第10章 惨状
本作はムーンライトノベルズで連載中の「アコニットの町で」の過去譚ですが、単独でも戦記作品として楽しんでいただけると思います。
フマリア村で一泊したカイルらは、アコニットの町の不穏な噂話を聞いたため、武装解除せずにそのままアコニットの町に直進した。
「トマスの受けた褒美が大きすぎるので、某がその分、ご奉公つかまつる」
アベルもそう言って、健常兵とともに同行した。
昼前にアコニットの町に到着したが、噂通り様子がおかしい。
城壁周辺にテントが建ち並んでいる。
その時、町から少数の部隊が出てきた。
"アコニットの花"の家紋が付いた旗を持っている。
「アラン!」
カイルが呼びかけた。
「カイル様、父上、ご無事で!」
アランと呼ばれた若者もカイルに駆け寄り、抱きしめた。
聞けばユーグの嫡男で、ドワイトの従士をしているのだが、今回はアコニット防衛を任されて留守居役をしていたとのことだった。
「侯爵閣下、私の義弟アラン・コストです。来年には騎士叙任をさせようと思っています」
「義弟?」
「乳兄弟なのです」
「なるほど。アンドリュー・グラントだ。今後ともよろしく頼む」
アランは泥と血に汚れた騎士を前にしても気にせず敬礼したが、名乗りを聞いた瞬間、凍りついた。
「……こ、侯爵閣下!?し、失礼を!」
馬を降り、慌てて片膝をつく。
「ところで何があった?町の外に兵士らがたむろしているようだが……」
「あれは王国連合軍の負傷兵らです。グラント侯爵閣下の兵士もおります。バーリー大公領では他領の兵を受け入れてもらえず、二日前にここまで流れてきたようですが……」
「教会は?ベニート司教はどうされた?」
「司教自ら指揮し、怪我人の対応をなさっています。各ギルドやナギムのドワーフ族も協力して対応していますが、数が多すぎて間に合っていません。傷薬も商人ギルドが各地からかき集めていますが、間に合っていません」
「やれやれ……大公閣下は戦後処理まで、こちらに尻拭いさせようというのか……」
「カイル、とりあえず我々も手伝おう。私の兵士らも世話になっているようだしな……イアンは魔術師だから、薬草学にも通じている。お前の役に立ってくれるだろう」
アーヴィン子爵イアンは突然、仕事を振ってきた幼馴染の主君を非難するような視線を投げかけたが、諦めてカイルに薬草の取れる場所を尋ねた。
「北の平原なら、取れるはずです。ただ毒草であるアコニットの群生地でもあるので、お気をつけて」
「それはちょうど良い。アコニットの根からは鎮痛薬が取れるので、ついでに採取してきましょう」
「それはありがたい」
「私がご案内しましょう」
騎士ドワイト・オズボーンが名乗り出て、カイルはうなずいた。
ドワイトとイアン、イアンの兵士らが平原へ向かった。
「閣下、すぐに町へ入りましょう。我々も負傷兵を多数抱えております」
「ああ、行こう」
ユーグの言葉にカイルはうなずくと、町へ入城した。
アコニットの町は惨状というに相応しい状況だった。
バーリー大公領から追い出され、歩けなくなった千人以上の負傷兵をアコニットの町で引き受けたのだ。
もちろん守将を任されていたアランは最初は難色を示し断ったが、この近辺で最大の教会はアコニットの教会しかなく、ベニート司教の直訴にアランも抗しきれなかったらしい。
結局、負傷兵らは教会の収容では足りず、町の広場や外にまで臨時の救護所が設けられ、今に至るという。
経緯を話すと、アランはカイルに詫びてきた。
「いや、お前の判断は正しい。断れば不名誉な誹りを受けていたかもしれない」
義弟の背中を軽く叩いた。
「ただ、負傷兵でも町民と諍いが起きては困る。ミックと民兵を連れて、治安維持のために町の内外を見回りせよ」
「はっ!」
「ユーグ、侯爵閣下とグラント軍騎士団の方々を砦へお連れし、休んでいただくように。あと倉庫を開き、教会に必要な物資を援助せよ」
「承知」
「ボリバル卿以下、騎士団の諸君はご苦労だった。戦闘ではないので、ここで解散だ。砦で休みたい者は休んでいくといい」
「水臭いですぞ、閣下。某このまま、お手伝いさせていただく」
騎士アベル・ボリバルがそう言うと、他の契約騎士らもうなずいた。
「閣下のおかげで生き残れたのです。恩返しをさせていただきたい!」
「私も負傷兵を連れて帰らねばなりません。彼らの傷が癒えるまでお手伝いいたします」
「見回りでも物資配給でも、何でもしますぞ」
「皆……すまない。では卿ら騎士団は町の外への物資配給を頼む。ユーグとともに砦の倉庫へ向かってくれ」
「御意」
「近衛兵は……フィッシャー、お前を臨時で副長に任命する。私とともに負傷兵らを教会へ連れて行くぞ」
「ははっ!微力を尽くします!」
カイルは美しかったアコニットの町が地獄絵図のようになっているのを、沈痛な面持ちで見つめていた。
少女は十六を迎えたばかりだった。
父は《春の息吹》という商会の長をしており、彼女は昨年から商人ギルドメンバーとなって、父の仕事を手伝い始めていた。
