第二話 王者の弾いてみた配信ですわ〜
『動画見たよ〜。面白い子見つけたね、きりっち!』
そんなコメントがチャットアプリに送られてきた。送り主は僕の動画仲間の栗リソさんからだ。
栗リソさんは音楽系の動画を中心に活動している動画投稿者で、ボーカロイドを使ったオリジナル曲の作曲や音MADなんかも作っている。そんな栗リソさんとは曲のMVを作る手伝いをしたことをきっかけに仲良くなった。たまにこうして動画の感想なんかをくれたりするとても良い人なのだ。
「動画見てくれたんですね、ありがとうございます!」
どうやら僕が作った翠恋の切り抜き動画を見たようだ。ジャンルは違えど同じ動画投稿者から高評価を得られたことが何だか嬉しかった。
『ビジュもかわいいし、何よりすごく綺麗な声した子だよね。どんな歌を歌うのか聞いてみたいなあ』
「確かにそうですね。楽器やってるみたいだし、いつか歌が聞ける日が来るかも」
『高音の出せるか出せないか限界ギリギリの苦しそうな声で歌っているのを聞いてみたい……ハアハア』
「…………」
栗リソさんは良い人なのだが、残念ながらちょっと人の道から外れた変態なのだ。僕には何に興奮しているのかさっぱり分からなかったのでスルーしておいた。
「ところで、今夜21時から翠恋の配信あるみたいなので一緒に見ませんか?」
『いいよ〜』
ということで、栗リソさんと翠恋の配信の同時視聴をすることが決まった。
——数時間後
僕と栗リソさんはチャットアプリを繋いで翠恋の配信が始まるのを待っていた。僕はボイスチャット、栗リソさんは文字のチャットでやり取りをしている。栗リソさんは宗教上の理由でボイスチャットを繋がないらしい。なので、僕はまだ栗リソさんの声を聞いたことがない。
そもそも栗リソさんはプロフィールの一切が不明で、性別すらも公表していない謎に包まれた人物なのだ。まあ僕は気にしないからいいんだけれども。
『今日は何の配信するんだろ?』
「確か、楽器の弾いてみた配信をするってXにポストしてたな」
『弾いてみたかあ。楽器を弾いてる時の女性の顔って何だかセクシーだよね!』
「初配信でバイオリンとピアノを弾いているって言ってたので、多分それでしょうね」
『きりっちはスルースキルのレベル高いよね〜』
そんなやり取りをしていると、ちょうど21時になった。それと同時に翠恋の配信画面が切り替わる。相変わらず時間に律儀な配信者だ。
「皆様こんばんは。ご機嫌いかがですか?」
配信チャンネルに翠恋の透き通った声が響き渡った。画面には笑顔の翠恋が楽しそうに左右に揺れているのが映し出されていた。
“キター!”
“こんばんは〜”
“こんばんは!”
“こんすいれん〜”
“今日も艶かしい声ですねグフフ”
声が入ると同時にコメント欄が一気に加速した。いつの間にかVTuber特有の挨拶まで作られているようだ。ちょっとキモいコメントあるなと思ったら栗リソさんだった。
配信の同時接続者数は100人程度と、個人勢の新人配信者としてはかなり良い数字だ。僕が作った動画の影響も少なからずあったのだろうか? そうだと嬉しいな。
「早速ですけど、今日はバイオリンとピアノを弾いてみたいと思います。ぜひ最後まで聞いていってくださいね!」
「お、やっぱりバイオリンとピアノでしたね。そういえば栗リソさんって何の楽器で作曲してるんですか?」
『僕はピアノが弾けるよ。ギターとかベースも少し弾けるかな』
「へえ〜、さすが音楽系YouTuberですね」
そんなやりとりをしている間に、画面にはバイオリンを持った翠恋の姿が映し出されていた。わざわざ専用のアバターを作っている当たり、この配信に対する気合いが感じられる。お金かけてるなあ、さすがお嬢様。
「それでは一曲目弾いていきますね。最初は私が大好きな曲ですわ」
そう言うと、翠恋は少し間を置いて息を整え、バイオリンを弾き始めた。
…………? なんかバックにオーケストラの音が聞こえるんだが、音源を流しているのだろうか?
この楽曲はどこかで聞いたことあるような気がするな。クラシックはあまり詳しくないから曲名までは出てこないけれど。
『これ、威風堂々だね。クラシックの行進曲だよ!』
「知っているのか!? 栗リソさん」
『そりゃあ有名な曲だしね。それにしても音質がやばいんだけど……まるでバックにフルオーケストラがいるような……』
「いやいやまさか、フルオーケストラで弾いてみたとかそんなあるわけ……」
『いやあ、まさかそんな……ねえ……?』
「ははははは!」
『ははははは!』
…………ないよな?
“なんかすごくね?”
“めちゃくちゃ上手いな”
“フルオーケストラで弾いてみた配信?”
