第5話 ~素直の口紅~
「(この店で働くのもだいぶ慣れてきたなー)」
このハタキも今では良い相棒だ。
カランカラン。
ドアベルが鳴り、来客を知らせる。そちらを見ると……。
「あれ……? 井上さん……?」
「んあ~? 春日じゃん」
「知り合いかい」
私は命さんに説明する。
「同級生です」
「お友達?」
友達……ではない。髪を金に染め、化粧バッチリ、制服改造しているいわゆるギャルの井上さんと私はカテゴリが違う。同じ学年にいるなんか知っている人、くらいの認識だ。
黙っている私を見て察したのか、命さんは井上さんに向き直る。
「ようこそ、神様のなんでも屋へ」
「は? 何々?」
命さんはいつもの如く店の説明をする。
「へ~なんか便利そーな店~」
井上さんは店内を見回す。
「それで、何か御入り用かい?」
「ん~……」
井上さんは少し考えると、言いにくそうに口を開く。
「なんか……素直になれる商品とかない?」
「素直に?」
私が思わず聞くと、井上さんはギロリと睨む。
「あ?」
「え、あ、ごめん……」
すると、井上さんはしゅん……として言う。
「ごめん……。あたしこんなんだからさ……親父とも話せない……」
「お父さんと……?」
井上さんは頭をがしがしと掻く。
「昔はさ、普通に喋ってた。お父さん、お父さんって後ついて回って。でも、はんこーきってのかな、そっから話さなくなって。今では話せなくなった」
井上さんは暗い顔をする。
「話したいんだよ。でも、性格も相まってさ、意地になって」
「なら、ぴったりの商品があるよ」
「え?」
命さんは立ち上がり、商品棚から手のひらに収まる小さなものを取ってきた。
「これって……口紅?」
井上さんはまじまじと見る。
「付ければ言いたい事を素直に言える口紅だよ」
「ふーん」
「買うかい?」
「いくら?」
「三万円」
当然というか、井上さんは驚いている。
「デパコス以上じゃん!!」
「神様仕様だからね。でも、使用後の感想を聞かせてくれるなら一万円引きするよ」
井上さんは腕を組んで、うーんと悩んでから言った。
「買った!!」
「まいどあり」
命さんはにこにこ笑っていた。
井上さんが出ていった後、私は何気なく呟く。
「井上さん、こういうところ来る様な人に見えなかったんだけどなー」
「この店は必要な者を引き寄せるからね」
「?」
どういう事だろう。
「叶えたい願いがある者はこの店が目について入りたくなる。逆にそうで無い者は入る気にならない。紬もそうだったろう?」
「そういえば……」
思い返せばそうだった。
「そんな者に僕は必要な物を渡す。それが僕の役割」
命さんはいつもそうだった。必要な物、相応の値段。けれど、幸せになれるかどうかは本人次第。
なら……赤い糸の値段も……私をここで働かせてるのも……。
「紬、掃除に戻りなさい」
命さんの言葉は私を現実に戻す。
「……はーい」
それから私は学校でも井上さんの事が気になってチラチラと見ていた。
なんだか最近、雰囲気が柔らかくなったっていうか、トゲが取れたっていうか……。
そして、少しして井上さんはまた店に来た。
「よーっす!」
井上さんはとても元気だ。
「嬉しそうだね。お父さんと上手くいってる?」
「ん。口紅のおかげでたくさん話せたよ。今度一緒に出かける」
「それは良かった」
命さんはにこりとする。
「きっかけは口紅だけど、口紅が無くなってももうきっと話せる」
井上さんは清々しい顔をした。
「ありがとう。それじゃ!」
そう言って井上さんは店から出ていった。
「……」
そんな井上さんを見て、私は思う。
みんな……努力してる。道具の力だけじゃない。自分の力で。
私が考え込んでいると命さんが口を開いた。
「紬」
「はい?」
「いつも掃除ありがとう。助かっているよ」
そう微笑みかける命さんに私はときめいて……。
「……はい」
照れ隠しに掃除に戻る事しかできなかった。




