、修学旅行費を盗んだのはお前じゃなかった。そうしたらさあ大変。今まで自分達が『悪』だと思っていじめてた奴が、実は潔白だったわけだ」


 彼女達は、『イーデアリスが修学旅行費を盗んだに違いない』と勝手に認識し、いじめを『制裁』と思うことで自分の罪悪感を押さえつけていた。だが、今朝の一件で犯人がイーデアリスでないと分かり、自分達が『制裁』だと思っていたものがただの『いじめ』であった事を、認識させられた。


「このままでは、自分達が悪者だと認めることになる。だからあいつらは笹原良子を捨てて、お前の友達となる事で『自分はいじめとはなんの関係もなかった』と自分に思い込ませようとしてるんだろ」


 いじめっ子の心理なんて、そんな物だ。


 自分が危険になれば、仲間を切り捨てる。 


 だから、取り巻き達は切ったのだろう、笹原良子を。


 そうする事で、自分達は罪から逃れるために。


「下らないわね」


「ああ、下らない。だがそれが人間なんだ」

 

 しばらく、俺達の間に沈黙が流れた。


 やがて、イーデアリスが口を開いた。


「ねえ、倉根くん」


「どうした?」


「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら」


「・・・・俺が答えられることであれば」


「そう。なら大丈夫ね」


 イーデアリスはそこで一息吐くと、俺の眼を見た。













「今回の修学旅行費に関しての一連の事件、貴方が仕組んだ物なんでしょう?」



 



 

次回は10月18日更新予定です。

そして次回で4章完結です

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