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113/140

113, 推理をされたのは誰か

「うーん、とりあえず僕は今、4月に七倉さんが鍵を開けたあのときと同じような状況を再現したつもりなんだ。つまり、誰も居ない放課後の教室。鍵はまだ掛かっていない。4時半にはまだ時間がある状況、僕はこのとき自転車置き場まで出て鍵を探しているから、教室にはいない」

「空白の時間」


 御子神さんがものすごく重苦しい雰囲気を醸し出した。なんだか声色まで変えている。僕はそれをどうにかスルーしようと試みたけれど、どうにも気になってつい言ってしまった。


「……御子神さん、そんなに大ごとみたいに言わなくてもいいんだよ」

「いいじゃない、カッコいいもん!」


 うん、まあ確かに格好はつくけれど、わざわざ格好つける必要はないんじゃないかなぁ。


「気になるのはやっぱり鞄の中だよね。鞄の中に何か仕込んである……とか……」

「どうしたの?」


 言いよどむ、という表現がいちばんだった。僕はとんでもなく初歩的なミスに気がついて、御子神さんになんと言っていいのか分からなくなってしまうのだった。ただ、僕がここまでしてきた行動で明らかに軽率なことがひとつあった。それは、結局、御子神さんがしてきたことと全く同じだということに気づくのに、そう時間はかからなかった。


「鍵がない、1個しか」

「やっぱり、会長さんが何かしているんだっ!」

「いやいやっ、待って、そうじゃないよ。そうじゃないんだよっ。単に僕が確認していなかっただけだよ!」


 間違いはとても簡単だった。僕は先輩から鍵を受け取ったとき、もうひとつの鍵を取り出して確認するべきだったんだ。

 初歩的な誤りだったと思う。だから、僕は鞄を開けるとそこにもうひとつの自転車の鍵があることを確認することができたんだ。真相を知ってしまうと、とてもくだらない?


 でも……、占いは当たった。これは香子さんの能力に違いない。

 それに、経緯はどうあれ置かれた状況は御子神さんと同じなんだ。いちどは手を離れたものが、もういちど自分の手に戻ってくる。過去に僕たちがとった行動だけが分かるはずなのに、どうして……。

 それを答えてくれたのは先輩自身だった。

 先輩は当然のように僕たちの後から教室に入ってきた。それは、先輩が過去を占って得た結論に違いなかった。つまり、先輩は『僕と同じように』推理をしているのに違いなかった。


「4月のあの日、貴方は七倉菜摘に自転車の鍵を開けて貰いました。そして、おそらく七倉菜摘から新たな鍵を購入するように薦められたことでしょう。それには理由があります。

 ひとつ、当然ではあるけれど鍵を紛失したからには、自転車に据え付けられているリング状の鍵は役に立ちません。ひとつ、貴方は1つの鍵を紛失したとしても、通常、自転車の鍵はひとつではなく予備の鍵があります。したがって、リング状の鍵を開けることには支障はありません。

 さてこの場合に自転車の鍵を失うと、採るべき手段をふたつのうちから選ぶことができます。ひとつは、鍵全体を交換することです。しかし、このような手段はあまり採られることがありません。なぜならば、鍵部分を取り外したうえで、再度取り付けるには費用はかかるからです。

 ただ、ここでの理由はそれだけではないのですが、これを突き詰めていくことは本題から逸れますから敢えてここで強調することは避けておきます。結局、貴方は新たに鍵をふたつの鍵を未だに使い続けている、というふうに考えるのが妥当です」


 もちろん、僕が自転車の鍵をどのように使っているかなんて、先輩に話したことはなかった。けれども、先輩は淡々と事実を突きつけるかのように話を続けた。それはまるで、本物の探偵のようだった。


「もしかすると、叶は司君が2つの鍵を持っているということを確認すれば、もっと早くに気づくことができたのかもしれません。けれども、司君が敢えてふたつの鍵を確認しなかったということが、とりたてて特別なミスというわけでもありません。ただ、普段とは違う場所にしまい込んでいることは多いのです。

 ところで、司君が自分の鍵をなくしているとしても、そのタイミングはそう多くはありません。ただ、私の能力が貴方自身にはたらかないということを考えれば、自ずと絞られるでしょう。つまりは、身につけていないときです」


 僕は自分に能力が使われているかどうかを確認することができないけれど、これまで出会った過去に関する能力を扱うひとの姿を思い浮かべると、香子さんの能力がモノに対してはたらく意味がよく分かった。


