107, 御子神さんのお誘い
御子神さんは僕の隣のクラスでかなり目立つ女の子だ。背は高くて脚も長い。ちょっと高校1年生だとは思えないくらいだった。瞳はいつもきらきら光っている。馬のしっぽみたいな長い髪をひらひらさせて、気がつくとよく走っているような気がする。
そして、御子神さんが現れるのはいつも突然だった。まあ、わざわざ予告してから僕に話しかける、なんて器用な真似をする人もいないけれど、御子神さんのあの教室の扉を蹴破りそうな勢いで突入してくる姿は、誰にでも真似できるものではなかった。
「聡太くん!」
「うわっ、あ、御子神さんかぁ……いつものことだけれど、急だね」
「そうかな?」
御子神さんが首を傾げて、ポニーテールが揺れた。
放課後で、僕が下校の準備をしているところだった。教室の中では、相坂さんがものすごく鬱陶しそうに御子神さんを横目で睨んでいた。ちょっとおっかない。七倉さんは……あれ? もういない。
「聡太くん、聡太くん?」
「ああ、うん、どうしたの御子神さん」
御子神さんは廊下のほうに向けて腕を振り上げた。どこかを指さしているみたいだけれど、照準が定まっていないし、壁を指しているだけだったから、どこを目標にしているのか分からなかった。
とりあえず、ブラウスの上からでも分かるくらいに胸が浮き出ているから、クラスメートの男子の視線を浴びている。いいのかな……。なんてことを心配していたら、御子神さんの顔が度アップになった。
「今日は私たちの部活に聡太くんをご招待したいと思ったの!」
僕は上半身を反らして御子神さんの顔を避けると、そのままどうにか返事をした。
「ええと、御子神さんの部活っていうと……陸上部?」
「じゃなくて!」
「占い研究会のほうだよね、やっぱり」
御子神さんは頷いて、やっとフツーに話ができる様子になった。なんだか今日はいつもにも増して強引だなあ……。
「でも、どうして占い研究会に?」
僕が尋ねると、御子神さんはわざとらしいくらいに大仰に腕組みして考えた。
「うーん……会長が呼んでいるから?」
「呼んでいるんだ」
「うん、それはそうなんだけれど……」
なんとなく歯切れの悪いままだったけれど、御子神さんは二の句が継げないみたいだった。なにか他に理由があるのだろうか。でも、僕がそれを詮索するよりも前に、御子神産は自分で解決して手を打った。
「とにかく、一緒についてきて!」
御子神さんは僕の鞄の中に次々ノートや教科書を放り込んでいくと、ファスナーを締めて僕に持たせた。有無を言わせない勢いだった。この勢いに敵う男子なんてこの学校に存在しないんじゃないかと思うくらいだ。
それで、御子神さんは僕の制服の袖を引っ張った。
「行こうっ」
けれども、御子神さんが思うようにはいかなかった。僕の脚が浮きかけたその瞬間、僕は逆方向からの力を感じた。柔らかい手の感触。
「聡太が困っているに違いないのです」
相坂さんが僕の開いている手を取っていた。相坂さんの腕の力は見た目よりも強くて、御子神さんは当てが外れたみたいにつんのめった。
「どうしたの!」
「聡太は忙しいに違いないのです」
「え、そうなの?」
そんなことはないんだけど……、夏休みが終わってまだ2週間くらいしか経っていない日のことだった。文化祭や体育祭までもまだしばらく余裕のある秋口のことで、僕は取り立てて挙げるほどの用事も無くて、むしろ暇だと言っていいくらいだった。だからこそ放課後に帰り支度ができるわけだし。
でも、相坂さんはジト目で御子神さんを見つめて、僕の手を握ったまま離そうとしなかった。ものすごく機嫌が悪そう。たしかに、ここのところ相坂さんは夏休みとはうって変わって不自由な学校生活を送っていたみたいだった。
なにせ、相坂さんはいつも自分の能力を抑えるような日常を送らないといけなかったからだ。彼女のもつ魅了の能力――本当はそれとはちょっと違うのだけど――は、意図的に抑えないといけないたぐいの能力だったから。
それは御子神さんも分かっていた。すぐに御子神さんは、相坂さんに手を合わせて小さく頭を下げた。
「相坂さんゴメンねっ、ちょっと重要な用件なの!」
「重要……?」
相坂さんはちっとも納得している様子ではなかったけれど、とりあえず僕の手は離してくれた。たぶん、周りから見えないのを分かってやっているんだろうなあ。ちょっと残念な気もする。
「どーしても聡太くんに伝えないといけないことがあるのっ」
「どうしても?」
「そうっ、どうしても」
相坂さんは溜息をついて「分かりました」と言った。
「やった、ありがと。相坂さんまたね!」
「あ、相坂さん、なんだかよく分からないけれどまた明日!」
相坂さんは小さく手を振り返してくれたので、僕が何か悪いことをしてしまったわけでは内みたいだった。単に虫の居所が悪かっただけなのかもしれない。
「なんだかいつもこういうふうに連れ出されている気がするんだけど」御子神さんは応えた。「そうかな?」「うーん……9割くらいの確率でこうじゃないかな」「ごめんね、でも、今日は頼まれごとだから」「頼まれごと?」
僕はコンパスの長い御子神さんについて行きながら、今度はどんな厄介ごとを持ってきたのだろうと邪推した。
「今度もなにかヘンな出来事が起こったの?」
「そんな、私、聡太くんを便利屋みたいに思ってないよ」
探偵だと思っているフシはある気がするんだけど……
「今日はね、会長さんに会ってほしいの。聡太くん、最近、ちょっと変わった能力を持ったひとと会ったでしょう?」
どきりとした。御子神さんが言っているのは、僕が最近出会ったばかりの、古いものに魂が宿ったかのような、とても不思議な行動をする先輩だった。
琴野辺先輩と僕は呼んでいる。僕が持っている祖父のノートに宿った、とても不思議なノートの精霊みたいなひとだ。なんだか僕自身でも何を言っているのか分からないけれど。
でも、琴野辺先輩のことは相坂さんも、七倉さんも気づいていないみたいだった。べつに気づかれてはいけないわけではないけれど、僕は琴野辺先輩のことを誰かに話してはいなかった。それがまさか、真っ先に御子神さんに気づかれるなんて思っていなかった。
「ううん、私も知らなかった。というより、聡太くんがいろんな能力を使うひとと会っていることしか知らないよ。でも、会長さんは聡太くんを連れてきてほしいって。なんでだろう?」
「分からないよ、べつにその人も悪い能力を使うひとじゃないからね」
「うん、会長さんも悪い話をするみたいじゃなかった。でも、ちょっとだけ謎めいたひとだから」
そう言っている御子神さんも、充分謎めいたスペックの持ち主なんだけれど。




