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【現役料理人が執筆】名を呼ばれた日、進化が始まった 〜召喚レッサーパンダの魔獣物語〜  作者: 幸辰


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魔獣の習性と、前世の記憶 ……僕は何者? 第3話

料理が冷めている。

味が塩辛い。


魔獣園での生活も数日が経ったが

衣食住の衣と住は仕方ないとしても

食事は、ニコにとって大きな悩みの種だった。


そもそも、動物が温かくて

味のついた食事をするわけがない。


魔獣も動物のような者と考えるなら

自分の好みを押し付けていいのだろうか。


だが、塩分の摂りすぎは

魔獣にとっても身体に良くないはずだ。


それに、やっぱり温かい物が食べたい。


ニコは、ここ数日ずっと考え込んでいた。


――――


檻の清掃が終わり、見回りが一段落した頃、

通路の端に簡易的な配膳台が置かれた。


木皿に盛られた煮込み。

木製のカップに注がれた水。

そして、無造作に置かれた固そうなパン。


それを見た瞬間、ニコは動きを止めた。

「……冷めてます」


配膳をしていたアレンが、ぎくりと肩を揺らした。

「は?」


「料理が冷めています」

もう一度、はっきり言った。


アレンは皿を見下ろし、気まずそうに視線を逸らした。

「べ、別に、いいだろ。

ちゃんと火は通してるんだから」


その言葉に、ニコは尻尾をぴんと立てた。

「それは“料理”ですよね」


「いや、餌だ」即答だった。

「魔獣用の」


「違います」

ニコは即座に否定した。


ニコは前足で皿を示す。

「煮込みですよね。火を通して、味付けもしている。

それを“餌”扱いするのは失礼です」


「失礼って……」

アレンは呆れたように頭を掻いた。


「魔獣だぞ? 食えりゃいいだろ」

変に力を込めて言った。


「良くありません」

即座に否定する。


「そもそも」

ニコは続ける。

「この煮込み、塩分が強すぎます。

昨日と同じ分量ですか?」


アレンの視線が泳ぐ。


「一口食べただけで、しょっぱいのが分かりました」


「そ、それは、味を濃くした方が

食欲出るかなと思って……」

歯切れの悪い言い訳だった。


ニコはしばらく無言でアレンを見つめた。

「……そもそも、魔獣は元々

味付けなどしないんじゃないですか?」


自分で口にしておいて、胸の奥がちくりとした。

本当は、自分の方が押し付けているのかもしれない

という思いが拭えなかったからだ。


「……確かに」

アレンが素直に頷く。


その反応に、ニコは少しだけ戸惑った。


「アレンさん。

これ、味見はしましたか」


「……した、けど」


「感想は?」


「……美味い、と思う」

自信のない声だった。


ニコはしばらく無言でアレンを見つめた。

「……もしかして、料理はあまり得意ではないですか?」


図星を突かれたアレンの肩が、がくりと落ちた。


「……悪いかよ」

拗ねたような声だった。


「悪くはないです。ただ

この塩辛い食事を続けると、身体を壊しますよ」


アレンは頭を掻き、観念したように呟いた。

「……分かってるんだよ。

自分でも、あんまり上手くないの」


思いのほか素直な告白だった。


「でも、誰かがやらなきゃいけないだろ。

人手が足りないんだから」


その言葉には、

不器用ながらも投げ出さない責任感が滲んでいた。


ニコは少し考えてから、静かに言った。

「……次からは、アレンさんが味が薄いと感じるくらいの

塩加減にしてみてはどうですか」


アレンの言葉から思いを汲み取っての提案だった。


「そうか……お前がそこまで言うなら、やってみるよ」

アレンが素直に受け入れる。


その様子に、ニコは少し安堵しながらも

まだ胸の奥に引っかかりが残っていた。


「……これは、僕のわがままかもしれませんが」

ニコは、少し言葉を選びながら続けた。


「アレンさんの言う通り、確かに魔獣は普段

温かい物を食べていないと思います。

それでも僕は……寒い時は、温かい物が

良いと思ってしまうんです」


「お前、人の言葉は話すし、食べ物は温かい方がいいとか

人間みたいなこと言う魔獣だなぁ」

アレンが呆れたように、それでいてどこか

面白がるように言った。


「冷めていると、匂いも立ちません。

美味しそうに見えないと思うので……

お願いできませんか?」


そのやり取りを、

少し離れた通路の角から見ている人物がいた。


重い足音が、通路の奥から近づいてくる。