「衣服を着替える時、つまり体育の授業です。叶も同じです。高校指導要領によれば2日に1度程度ある習慣ですし、運動時に金属製品を身につけているのは危険です。ふとした弾みで床に落ちてしまうということもあるでしょう、貴方が鍵を失くすのはこの部屋の中でということになります。鍵を拾うとすれば狙いやすいタイミングでもあります。

 もっとも、この教室の中で鍵を紛失したのであれば、たいていの場合それはすぐに見つかります。逆に、見つからないのであれば盲点に入っているということです。もっとも、紛失するときというのはたいてい後者ですけれどね。

 ここで、御子神さんと司君の状況がよく似通っているということに思い至ります。叶は自分の鞄を集中して捜していましたが、髪留めは見つかりませんでした。逆に、司君は鍵をいま2つも鍵を手にしていますが、そのうちの1つがあったのは鞄の中。

 暗示していることはひとつです、占いとは、誰もが気づかないことを気づくだけのこと。落としたものを拾い上げるだけのこと」


 僕は胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「見てきたみたいです」

「確実ではないでしょう、まるで占いのように。どこかで誰かが気づけば変わります」


 先輩は妖艶に微笑んで、眼を細めた。それは僕なんかではとても太刀打ちできない魔術の仕業としか思えなかった。


「叶は司君の隣のクラスです。多くの場合、体育の授業はひとつのクラス単位で行われるのではなく、合同で行われます。つまり、御子神叶の行動から司君の行動を割り出せる、というわけです」

「あ、私のせい?」


 御子神さんはばつが悪そうに笑った。もちろん、御子神さんが悪いわけじゃなかったので、それは冗談のようなものだった。


「先輩の能力は、『もの』に対してしか働かないのですか?」

「どうして?」


 先輩の目は笑っていた。


「弓月先輩の能力も、琴野辺先輩の能力も時間を超えているようには見えないからです。琴野辺先輩は祖父のノートの周りにしか現れることはありませんでした。先輩も過去のことをすべて目にすることができるわけじゃなかった。ただ、まだ気づかれていない過去の情報を使って、失くしたものに関わる出来事に先回りできるだけです」

「そうね――」


 それは当たっていたということだったんだろうか。弓月先輩はそれをはっきりとは返事しなかった。でも、僕はこの不思議な能力を持つ名探偵に勝てる気がしない。それなのに、どうして先輩はこんな謎を解かせようとしたんだろう。

 それを尋ねようとしたときには「叶、戻りましょう」と言って、元の部屋に向けて戻って行ってしまった。それが、必要なこと以外のことを教えてくれない、占い師の姿だったのかもしれない。

 多分、御子神さんは僕よりももっと弓月先輩のことを知っているから、先輩の考えていることも感づいているのだろうなぁ……。


「またねっ!」


 僕はふたつになった自転車の鍵を見つめた。それには、弓月先輩が推理したとおりの事実があったんだ。どうして自転車の鍵を換えようとはしなかったのか。それは、七倉さんが開けてくれた自転車の鍵を、すぐに取り外してしまいたいとは思えなかったからなんだ。


 七倉さん。


 とてもとても不思議な鍵開けの能力をもつ女の子……。

 七倉さんは僕と出会う前から、僕のことをそんなに気にしていたのだろうか。もちろん、祖父と同じ久良川本町に暮らしていて、祖父と会ったことがあるとも言っていた。もし、七倉さんが僕を試すために弓月先輩の占いを頼ったとしたら、とても嬉しいな……。


 昇降口まで出たところで、電話が掛かってきた。

 着信は七倉さんだった。どうしてだろう、こうした何気ない電話ひとつでも、僕にはすべてが新鮮なことのように思えた。


「もしもし。司くん、まだ学校にいらっしゃるのですか?」


 七倉さんの声は電話越しでもとても上品だった。


「うん、ちょっとだけ用事があったんだ」

「そうですか」


 七倉さんは一呼吸置いた。なぜか七倉さんは緊張しているみたいだった。僕は下駄箱に伸ばそうとした腕を下ろして、次の言葉を待った。


「司くんを屋敷に招待させていただきたいのです。来週以降の日曜日、ご都合の良い日に当家へいらしてくださいませんか。本町の皆さんを呼んで、宴会を開きます。司くんは主賓ですので、ご都合をお聞かせください。是非――」

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