半年前、王国軍と大公軍が連携した大規模な遠征で、《春の息吹》にも補給の注文が殺到し、父の手伝いに奔走した。
ところがほんの数ヶ月前に母を病で亡くし、葬儀を終えた悲しみから、まだまだ心が癒えていない。
今朝、遠征軍が帰ってきたと思ったら、他領の負傷兵が町に溢れかえった。彼らの惨憺たる姿に足がすくむ。
父が娘を呼び寄せた。
「教会が包帯と小麦粉が足りないと言ってきている。売れ残りの服を従業員に裂かせて、とりあえず包帯を作った。悪いが、私はここから離れられんので、デレクとザカリーを手伝ってやってくれんか?三人で届けてきて欲しい。教会には今朝早くからモーリスらが行ってるはずだ」
「わかりました……じゃあ、二人とも行きましょう」
「はい、お嬢」
少女は番頭のデレクと荷担ぎ人のザカリーとともに幌馬車に乗り込んだ。
白いブラウスに高級感のある青のコットンコルセットから、裕福な家庭の少女だとわかる。脛までの茶スカートにドワーフ職人製の革ブーツで、動きやすさを重視している。
アコニットの町は鉄鉱石の産地で、ナギム鉱山を有する鉱山町だ。鉱山で働くドワーフ族が昔から多く、手先の器用なドワーフ職人も町に暮らしているので、町の基盤設備はもちろん、商品の洗練度も他の追随を許さない。
そして、このドワーフブーツは性能が良く、左右の足の区別があり、アコニット軍の標準装備にもなっているほどだ。
店から教会へ向かう途中、道端で座り込んでいる兵士を何人も見た。町の人々も親切にする者、遠巻きに眺めている者、様々だ。
「デレク、領主様はまだ帰ってないの?」
「ええ、そうみたいです」
ザカリーが荷台から口を挟んだ。
「噂じゃ砦に取り残されて全滅したって話もありますぜ」
「ええっ!?」
「まだ決まったわけじゃないだろう?」
「酒場での噂でさあ。そうだとしたら、町はますます大変だろうなあ……」
「教会に着いたわ。二人とも無駄口を止めて、荷物をおろすわよ」
馬車を教会前の広場に停めようとするも、救護所が設置されていて近づけない。
腹の包帯が血まみれの兵士、足を失った兵士など、明らかに重傷者だが、教会に入り切らないのか、屋外に寝かされていた。
「お嬢、大丈夫ですかい?震えてます?」
「武者震いよ……」
教会から一人の女性、神官と従業員のモーリスが現れた。
「おはようございます。《春の息吹》から包帯をお届けに参りました。番頭のデレクと申します」
デレクが帽子を取り、恭しく神官に礼をした。背後の二人も礼をする。
「ありがとうございます。バーバラと申します。いつも助かります」
少女はモーリスに声をかけた。
「おはよう、モーリス。朝早くからご苦労様」
「お嬢まで……ありがとうございます」
「私も駆け出しだけど、店の一員ですもの、当然よ」
「よし、ザカリーとモーリスは小麦を下ろしてくれ。お嬢は包帯をお願いします」
「へい」
「わかったわ」
番頭のデレクの指示で、搬入が始まる。
「あの……厚かましいお願いで申し訳ございませんが、一緒にこの包帯を広場の救護所へ配っていただけないでしょうか?教会も人手がいっぱいいっぱいでして……」
「お任せください、バーバラ様」
二つ返事で少女は返事する。
「ありがとうございます。神の祝福があらんことを」
少女は簡易包帯の入った大きな籠を、バーバラと二人で引きずるように広場へ持っていった。
救護所で臨時の包帯にして配布し、代わりに血で汚れた布を回収していった。
多くの神官が疲弊しながら治療している。
硬い石畳の上に薄い布が敷かれ、その上に寝かされている多くの兵士がいる。痛みに呻き声を上げる者、腕を無くしたことに耐えきれず泣き出す者、身動きひとつせず生死不明な者……
あまりの悲惨な光景に少女の心は押しつぶされそうになった。
目が潤み、哀れな兵士たちの姿がぼやける。
(怖いよ、ママ……助けて……)
数ヶ月前に亡くなった母に、心の中で助けを求めながら、懸命に涙を堪えた。
そして治療している神官たちに、黙々と包帯を配って回っていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。
第10章「惨状」では、戦場の外に残された現実を描きました。
剣を置いた後も、戦は終わりません。
負傷兵、物資不足、混乱する町——
勝敗とは別の形で、人々の生活を蝕んでいきます。
カイルは戦場だけでなく、その後始末からも目を逸らしません。
命令を出し、責任を引き受け、指揮官として、領主として、その場に立ち続けます。
英雄譚ではなく、統治者としての姿を描いた章です。
章の終盤では、戦とは無縁だった一人の少女の視点が差し込まれます。
惨状の中で差し出される小さな手と、名もなき善意。
それは、やがて物語の流れを静かに変えていくことになります。
次はいよいよ、終章「邂逅」。
この物語が、本編へとつながる瞬間です。




