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フェルナ園の朝は早い。 第2話

鉄扉が開く音と、足枷の擦れる金属音が通路に響く。


 檻から引き出されていくのは、

 力のある魔獣たちだ。


 足には重い枷。

 逃げられないよう、魔力を抑える刻印付き。


 向かう先は、街外れのグラウバ山。


 岩と樹木が混ざる山。

 ところどころ苔むした岩の隙間に

 細い土の層が広がり、草木が根を張る

 人の手がほとんど入らず、開拓の跡は見当たらない

 長年放置されてきた

 岩と樹木の山だ。


 魔獣たちは、

 街の住民と共に山を削り、木を倒し、道を作る。


 名目は「協力」。

 実態は、強制労働に近い。


 一方で、

 園に残された魔獣たちも、何もしなくていいわけではない。


 畑へ出され、

 農作業に従事させられる。


 土を掘り返し、

 作物を運び、

 水を撒く。


 危険性が低いと判断された者の仕事だ。


 拒否権はない。


 従わなければ、

 食事を減らされるだけだ。


 「おーい! 早く集まれ!」


 アレンの怒鳴り声が園内に響いた。


 「お前ら、遅いぞ。

 ……よし、行くぞ。遅れるなよ」


 魔獣たちはぞろぞろと動き出す。


 ニコは周囲を見渡しながら、自然と最後尾についた。


 通路を抜け、建物の外周に沿って歩いていくと、

 やがて細い水路が現れる。


 ちょろちょろと水が流れ、

 土と石で固められた簡素な造りだ。


 (……水路?)


 ニコは思わず、きょろきょろと辺りを見回した。


 畑へ水を引くためのものらしく、

 水路は畑の中へと伸びている。


 (ちゃんと、畑に水を引いてるんだ……)


 前を行く魔獣が、

 水路に渡された細長い板を踏んで向こう岸へ渡っていく。


 踏み板だ。


 一枚の木板を渡しただけの、

 簡素な通路。


 ニコも、その後に続こうとして――


 足を踏み出した瞬間、

 ぐらりと体が傾いた。


 (あ――)


 踏み外した。


 そう、見えた。


 だが次の瞬間。


 ニコは、

 すでに水路の向こう側に立っていた。


 まるで、最初からそこにいたかのように。


 突然現れたニコに、

 前を歩いていた魔獣たちの足が止まる。


 一瞬の沈黙。


 何が起きたのか分からないのは、

 周囲だけではなかった。


 (……え?)


 ニコ自身も、理解できていない。


 落ちる感覚はあった。

 踏み外したはずだった。


 なのに、濡れていない。

 痛みもない。


 「何してる!」


 アレンの怒鳴り声が飛ぶ。


 「ぼさっとするな!

 早くしろ!」


 ニコははっとして、小さく頭を下げると、

 何事もなかったかのように歩き出した。


 胸の奥に、

 言葉にできない違和感を抱えたまま。


 その間、園内では清掃が進む。


 数体の魔獣が通路に並ばされていた。


 力仕事にも向かず、

 畑に出すには危険があると判断された者たちだ。


 その前に立つのは、

 一匹のコボルト。


 管理部から指名された、清掃班の指揮役だった。


 人の言葉を話すことはできない。

 だが、理解はしている。


 腕を振り、指を差し、

 短い声と身振りで指示を出す。


 床を拭け。

 檻の裏だ。

 給餌台を先に。


 言葉はなくとも、意味は通じる。


 指示を受けた魔獣たちは、

 戸惑いながらも従って動き出した。


 コボルトは全体を見渡し、

 遅れている者がいれば近づき、

 動きを示すように、手を叩く。


 飼育員たちは、遠くからそれを眺めているだけだった。


 「使えるな」


 誰かがそう呟く。


 それ以上の関心は向けられない。


 清掃は進み、

 床は磨かれ、

 獣舎は整えられていく。


 そこにいるのは、

 あくまで「役に立つ魔獣」だった。


 畑に並べられた木箱の前で、

 ニコは土の匂いを嗅ぎながら黙々と手を動かしていた。


 そこへ、荒い声が飛んでくる。


 「おい、何ぼさっとしてる」


 振り向かなくても分かる。


 アレンだ。


 「しっかり働けよ!」


 畑を見回しながら、吐き捨てるように言う。


 「それはお前らの餌になるんだからな」


 その言葉に、ニコの手が止まった。


 少し考えてから、顔を上げる。


 「アレンさん」


 「なんだ」


 不機嫌そうな返事。


 「これは、何という食べ物ですか?」


 ニコが指したのは、

 赤く丸い実がいくつも付いた蔓だった。


 アレンは怪訝そうに眉を寄せる。


 「そんなこと聞いて、どうする」


 「いえ。ちょっと気になったもので」


 アレンは肩をすくめる。


 「それはトマトだ」


 「……え?」


 思わず、声が出た。


 「トマト、ですか?」


 「何だよ。

 そんな大きな声出して」


 不審そうな視線が向けられる。


 「いや、何でもないです……」


 ニコは慌てて視線を逸らした。


 胸の奥が、ざわつく。


 (同じ名前……?)


 形も、色も、呼び名まで。


 前世で知っていたものと、

 あまりにも一致しすぎている。


 (なぜ、この世界に)


 考えかけて、ニコは小さく首を振った。


 「……まぁ、いいか」


 今は答えが出ない。


 考えても、仕方がない。


 再び土に手を伸ばしながら、

 ニコはその違和感を、胸の奥にしまい込んだ。


 ——今は、自分の命を守ることが先だ。

第2話は、

世界観や日常、立場の違いなど、

いろいろな要素を詰め込んだ回になりました。


フェルナ園の仕組み。

魔獣たちの労働。

畑や清掃といった「役割」。


そして、

ニコ自身に起きている、

まだ正体の分からない違和感。


同じ名前の食べ物が存在すること。


どれも、

この世界が少しずつズレていることを示す、

小さな兆しです。


この物語では、

大きな出来事よりも、

日常の中にある変化を大切に描いていきます。


第2話は、その土台となる回でした。


ここまで読んでいただき、

ありがとうございます。

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