第7話 ~明晰の鉛筆~
「紬、今日は良い品が手に入ったよ」
「なんです?」
命さんはカウンターにカラン、と新品の鉛筆を置く。
「鉛筆?」
「これは『明晰の鉛筆』。これを持って勉強すると答えがすらすらわかる」
「テストに使ったら百点とか取れるんですか?」
「取れるよ」
命さんはきっぱり断言する。
「まあ、鉛筆を持っている間しか効果は出ないけどね」
「へぇ~」
「いるかい? 学生からしたら喉から手が出るくらい欲しいだろう?」
「……いくらですか?」
命さんはにこにこ笑って言う。
「十万円」
「いらないです」
「ざ~んね~ん」
命さんは鉛筆をカウンターに置いたまま立ち上がる。
「どこに行くんですか? 鉛筆は?」
「ちょっと用事があって出かけるから、店番頼んだよ」
「え」
「鉛筆は帰ったら商品棚に置くよ」
私は慌てる。
「み、店番って何をしたら……!」
「お客さんの相手してくれたらいいから~。じゃ、行ってくるね~」
「命さ……!」
私の嘆願虚しく命さんは出ていった。
「どうしよう……」
「……」
とりあえず命さんがいつもいるカウンターに座ってみる。
「(これが……いつも命さんが見ている景色か……)」
扉を正面に見据え、商品棚に囲まれたこの席で命さんは何を考えているのだろう。最近、少しだけわかった気がする。命さんが私に伝えたい事。
「(お客さん来ないな~。これなら楽勝……)」
カランカラン。
「(げ……!)」
来客を知らせるドアベルが鳴って焦る……が、そこにいたのは……。
「福田くん……?」
「春日? なんでここに?」
福田 鉄平くん。私がこの店に来た理由の人。つまり、告白してフラれた人。
「あ、えと、私ここでバイトしてて……。福田くんはなんで?」
「井上にこの店の事聞いて」
井上さん……口紅を買っていった……。
まあ相手が誰であれ接客をしなければ。とりあえず命さんの真似をしてみる。
「えーっと、何が御入り用で?」
「あー、その」
福田くんは頭をがりがりと掻く。
「来月テストあるじゃん」
「あるね」
「勉強できる様になる道具とかねぇ?」
私はカウンターの上の鉛筆を見る。ある。ちょうどある。
「まあ……あるよ」
私は鉛筆を指差して道具の説明をする。
「! じゃあそれくれ!」
命さんのいない間に商品を売っていいのか悩んだが、接客してくれと告げたのは命さんなんだから、後から何か言われても私は悪くない。
「じゃあ十万円になるけど」
私が鉛筆の値段を述べると福田くんは目を丸くした。まあそんな反応になるだろう。
「マジで言ってる??」
「マジだよ」
「今度のテスト良い点取れなきゃ親にゲーム没収されんだけど……」
「って言われてもなぁ……」
福田くんは食い下がる。
「値下げできねぇ?」
「う、うーん……店主がいないからなんとも言えなくて……」
「店主がいない?」
「今留守中。私が店番してる」
それを聞くと福田くんは何かを思いついた様だ。
「なあ……その鉛筆、くれよ」
「え、だから十万円……」
福田くんは顔を寄せる。
「鉛筆一本くらい無くなったって気付きやしねぇだろ?」
ああ、そういう事か。絶対気付くだろうけど、問題はそれではなくて。
「ここはお店で、これは商品。勝手にあげるなんて泥棒だよ」
「な、な! 頼むよ!」
福田くんは手を合わせるが私は首を横に振る。
「じゃあさ」
「?」
「付き合ってやるからくれよ」
「……」
以前の私なら飛びついただろう。なにがなんでも福田くんと付き合いたかった。けど、今は違う。
「このお店はね」
ここで働いて、いろんな人達を見て、命さんの事を知って、私はわかったんだ。
「みんなの幸せを願ってる。でも幸せって自分で掴むもの。道具はあくまできっかけで。値段にだって理由がある。道具だけに頼った幸せなんて……本当の幸せじゃない」
私は福田くんを真っ直ぐ見つめる。福田くんは目を反らした。
「わかった……。自分でなんとかしてみる……」
福田くんは店を出ようとする。その前に。
「春日、変わったな」
「まあね」
「今なら付き合いたいって思うよ」
私は笑って答える。
「ごめん、好きな人いるから」
「そっか」
福田くんはそう言って出ていった。
「これで……良かったんだよね、命さん……」
「とても良かったよ」
いつの間にかすぐそばに命さんが立っていたので私は驚いた。
「みみみみ命さん!?」
「紬、成長したね」
そんな私に命さんはいつもの様に穏やかに話しかけるものだから、私もなんだか落ち着いて。
「命さん、こうなるってわかってたんでしょう?」
「どうだろうね」
命さんは相変わらずにこにことしている。
「紬、掃除を頼むよ」
「はーい」
神様のなんでも屋は今日も通常運転だ。




