121, 僕は祖父の後継者に選ばれました。
ひょっとして守くんは本当に名探偵だったりするのだろうか? 柊さんの言い方だとそう聞こえたし、守くんなら務まりそうな気がした。大金持ちで、頭が良くて、顔も整っているのに、守くんはなぜか僕のことを羨ましがっているようだった。僕が視線を感じてしまうくらいだから多分確実だ。柊さんは手に負えない弟に対するような口調で宥めた。
「まーまー、気づかないかも知れないけれどもさ若者よ。御曹司様は理屈では『異能力』のことを分かっているんだけど、いざ直面すると、合理的な理由で片付けるか、そうでなければ様子見に走っちゃうんだよ。全てが確定した後なら完璧に解けるんだけどさ。現実的で七倉家の跡取りとしては最高なんだけれどね」
それから僕のことを指さした。わざとらしい。ちょっと演技がかった調子で柊さんは断言した。
「だから聡一郎じーさんに選ばれたんだよ。たとえば聡一郎じーさんが長生きしてなくて、司くんが中学生か小学生のときに死んでいたら、司くんはじーさんの遺言に何の興味も抱かなかったと思うんだよね。まあその前に、司くんのお父さんや伯父さんがなんとかしようとして、どうにもならないで終わってたと思うんだよね。分からないひとには分からないからね、こういう世界って」
「やはり先輩には特殊な能力があるのですか?」
「ないよ。さっきから言ってるけど司くんって、御曹司様の足下にも及ばない凡人だから。もちろん十六代のお姉さんとは釣り合わないくらいの低スペックだし」
「それは当たっていますけど、七倉さんを基準に測らないでくださいっ!」
七倉さんや守くんに比べれば、久良川高校の生徒の9割くらいはレベル不足になってしまうに決まっているじゃないか。柊さんはわざとらしく笑ってから続けた。
「……それでも司聡太には、必要とされる条件が揃っていたんだよ。じーさんから見て、跡を継がせるとしたら彼しかいなかった。久良川本町に戻ってきて、自分の生き様に興味を持ってくれるのは子供か孫か。
打ち込めるものや賭けるものがまだ見つからなくて、なにか面白いことが起こって欲しいとは思っているけれど、大人しくて、何も起こらない日常も嫌いではなくて、結局何も起こさないやつ。
それでも、他人には気づかれないように、自分にもなにかが起こってほしいと思っていた。この平凡な日常の中に、魔法のような異能の力を持っているひとがいるということを、心のどこかで願っていた。素養があるとすればそんなものでいいんだよ。でも、そこにいる御曹司様にはほとんどが欠けているものなんだ」
守くんは……とても不満そうだった。憮然としているわけではないけれど、守くんにとっては、このちっとも羨ましくない素質が羨ましいみたいだった。立場を取り替えてくれてもいいんだけれど。
「じーさんは色々と物知りだった。でも、若い頃はそれほどでもなかったらしいよ。まだ久良川本町にはじーさんみたいな人が何人もいたから、じーさんはまだ暢気に構えていて、子供にも跡を継いでくれるようにあまり強く頼まなかった。もう時代後れかもしれないと思っていたしねえ。でもさ、それと同じようなことを、じーさんの仲間も考えていたんだよ。何十年も経って、いつしか周りにいたはずの仲間たちが消えていて、そのときにはもう跡継ぎになるはずの世代はいなかった。これはこれで大きな謎なんだけれど、そんなに面白くはないよ」
僕は疑問を抱いた。
「どうしてなんですか?」
「大ざっぱなところは学校で習ったでしょ。不思議なことでも何でもない。どこにでもある後継者不足。ただ、これは予想外だった。じーさんが生まれた頃、久良川村……今の久良川本町はどこにでもある農村だった。今は大都市の郊外だよ。十五代様が開発制限を掛けなければとっくにただの住宅地だったからね」
柊さんはあっけらかんと七倉家の実力の話をした。守くんは当然のような顔をしているので、僕もなんとなく顔には出さないようにした。柊さんには思い切りバレていたけれども。
「残りもつまらない一般論だよ。どこにでもある話なんだっ。じーさんには息子は3人いたけれど、みんな成長して仕事で忙しかった。故郷には戻ってくるけど、それだけで後継者にはなれなかった。そもそも、じーさん自身も暇ではなかったしね。仕事はたくさんあったし、じーさんの若い頃とは違って農業だけで食っていけなくなった。これも予想外だった。最終的に、能力のことを理解できる人が、じーさんしか残らなかったのもこのせいだ。どこの家系も一緒だった。みーんな共倒れして、じーさんはそれを見ているしかできなかった。
ただ、じーさんは長生きすることでその状況をどうにかした。色々なことがあっただろうけれど、とにかくじーさんは生き延びた。それから、自分の人生の、残り僅かなタイミングで現れる、何人かの後継者候補に賭けたんだ――司くんと、司くんのイトコ達のことだよ」
