111, 4つの部屋と4人の女の子
「じゃあ、水晶玉は魔法のアイテムじゃないってことかなっ?」
「うん、もちろんあの水晶玉に何らかの魔力みたいなものが込められていて、先輩がそれを扱うことで効力を発揮する可能性はあるよ。でも、遠く離れた物事を見通すほどのアイテムが、御子神さんには何にも気づかれずに使えるのかな?」
「聡太くんは、私なら気がつくことができるって言うの?」
珍しいことだけれど、御子神さんはあまり自信がなさそうな口調で言った。けれども、御子神さんは七倉さんや相坂さんほど敏感ではないにしても、決して異能力のことを何も知らないわけではなかった。それは、僕も少し前に目にしていることだった。
「久良川神社の御守りだよ。あれが能力を祓うことができることは、御子神さんも知っていたよね」
「そうかっ。水晶玉がそんなに便利なモノだとしたら、私でも気がつくよねっ」
「うん、それにもうひとつ理由があるんだ。むしろこっちのほうが当然の理由なんだけれど」
「なにかな?」
御子神さんは上半身を傾けた。
「先輩は、御子神さんが部室を出てから戻ってくるまでに何をしていたんだろう」
それは当然の疑問だった。御子神さんが部室を出てから戻ってくるまでの間に、先輩が何かの細工をしたとすればどうだろう。むしろ、異能力という枠組みに囚われなければ、御子神さんがいない間に、先輩が御子神さんの鞄の中に髪留めを仕込むことは可能だ。
それで占いをすれば……。もちろん、これは突飛な考えだった。そんなマッチポンプのような真似を、先輩がする必要はない。けれども、それは最も現実的な答えで、最も気になる考えでもあったんだ。
「あの角部屋は、階段までは見通しもいい、進入経路も窓しかない袋小路になっている部屋だった。先輩はその部屋のいちばん目立つ席に座っている」
「あの日も一緒だったよ。もちろん、先輩は窓や扉を開け放しておくひとじゃなくて、むしろ締め切っておくことが多いの。それに、あの日も私はとても早くに部室に行ったんだよ。だから、先輩はずっとあの部屋にいたはずだよ」
「御子神さんは足が速い。授業が終わったらいつも行動を始めている。だから御子神さんが部屋を出入りするタイミングは難しい。先輩以外の人が手助けしたとすれば、御子神さんが髪留めを捜していることを知らなければならない。
でも、もちろん御子神さんが髪留めを捜しているのに、先輩以外の人が御子神さんのいない隙を縫って何かする動機は……ないよね」
御子神さんはすんなり頷いた。それは当然だと思う。第三者の介入があったとすると、その第三者は弓月先輩と共謀して、御子神さんの髪留めを何らかの方法で手に入れた後、御子神さんが部室を出て行った隙を狙ってそれを鞄に戻したことになる。
ところで、その共謀者は御子神さんが髪留めを外す瞬間を狙って、御子神さんに近寄れる人物じゃないといけない。しかも、その人は弓月先輩とも顔見知りでないといけない。ううん、どう考えても無理じゃないかな……。
一応、御子神さんにも尋ねてみたけれど答えはノーだった。
さっき、弓月先輩が「未来を占える能力者もいる」と言ったことも、それは校内に協力者がいることを表してはいないみたいだった。さすがに、御子神さんの側に未来視ができる能力者がいれば気がつくよね……。
「じゃあ、先輩は前もって御子神さんが鍵を失くすことを知っていたのかな……?」
僕は自分で言いかけて、首を横に振った。
「ううん、そうじゃない。だから『過去を占える』能力者なのか! 御子神さんが髪留めを紛失することを知っていたのなら、先輩は『過去を占える』ことと『未来を占える』ことを区別しなかったはずだよ」
「じゃあ、会長さんのちからは過去に向かってしか発揮されないのかな?」
「そのはずだよ。先輩が過去も未来も占えるのなら、敢えて先輩が見たはずの未来に合わせる必要がない。前もって解決するように誘導することだってできるはずだよ。
だいいち、過去も将来も自由に占えるのなら、その人はもう人間の範疇を超えているよ。先輩はきっと、ある程度の時間をかけて『過去を知る』ことしかできないんだ」
ここまではおそらく先輩の言動を観察していれば気づくはずだった。もし、過去も未来も知ることができる人が存在するのなら、そのひとは僕が想像もつかないほど完璧な言動をするはずに違いなかった。
「それに、今日わざわざ僕たちを呼び出したことそのものが、先輩が過去のみを知ることができることを表しているんだ。未来を知れないからこそ、琴野辺先輩のことを引き合いに出して、僕に自転車の鍵を手渡した……」
「ねぇ、聡太くん。その琴野辺先輩って、どんなひとなの?」
「うっ」
御子神さんに尋ねられて、僕は言葉に詰まった。どうしよう。急に僕の部屋の中に現れて、ちゃっかり僕の部屋の中を物色している、妖精みたいな先輩とでも言うしかないのかな。
けれども、そうして御子神さんへの答えを考えているうちに、僕はこの状況をみるみるうちに深く理解することができた。
御子神さんが部室に置いた鞄。
夕暮れに染まる部屋に置かれた、みっつの机。
ノート、筆記具、小物や、雑誌……
それらは重なり合い、みっつの空間はひとつに合わさったように感じられた。
そこには、ひとつの部屋に弓月先輩がいて、もうひとつの部屋に琴野辺先輩がいる。
そして……最後のもうひとつの部屋には、七倉さんがいた。
部屋の中にいる七倉さんは制服姿だった。まだ夕方になるとすこし冷える4月のことで、七倉さんは京香さんの出迎えを断って、放課後に居残り一通の手紙を探しているのだった。
僕と七倉さんはまだ話をしたこともなかった。
けれども、七倉さんは僕のことを知っていて、僕の鞄が教室に置かれていることを知っていた。そのとき、僕は自転車の鍵を失くしていた。そういえば、僕が鍵をなくしたのはいつだろう……。
あの日は体育の授業があった。着替える必要があって、その辺りから鍵を持っていた覚えがない。自転車の鍵は教室に置いていった。金属片を持って歩くつもりはなかった。それで、どうなったんだ……?
「そうだ、試してみればいいのか」
握られた手の中で、小さな鍵が確かな手応えを主張していた。




