115, ななくらひいらぎ
それにしても、僕が祖父の跡を継いだことを祝ってくれるのは嬉しいけれど、七倉さんの屋敷の部屋いっぱいに人が入るくらいに人を呼ぶ必要があったのかな。人数は40人くらい。僕が今まで出会った能力者と、その家族たち。ただ、みんなが僕のことを祝ってくれる、なんてことは流石に考えにくい。半分くらいは単にみんなで集まって、賑やかに過ごしたいと思って来ているんじゃないかな。ちなみに、僕自身もそれで構わないと思っているんだけれど。
けれども、今日の七倉さんは「司くんをお祝いするんです」と言いながらあちらこちらを歩き回っていて、それが僕はとても嬉しいのだけれど、申し訳なくもあった。どうして七倉さんはこんなふうに人を集めたのだろう?
「うーん……でも、あのお肉は美味しかったよなあ……」
御子神さんが倉橋先輩(とその家族)で、料理の奪い合いをしているのを横目に見ながら、僕は席を外した。出会ったこともない人たちに囲まれて緊張しっぱなしだ。七倉さんがいて、何かと世話をしてくれるおかげで困ることはないんだけれど。
七倉家のなかはとても賑やかだった。今はひとが多いということもあるけれど、家の中には七倉さんの家族だけが暮らしているのではないからだった。ちょっとしたアパートよりも多い部屋には、京香さんのように若くて信頼できる親戚や、家事を手伝うひとや、七倉さんのお付きの人が暮らしている。
それはもう外とは別世界のようだったけれど、七倉さん本人がこの世の住人とは思えないような能力を使えるんだから、それと比べれば大金持ちの七倉本邸に、居候の10人や20人くらいが住んでいても、ちっとも非常識ではなかった。
むしろ、そんな屋敷に呼ばれた僕の境遇のほうが非常識だ。
「お祖父さんもこうやってみんなにお祝いして貰ったんですよ。菜摘さんはそれを知っているのですから」
「うーん。そうなんだけれど、それは事実であって理由じゃないんだよねえ」
「まあまあ、そういうことにはふかーい理由がありますです」
僕が長い廊下をぶらぶら歩いていると、なぜか僕は女の子と会話していた。独り言を言っているつもりはなかったんだけれど、とても自然に会話が始まっていたわけ。
廊下の脇にある部屋で佇んでいたのは、背の低い女の子だった。相坂さんにちょっと似ているような気がした。髪型も短いし、背もとても低い。僕ですら見下ろさないといけないくらいだから、背格好はずっと年下のように見える。でも、顔立ちは相坂さんと同じように整っていた。ただ、相坂さんと明確に違うのは表情だった。とても人懐っこくて、七倉さんの笑顔に似ていた。服装は和服。
「あ、ええと、すみません。気がつかなくて」
「いーですいーです、よく影が薄いと言われますのです」
影が薄いと言うよりも単純に小柄なだけだと思うんだけれど。
「そ、そうなんですか」
「聞いていたとおりというべきか何と表現すべきなのですか、あーんまり頼りになりそうではないですねえ」
「は、はぁ……」
これは別に僕が気分を害したわけじゃなくて、町の人にも同じことを言われたし、何も反論することができないからだった。でも、参加者のほとんどがテレビに出たら引っ張りだこになりそうな人材だから、そんな人と僕を比べたら頼りになるように見えるわけがなかった。むしろ、頼りになるとしたらおかしいくらいだ。
「まあいいでしょう。改めて私は認めてしまいますです」
女の子は腕組みしてうんうん頷いてから、親指を立てた。
「ぐーじょーぶ!」
「ありがとうございます」
僕が頭を下げると「硬いよー」と言って、僕の肩をばしばし叩こうとした……けれど届かなかったので空中を素振りしていた。僕はその様子を見ながら、ちょっと困っていた。この女の子はいったい誰なんだろう……出会ったことはないはずなんだけれど。
僕がちょっと無口だったことで、何かが伝わったらしい。女の子は「あ、そうか」と呟いた。
「ひょっとして、楓から聞いていないのかー」
「楓さん?」
「うむ」
楓さんが噛んでいるなら納得してしまう。あのいつも笑顔の楓さんは、僕の知らないところでいつも暗躍している、七倉家のひとたちの中でいちばん怖いお姉さんだ。七倉さんの知らない裏で、日夜謎の勢力と戦っていてもおかしくない。それで、七倉さんや僕を試すようなことを仕掛けてくるんだから。結局、僕はこの女の子のことも気をつけないといけなくなってしまった。
なんだろう、今度はいったいどんな能力を?
「そうですね。わたくしは七倉柊と申しますです、はい」
「ななくら?」
「はい」
ななくらひいらぎ。それですぐに僕は察してしまった。要するに七倉さんの親戚だ。しかも女性。ということは鍵開けの能力を持っているんじゃないだろうか。いや、能力持ちでなくとも、少なくとも能力について何かを知っている。
僕は汗をかきながら、慌てて何度も頭を下げた。
「え、ええと、は、はじめまして。司と申します。聡一郎の孫です」
「はいはい、知ってますよぅ。よろしくねえ」
柊さんはとてもノリが軽かった。楓さんとは違う意味で余裕がある。
でも、僕は声に出さない悲鳴をあげていた。楓さんといい、京香さんといい、七倉さんの親戚はだいたい妙ちくりんな能力を持っていたり、さらりと日本経済に影響を与えそうなことを言い出す。僕は最近、ひょっとしたら楓さんの機嫌が悪くなったら株価が下がるんじゃないかと思っている。
「いやー、でもお祖父さんと結構よく似てるよねぇ。そういう、びっくりしたり怖がったりするところなんか、そっくり。んー、でも聡太君は4分の1は倉橋の血統なんだよねえ。やっぱりそこがじーさんとは違うのか。ちょっとボケてるっていうか、いいかげんというか。御子神の娘と似てるよね、ああいう活力はないけどさ」
それは違うと思った。御子神さんは隣のクラスの女の子だけれど、僕のクラスに在籍しているのかと思うくらいに存在感がある。ちなみに僕はクラスの中でもあんまり目立たないと自負している。……自信を持っちゃいけないんだけどさ。
「僕はあんなに元気じゃないですよ」
「いやー、でもよく考えたらじーさんもボケてたな。前言撤回、やっぱり同じだね。だいたい、宴会の最中で主賓が抜けてきちゃう時点でちょっと抜けているよねえ。あ、駄洒落じゃないよ。菜摘さんも苦労するよ、まあそれで上手くいくのかもしれないけどねえ」
「あ、そうか。戻らないと」
「おー、戻れ戻れ」
「柊さんは戻らなくていいんですか?」
「戻るよ、でも、私よりも聡太君が戻らないといけないでしょー」
それもそうだった。僕はもと来た廊下をそのままなぞって戻ることにした。ひょっとしたら近道があるのかもしれないけれど、それを捜しているだけで迷いそうだ。それに、宴会は屋敷の奥ではなくて、秋晴れのよく見える南向きの部屋で行われていたから、いざとなれば庭を回り込めばたどり着けるわけだしね。