空気が、わずかに変わった。


振り向いた先に立っていたのは、

身長二メートルはあろうかという巨漢の男だった。


分厚い肩幅。

鍛え上げられた腕。

隠しきれない威圧感がある。


ただ大きいだけではない。

その佇まいには、場数を踏んだ者特有の重みがあった。


――元冒険者。

魔獣と正面から渡り合ってきた人間。


フェルナ園の園長だ。


「……園長だ」

アレンが、ほとんど息だけでそう言った。


ニコの耳元に顔を寄せ、

周囲に聞こえないよう、慌てた声で囁く。

「お、俺の料理の腕のこと、言うなよ絶対」


ニコは何も答えなかった。


巨漢の男は何も言わず、

ただ静かに、その場を見渡していた。


この園で園長に求められるのは、

書類仕事の腕ではない。


魔獣に、引けを取らない強さ。


「何を揉めている」

低い声が割って入る。


アレンが慌てて振り向いた。

「え、園長。いや、ちょっと……」


視線が、ニコに向く。

「この魔獣が、餌に文句を……」


「料理です」

ニコは訂正した。


園長は一瞬、視線を落とし、

小さなレッサーパンダを見た。


特別な感情は浮かべていない。

ただ、状況確認の目だ。


「……冷めているのか」

園長は皿を覗き込み、静かに言った。


「問題は、管理に支障が出るかどうかだ」


アレンが頷く。

「そ、そうですよね」


「支障は出るのか」

問いは、ニコに向けられた。


ニコは一歩前に出る。

「出ます。

冷めた食事は消化効率が悪く

体調を崩す原因になります。

反対に温かい食事は消化効率が上がり

体力が安定し、体調悪化を防げます」


園長は少しだけ眉を動かした。

「……ふむ」


それ以上、深くは踏み込まない。


「今回は温め直せ。

次からは時間を考えて出せ」


「了解です」

アレンは声を上ずらせながら答えた。


園長はそれで終わりと判断し、踵を返す。


去り際、ちらりとニコを見るが、

そこに特別な興味はまだない。


「……変わった魔獣だな」

それだけ言い残して、歩き去った。


アレンは大きく息を吐いた。

「……助かった」


「何がですか」


「いや、なんでもない」

アレンはそそくさと鍋を片付け始めた。


ニコは皿を見下ろし、小さく息をついた。


納得はいっていない。

自分の求めていることが、正しいのかどうかも

まだ分からない。


「――今は、温かい物が食べられるだけでいい」

そう小さく呟いて

ニコは配膳台の前に座り直した。


そして、ちらりとアレンの背中を見る。


不器用だが、投げ出さないその姿は

どこか憎めなかった。

第3話

魔獣の習性と、前世の記憶……僕は何者?

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回、第3話を大きく書き直しました。以前の版では

ニコが最初から「これは料理だ、温かくあるべきだ」と

一方的に主張する形になっていましたが、よく考えると

それは動物である魔獣たちに人間の価値観を

押し付けているだけなのではないか、という疑問が拭えませんでした。


そこで今回は、ニコ自身がその矛盾に気づき、悩みながら言葉を選ぶ

という構成に変えています。「動物は温かい食事も味付けもしない」という

アレンの言い分の方が、実は正しい。

それでもニコは「寒い時は温かい物が食べたい」という

人間だった頃の記憶からくる願いを捨てきれない。

この矛盾を抱えたまま、それでも正直に伝えようとする姿を

書きたいと思いました。


アレンについても、単なる「料理が下手な飼育員」ではなく

人手不足の中で不器用ながらも役割を投げ出さない人物として描いています。

「悪いかよ」と拗ねながらも、最終的に「お前がそこまで言うなら」と

素直に受け入れる彼の懐の深さも、今後大事にしていきたい部分です。


そして今回の展開は、実は今後の伏線でもあります。

名もなき魔獣たちは、まだ「美味しい」「温かい」といった感覚を

あまり持っていません。けれど、ニコの名付けによって進化が起きた魔獣たちは

少しずつ食に対する感性を育てていきます。

この第3話でのニコとアレンのやり取りは、その変化が始まる

ささやかな最初の一歩なのです。


園長の「……変わった魔獣だな」という一言も、まだ小さな興味の芽生えに過ぎません。

けれど、これから積み重なっていく多くの出会いの、確かな始まりになっています。


次回、少しずつ環境に馴染み始めるニコの様子を

引き続き、見守っていただければ嬉しいです。



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