112, 占いと偶然
僕と御子神さんは、僕や七倉さん、相坂さんの教室に来ていた。
そこにはもうクラスメートの姿はなかったけれど、教室の扉にはまだ施錠はされていなかった。御子神さんが適当な机の上に腰掛けて、コンパスのように長い脚を空中で泳がせた。
「琴野辺先輩は不思議な先輩なんだ。夏休みのあいだに出会った、ふたつの世界を行き来できるひと。先輩と初めて出会ったとき、先輩はいきなり僕の部屋に現れてびっくりしたんだよ」
御子神さんは「ふぅん……」と相づちを打っていたけれど、空を漕いでいた脚が止まって変な声をあげた。「んんっ?」僕はどう説明したらいいのか分からなかったので、強引に話を続けた。
「とにかく、相坂さんも七倉さんも気がつかなかった。いま御子神さんに伝えたのが初めてだよ。僕が琴野辺先輩と出会ったことは、おそらく誰も知らないはずのことだったと思う。それは、琴野辺先輩の能力に由来する理由があるんだ」
「なにか情報を制限しちゃうような能力なの?」
「うん。琴野辺先輩というのは、古いものに宿ることができる能力を持っているひとなんだ。それは、まるで大昔から建っているお屋敷に、古い妖怪のたぐいが棲み着いてしまうかのようなんだ。琴野辺先輩は古いものを渡り歩いて、気に入ったところに居着いてしまえるもうひとつの『からだ』を持っている。生身の人間のからだと、能力者としての魂みたいなもうひとつの『からだ』を持っているんだって」
「すごいなぁっ、でも、そうすると琴野辺先輩は私たちには見えないもうひとつのからだを使って、聡太くんのところに気づかないうちにくっついてきちゃうんじゃないのかな?」
それはもちろん、ありうることだった。僕の目には先輩が急に部屋の中に現れるかのようだったけれど、先輩は人知れないタイミングで自由に行動している。それは、先輩の能力を確実に特定するには、時間的にも空間的にも空白がありすぎるようにも思えたんだ。
けれども、僕はその疑問に否定することができた。
「ううん、琴野辺先輩と出会ったタイミングが夏祭りのときなんだ。それ以外には接点がないみたい。あったとしたら、今までどうしていたのかという問題になるわけだしね。
それで、夏祭りの日は、僕が着ていた浴衣が古くてついて来た。でも、夏休みの浴衣をそんなに古いものにしたのは、僕の祖母がたまたまその浴衣を引っ張り出してきたからで、そう簡単に予測できることじゃないよ。それに、夏祭りはほとんど手ぶらだから、琴野辺先輩が計画的に古いものを辿るには不向きなんだ。夏祭りに来ていたのは、古い神社に行くこと自体が楽しいからみたい」
軽装だったのが良かった。それに、相坂さんが僕の隣にいるから、滅多な行動をすれば相坂さんがとうに気づいていたはずだ。だから、琴野辺先輩のようにひっそりと僕自身ではなく僕が着ている浴衣にくっついてきたのだった。
そういえば、あの時は志野原さんが僕のすぐそばにいたわけだから、僕のそばには4人も女の子がいたことになる。全然そんな気がしなかったけれどなぁ……。
「さて、琴野辺先輩が僕と出会ったことを知れたのは先輩の能力に違いない。
そして、御子神さんの髪留めを見つけたのも同じ能力のはずだよ。
それは、何かの事件が起こったときに能力者以外に不可能な状況ならば、能力者が関与しているに決まっているからだ。この場合は弓月先輩だよね。さらに、ひとりの能力者が関わっていれば、それによく似た出来事は、同じ能力を使って引き起こされているに違いないからなんだ。ひとりの能力者が使える能力の幅は決まっているから。それなら、僕たちはわざわざそのふたつの方法を別々に考える必要はないんだよ」
「同じ能力を使っているに決まっているもんね、あの部室に会長さん以外のひとが来たわけじゃなければ、会長さんしかいないんだ」
御子神さんは人差し指を廊下の向こうの部室をさした。
「聡太くんのお部屋も近づけないもんね」
当然頷いた。僕の家まで足を運んで、窓の外から僕と琴野辺先輩が話しているのを偶然目撃する……なんてことはありえなかった。
「そして、その場所に近づけるのは『過去を占える者』弓月先輩ただひとり。先輩は僕たちが過去にした行動を占うことができる。でも、ここで僕が問題としたいことがもうひとつあるんだ」
「なにかなっ」
「『過去を占える者』……この異名は、いったい誰が付けたんだろう?」
それは、弓月先輩自身が言っていた自己紹介文だった。たしかにそう言った。もちろん、その形容詞は先輩にぴったりだったけれど、同時に不思議でもあった。まるであることが自然だけれど、異能の使い手に通り名があるなんて。
「会長さんじゃないよね?」
「もちろん違うと思う。あの先輩が自分に『過去を占える者』だなんて名前をわざわざ付けるわけがないよ。あれは、占いがとても得意な先輩のことを、誰かが形容してああ付けたのだと思うんだ。これもちゃんとしたヒントになる」
御子神さんはわざとらしく息をのんで、名探偵の最後の一言を聞く、警部みたいな様子になった。僕はそれをやめさせたいとも思ったけれど、御子神さんが相手だとたぶん無理筋だろうと思ってやめておいた。代わりに、なるべく饒舌になりすぎないように、慎重に言葉を選んだんだ。
「占いは当たらないこともある。未来なら当然だよ。でも、過去だとしたらどうなんだろう。言い当てるなら確実に当たるような気もする。でも、過去のことでも当たらないこともありうる。つまり、先輩が結果を左右できるものだとする。たとえば、御子神さんの髪留めが鞄の中から見つかったこと」
「先輩がもうとっくに見つけていたってことだよねっ!」
僕は御子神さんがすんなりと納得してしまうのを危ぶんで付け加えた。
「うん、御子神さんは何度も何度も鞄をひっくり返して中を捜している。それでも、まだ鞄の中に残っていた可能性もないわけではないけれど、やっぱり鞄から見つかるのはおかしいと思っていいんだ。鞄をひっくり返して、繰り返し調べたものが、なぜか鞄の中から見つかったという理不尽な結末よりも。
それならむしろ、いつの間にか地面に落ちてしまった髪留めを『偶然に』拾い上げたひとがいたと考えたほうがずっと自然だよ。ただ、その拾い主が自然だとは限らない」
「会長さん?」
「分からない。でも、本人か、それにとても近い人だとしたら、御子神さんがどんなに捜しても見つからなかったものが、十分くらい席を外したら急に見つかるなんてことも納得できるでしょ?」
「私は見つかっちゃったらそれで納得しちゃったけど!」
御子神さんはぱっと笑顔になった。その屈託のない表情にどきりとさせられてしまう。でも、僕は冷静にならないといけなかった。肯定ばかりしてくれる御子神さんは、ある意味ではとても優秀な聞き手だった。
けれども、また別の意味では誤った方向に話を進めてしまう危険もあった。僕は御子神さんを間違わせて、恥をかかせたくはなかった。きっと、御子神さんは笑って許してくれるんだろうけれど。




