120,名探偵に不満なこと
柊さんは目を細めて、意味ありげに僕を見上げた。
「もう司くんも気づいていると思うけれど、私と楓は友達なんだ。といっても司くんや御曹司様には理解できないかも。イトコみたいなもんだよ」
「妙に物言いが詳しいから驚かないですよ。スパイとか刺客と名乗られないだけマシです」
「ああ、そういうのは楓に見つかったらお説教されるからだいじょーぶ」
そっちはあんまり想像したくないなあ。
「そんなことよりも、私の居場所。案外時間はかかっていたけれど、うまく見つけたよね。この部屋の戸は、お姫様が近くにいない限りは開いていることがないから、守くんには相当難しいはずだったんだよ。結論はなんでもないんだけど」
「あれは消去法です」
守くんは無感動に説明した。
「それから、隣の部屋に柊さんがいらっしゃることは、こういう理由です。姉の部屋の扉が開いていました。これを開けたのは楓さんだということはまず確実です。控えの間の扉を開けていたのも楓さん。普段、このあたりの部屋には姉以外立ち入ることはできないのですが、楓さんだけは断りなく立ち入ることができます。それは、姉よりも実力が上だからです。姉が開けられる鍵は、全て楓さんも開けることができます。
楓さんは何らかの目的のために、柊さんが屋敷の中を自由に歩けるように、各所の鍵を開けて回りました。いちど鍵を開けてしまえば、普段は誰も触れようとしない扉です。姉が戻ってこない限り鍵は開いたままです。この、誰も手が出せない『作り出された密室』が推理の鍵です。七倉の家ではこのパターンが常に多いです」
僕は息をのんだ。守くん、頭が切れる。それも並みの切れ味じゃない。
冷静で、自分の置かれた状況に感情的にならない。僕は、これまで七倉さんの前で得意げに推理をしたことがあったけれど、この守くんの前では、推理の鋭さが比べものにならない。
七倉さんが推理好きなのは、生まれつきじゃなくて、守くんの影響だ。僕はそう断定した。守くんは自分が生まれつき置かれた特殊な状況のおかげで、物事を冷静に捉える能力が備わっている。七倉さんは、守くんの鏡のようなものだ。
こんなに優秀な弟がいるのに、七倉さんは僕の推理をどうして聞いてくれていたんだ?
弟と僕とを比較しないにしても、七倉家の人々と僕とじゃ、持って生まれた能力に差がありすぎるじゃないか。
「僕たちがこの部屋に立ち入ると、次に目にするのは姉の部屋の扉が開いていることです。これはふつう、目にすることがないことです。僕も、数年ぶりに目にしました。もちろん、姉の部屋には控えの間よりも厳重な鍵が掛かっているからです。父と祖父ですら手の出せない空間――大げさに聞こえるかもしれませんが、七倉の聖域なんです。姉はこのような言い方は嫌うと思いますが」
たぶん、七倉さんは嫌がると思う。でも、この空間が七倉本家の中でもいちばん大切な場所のひとつなんだ。そのことは、僕にも容易に理解することができた。
「ただ、今はその扉も楓さんが開けられます。それでも、開けるのはそこまでです。部屋の中にあった引き出しや、箱には絶対に手を付けません」
「開ければ分かるから、だよね」
「はい。姉は楓さんが部屋の中に手を付ければ、確実に気づきます。もちろん、あまりいい気持ちはしないはずです。楓さんも、姉のことを軽視するような行動はしません。したがって、楓さんは姉の部屋の扉を開けるということだけが目的だったわけです」
「どうして部屋の扉だけを開ける必要があるの?」
「そこで先輩です。僕は姉の部屋の扉が開いていたとしても、何もすることはありません。でも、先輩は姉の部屋に興味があるのではないですか……聡一郎さんの後継者として」
たぶん、最後の付け足された部分は守くんの配慮だったと思う。だって、七倉さんのことが気にならない男子なんていないわけがない。
けれども、異能の力をもつ女の子が、いったいどんなふうに暮らしているのかも、僕はとても気になっていた。それは見てはいけないことなんだろうけれど、気にならないと言ったら嘘になる。
七倉さんは、ふたつの面で魅力を持っている。それなら、僕は守くんの質問に頷いてもおかしくはないはずなんだ。
「それなら答えは簡単です。楓さんは姉の部屋の鍵を開けて、柊さん、司先輩、僕が部屋に入れるようにした。目的は先輩が姉の部屋を見てどんな反応をするかを確かめるため。柊さんは先輩を監視するため。そして僕は、先輩を姉の部屋に案内するためです」
「ま、楓も妹のことが気になるってことだね。ニコニコしてて相変わらずやることがえげつないねーっ」
「なに他人事のように言ってるんですか」
「だって私、楓からは何にも命令されてないもん。なんとなーく察しはついたけど!」
「同じようなものじゃないですか」
「あはは。しかしキミはじーさんによく似てるよ。異能の力には聡いくせに、それ以外のことになるとからっきしになるんだからねえ。ああでも無能ってわけじゃないよ。生きていくぶんにはなーんにも困らない。要するに平凡だ。フツーってことだね。ひょっとすると中の上かもしれないし、もうちょっと上かもしれないけど、歴史に残る大人物じゃないのは確実だ。隣の御曹司様のほうがよっぽど非凡だね」
それはそのとおりだ。守くんは、間違いなく七倉さんの弟だ。あの七倉さんの弟なんだから、優秀でないと務まらないとは思っていた。でも、見かけは大人しくて優男だけれど、僕はこの守くんに年上ということくらいしか勝っているところがない。血筋もいいうえに、気質も能力も七倉さんと同じように磨かれているなんて。
「さしずめ中学生名探偵ってところだよね。これなら七倉家も安泰だ」
「うん」
僕は素直に同意した。いずれ、守くんは七倉家を引っ張ることが確実だった。家の中には七倉さんが居て、その能力で七倉の家を支えるのだけど、表向きには守くんが七倉の名を背負うことになる。どうやらそういうことらしい。
そして、たぶんその将来設計は正解なんだ。
けれども、その正解に不満を持っているひとがいる。それが、他でもない守くん自身だったんだ。
「でも――、僕はいつも気がつきません。今の推理だって、所詮は後付けの説明です。本当に優秀な人間ならば、事が起こる時に気がつきます。済んだ後に気づいたところで、それは無能の証明になるだけです」
「ま、いずれ当主になる人間はそれじゃ困るよね」
柊さんは苦笑した。僕にはよく分からない。分からないことがもどかしかったけれど、それを恥じるのではなくて敢えて開き直って言った。
「僕は今の推理でも充分だと思うよ」
「殺人事件が起こってから、犯人を見つけるのが上手くても不満だってことだよ。ああ、この喩えはあんまり良くないか。守くんは、一番乗りをして決定的瞬間を目にしたいんだよ。名探偵志望じゃない名探偵ってことさ!」