“凄すぎてなんてコメントしていいか分からない”
あまりのクオリティにコメント欄も困惑しているようだ。僕と栗リソさんもしばらく聞き入ってしまった。
——ジャン! と綺麗に揃って曲が終了した。鏡月フィルハーモニーの素晴らしい演奏に僕は思わず拍手をしてしまった。
「はい、ご清聴ありがとうございました。私の大好きな曲で威風堂々でしたわ! 王者に相応しい素晴らしい楽曲ですわね!」
この子、王者って言葉ホント好きだな。
「それでは、次の曲いきますね。次はピアノを弾きますわ」
そこからはピアノの曲が始まった。アバターもピアノを弾いている絵に変わっている。
『め、めちゃくちゃ上手い……』
栗リソさんは翠恋のピアノの腕前に声も出ないほど驚いていた。どっちにしろ声は出せないんだけど。
“くっそ上手いwww”
“これタダで聞いていいやつなの?”
“一体俺たちは何を聞かされているんだ?”
演奏に聞き惚れていたら、いつの間にか演奏が終わっていた。僕は戸惑いながらパチパチと拍手を送った。
「それでは最後に、何かリクエストとかありますか? 弾ける曲ならばやってみたいと思います!」
リクエストか……オーケストラにどんなリクエストすればいいか全然分からんな……。
“歌とかってできないですか?”
翠恋が言うやいなや、栗リソさんのコメントが流れた。自分の欲に正直な人だなあ。
「なるほど、歌……ですか、アレできますか? ええ、第四楽章の最後の方だけでいいと思いますので。ええ、あ、いける? よかった! それではいきましょうか!」
誰に聞いてるんだ? 妖精さんじゃなさそうだけど、まさか指揮者とかじゃないよな……?
ジャン! と勢いよく演奏が始まった。またフルオーケストラだ。え、この曲って……。
“第九だ”
“第九じゃねーか!”
“歌ってみたって第九かよ!”
“大晦日かな?”
この曲はさすがの僕にも分かる。ベートーベンの交響曲第九番合唱だ。
翠恋は低音パートと高音のパートを交互に歌い分けている。めちゃめちゃ上手いし美声だ。パワフルで壮絶なその歌声に僕もコメント欄もすっかり圧倒されてしまっている。
流石に歌用のアバターは用意していなかったのか、通常の立ち絵のままだった。逆にすごい歌声とぷるぷる震える立ち絵の笑顔がなんだかギャップがあってシュールだった。
『思ってたのと違う〜!』
栗リソさんが頭を抱えているのが目に見えるようだった。歌をリクエストして第九が来るとは思わないからなあ。
そんなこんなで曲が終わりを迎えた。
「ふう! 一人で歌うと疲れますわねこれ。はい、ベートーベンの合唱でした〜。弾いてみた配信いかがでしたか? それでは今日はこの辺で終わりにします。おやすみなさいですわ〜」
“終わった……のか?”
“なんか凄かったな”
“まだ理解が追いついていない”
“おつすいれん〜”
配信が終了してもコメント欄は困惑したままだった。僕もまだ頭が混乱していた。弾いてみた配信ってこんなんだっけ?
『ちょっと動画作りたくなっちゃった。きりっち一緒に作ろうよ!』
「え? なんの動画ですか?」
『今日の配信の音MAD作ろ! 音源作って送るから、きりっち映像つけてよ!』
今日の配信の切り抜き動画はちょっと難しそうだなと思っていたから、そのお誘いはありがたかった。僕は二つ返事で了承した。
——次の日の朝
自分の切り抜き動画を作り終えたところで栗リソさんから音源が送られてきた。音MADってこんな早く作れるものなの? 早速僕はイヤホンを耳に着けて送られてきた音源を再生した。
…………なるほど、面白い系か。ならば映像も意味不明で無駄に勢いがある感じにするか。翠恋の立ち絵をたくさん重ねて……ズームアップして……小さい立ち絵を散りばめて、ちょっとシュールな感じにしちゃおう。
音源を聞いてインスピレーションを刺激された僕は、テンション高めで一気に作業を進めた。そうして昼過ぎに動画が完成した。我ながら意味不明な動画ができたものだ。
出来上がった動画を栗リソさんに送ると、すぐに返信が来た。
『最高』
お気に召したようでよかった。
そうして夕方に栗リソさんのチャンネルから翠恋の音MAD動画がアップされた。その動画は翠恋の謎の高クオリティのオーケストラやピアノ、最後の第九の歌唱を編集してハイテンションに仕上がった意味不明な動画だったが、それが無駄に好評を博したようでバズり散らかしてしまった。
こんな深夜テンションで作った動画がバズってしまってよかったのだろうか? と心配しながらXを開いてみると、その動画を上げた時の栗リソさんのポストを翠恋が引用リポストしていた。
「なんかわたくしが変な人みたいになってますわ〜! でも面白いからおっけーですわ〜!」
どうやらお気に召されたようだ、よかったよかった。このレベルの動画でも受け入れてくれとは、お嬢様の器のデカさは太平洋のようだぜ!
そんなことを考えながら翠恋のポストの返信を見ていると、栗リソさんの返信ポストを見つけた。
『一生ついていきますぅ!』
強力だが厄介なファンが付いてしまったな……。
僕はXを閉じると、栗リソさんにチャットを送った。
「また一緒に配信見ましょうね」