僕のいとこは5人いる。僕を合わせて6人とも、飛び抜けて何かに秀でているわけじゃない。逆に、家を飛び出したようなこともしなかった。ごくふつうの大学生だったり、中学生だったり、小学生だったりした。
「細かいことは知らない。司くんのほうが詳しいだろうしね。でも、だいたい想像はできる。じーさんの3人の息子は忙しくて、なかなか故郷に帰ってこれなかった。けれども、どういう因果か、そのうちの1人が家族を連れて戻ってきた。その子供が、この久良川本町のお姫様と歳の近い、ちょっと頼りないけれど、面倒なことにも付き合ってくれそうな、条件に適うたったひとりの候補者だった」
そこでついに僕が登場するのだった。僕のいとこではなく、僕でなければならない理由。それをたぶん、柊さんだけではなく、守くんももう分かっているんだろう。理由は何だったのだろう。運か、性格か、それ以外の何かひとつのものなのか、僕には全てを掴むことはできなかったけれど、僕の目の前にはひとつの事実が待っていたんだ。
「選ばれたのはキミだった。君は祖父の後継者に選ばれたんだ」
僕は、ほんの一部の出来事しか知らない。祖父がどうして僕を指名したのか、本当のところは分からない。ただ、どうして柊さんがどうしてこんなに詳しいのかということなんだけれど、それはすぐにネタばらしをしてくれた。
「……と、いうようなことを楓から聞いた。私は詳しくは知らないから。ま、私が言わないといけないことはそれだけ。じゃ、お姫様によろしく!」
あっという間に、柊さんは言いたいことだけを言って、身を翻していた。なんだかとても急いでいるみたいだ。楓さんの友達みたいだから、どうせ何かしらの計算が働いていそうなので、僕は止めるつもりはなかった。
ただ、守くんはそうではなかったみたいだ。
「待ってください、僕は先輩のようにはなれないんですか」
「御曹司様は黙って口開けてるだけで事件が振ってくるんだからいいじゃん。異能の力を使えないのに、異能と関わっていくなんて大変なことだよ!」
柊さんは後ろ手に襖を占めながら言い残した。その大変なことを押しつけていく張本人だとは思えなかった。楓さんの意向なんだろうなあ。僕は祖父のようにはなれないのに。
一応、柊さんを追いかけて部屋の外に出た。考えてみればここは七倉さんの部屋の目の前だったから、この判断は大正解だった。着物姿の七倉さんが角の向こうから歩いてくるところだった。背後にニコニコ顔の楓さんがついてきている。これで柊さんと楓さんが友達でもなんでもなかったら、もう笑うしかない。
七倉さんがいつもよりも少しだけ怖い口調で言った。
「守っ! その方は本日のお客様ですっ!」
「知っています。姉上様」
怒った七倉さんはちっとも怖くなかった。それにしても守くんは七倉さんのことを姉上様なんて呼んでいるのか……やっぱり住む世界が雲の上なんだろうなあ。
「ごめん、守くんと話し込んでいたんだ」
一瞬で七倉さんの怒りが解けた。七倉さんの大きな瞳が、いつもどおりきらきらと光った。
「そうでしたか。守が失礼なことをしたかを思いました。高校生でも、お客様はお客様なのです」
「守くんならそんな心配は要らないよ」
「そんなことはありません。この前だって、楓さんに対して無神経なことを」
「七倉さん、それって能力者じゃないと分からないことなんじゃないかな……」
「だとしてもダメなものはダメですっ。異能の力を持たなくても、考えれば分かることなんですから」
たぶん、考え出したら一生かかっても分からないことなんじゃないかな……、と僕は思ったけれど、たぶん守くんはいつか克服しないといけないんだろうと予想して、僕は七倉さんのちょっと気むずかしい姿を眺めることに決めた。
ちなみに楓さんは一切気にしていなかった。むしろ、僕のことのほうが気になっていたみたいだ。この4人のなかでは僕がいちばん何も持っていないんだから、僕に忠僕するのはやめてほしい。
「七倉さんはお祖父ちゃんと会ったことがあるんだよね」
「はい、物静かな方でしたので、あまり長く話したことはないのですけれど」
「楓さんも話したことがあったんですよね」
「異能の力を持たずとも、印象的な方でしたから」
「僕は祖父の後継者になれると思いますか」
これはたぶん、楓さんにとって予定どおりの質問だったのだと思う。楓さんは、本当に楽しそうに笑った。七倉さんは首を傾げ、守くんは本当に驚いたような顔をしていた。
「さて――。しかし、聡一郎様の選んだ方でいらっしゃいますから」
僕は小さく「はい」と言った。
そう、僕は祖父の後継者に選ばれたんだ。




